[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

補選でも勝てぬ民主党をどうするか

 ドナルド・トランプ政権に入閣した2人の下院議員の議席を埋める補選が6月20日行われた。ジョージア州第6区とサウスカロライナ州第5区だ。ともに共和党の金城湯池と言われてきた選挙区だ。

 サウスカロライナ州の方は最初から民主党は劣勢とされていたが、選挙結果は大接戦となった。ジョージア州の方は最後まで大激戦が続いた。

 民主党は党を挙げて支援し、選挙資金2225万ドルと下院選では史上最高額を使ったが、得票率3%差で惜敗した。接戦は接戦でも負けは負けだ。

 来年には中間選挙が控えている。まだ先のことだが、過去5回の補選の結果(民主党1勝4敗)を見る限り、トランプ共和党政権が「ロシアゲート」疑惑で苦境に立たされているにもかかわらず、民主党は南部、中西部の共和党の牙城は打ち崩せそうにない。

 このままでは民主党の下院奪還は夢のまた夢になるかもしれない。

 それではどうするか。2020年の大統領選を見据えて共和党が全党一致して担ぐ「御神輿」がどうしても必要になってくる。

 「バラク・オバマ(大統領)去り、ヒラリー(クリントン大統領候補)が舞台を降りた状況から脱却するには新たに担ぐリーダーが不可欠になっている」(民主党全国委員会幹部)

 下院にはナンシー・ペロシ院内総務がいるが、すでに77歳。「民主党のイメージはトランプのそれに比べて魅力に欠けている。旧態依然とした指導層にその原因がある」と露骨にペロシ批判をする下院の若手議員も出ている。

 そうした折、ワシントンの政界玄人筋から注目されているのが、正真正銘のリベラル派「ジャンヌ・ダルク」こと、エリザベス・ウォーレン上院議員(68)だ。数年前までハーバード法科大学院で破産学を講義していた法律学者であり、2人の母親でもある。

 これまでにも何度か大統領候補に挙がった。2016年には、クリントン大統領候補の副大統領候補として真剣に検討された。その意味では「新顔」ではない。

 議会では上院の銀行委員会メンバーとしてHSBホールディンズによる資金洗浄疑惑を追及。

 また共和党の重鎮、ジョン・マケイン上院議員らとともに納税者のリスクを回避し、経済危機の可能性を軽減させる「グラス・スティーガル法」(1933年制定)を21世紀版に再制定する法案を上程するなど着実な成果を上げている。

 軍事委員会にも所属し、軍事外交面でも持ち前の学者魂を発揮、「議会で最も力のある委員会の重要メンバーの1人」(ボストン・グローブ)と高い評価を得ている。

中産階級とは誰を指すのか

This Fight is Our Fight: The Battle to Save America's Middle Class by Elizabeth Warren Macmillan Publisher, 2017


 そのウォーレン氏がこのほど本を著した。タイトルは「This Fight is Our Fight: The Battle to Save America's Middle Class」(この闘争は我らの闘争:アメリカ中産階級を救うための戦い)。

 「アメリカ第一主義」「偉大なるアメリカ」をスローガンに大統領になったドナルド・トランプ氏に対抗する「中産階級救出闘争」。内向きだが、一般大衆にとってはより身近なスローガンと言えなくもない。

 ところで米社会における中産階級とはなにか。収入で決めるのか。ライフスタイルか。それとも財産か、消費額か。

 専門家の間でも意見が分かれるのだが、CNNは5つのカテゴリーから中産階級を定義づけている。

 収入額では年収4万6960ドルから14万900ドル。財産額では借金ゼロから40万1000ドルまで。消費額では年間3万8200ドルから4万9900ドルまで。

 そのほか情報調査機関のピュー・リサーチ・センターは、年齢別に貧困層、中流階層、富裕層に分けたチャートまで作成している(参照=http://money.cnn.com/infographic/economy/what-is-middle-class-anyway/index.html)。

 この中産階級層は1991年には人口比56%だったのが、2001年には54%、11年には51%、15年には50%にまで縮小してきたというデータがある。

 減った分は中流の下、貧困層と中流の上、上流階級へと二極化していったのだ。つまり貧富の格差が広がってきたことを意味する(参照=http://www.pewsocialtrends.org/2015/12/09/the-american-middle-class-is-losing-ground/st_2015-12-09_middle-class-03/)。

 クリントン候補の敗因は、どこにあったのか。米主要紙のベテラン政治記者はズバリこう言い切っている。

 「この縮小する中産階級にピタリと照準を当てなかったことだ。その結果、南部・中西部の白人階級の票をトランプに奪われた。彼らは民主党でも共和党でもよかった。自分たち中産階級を守ってくれる大統領を望んでいたのだ」

 ウォーレン氏が近著で「中産階級を救う」ことに焦点を絞ったのは、まさにトランプ氏に掠め取られた1億200万人と推定されるこの中産階級に対するメッセージと言える。

苦労して苦労して這い上がったキャリアウーマン学者・政治家

 ウォーレン氏は、「中産階級に潜り込もうとしてその境目をうろちょろしていた両親の娘」だった幼児期から学生結婚、子育て、離婚、復学、法科大学院、法学博士、教授・・と現在に至る半生を振り返りながら、米国のバックボーンたる中産階級を守ることこそ国家の生命線だと訴えている。

 ウォーレン氏は、オクラホマ州オクラホマシティ生まれ。父親は大手デパートのジャニター(掃除夫)だったが、エリザベスが12歳の時に心臓発作で死亡。母親は別のデパートのカタログ販売で働き、息子3人と1人娘のエリザベスを育てた。医療費を払えず、ポンコツ車まで売らざるを得なかった。

エスタブリッシュメントのヒラリーとは一線を画す

 13歳の時に叔母さんの経営するレストランでウェイトレスをして以来、働きづめ。高校を優等で卒業すると同時にジョージワシントン大学から授業料免除のスカラーシップを得て入学。

 19歳の時に学生結婚。その後夫の仕事の都合でヒューストンへ。2児の母になったがヒューストン大学で言語病理学を学んだ。

 その後ニューヨークに移り住み、ラトガーズ大学法科大学院に進み、破産法、商法を専攻して法学博士号を取得、ヒューストン大学講師、テキサス大学法学部長、ミシガン大学教授を経て、ハーバード大学法科大学院教授となった。

 公立の大学を卒業した人がハーバード大学教授になったのは後にも先にもウォーレン氏しかいない。

 政界に名乗りを上げたのはマサチューセッツ州選出の上院議員補選に立候補した2012年。この選挙戦でウォーレン氏が行った演説はインターネットで全米に流れ、注目された。

 「アメリカでは自分の力だけでは、何人も富裕層にはなれない。あなたが誰かを雇い、モノを作り、それを売り、誰がそれを買い、得た利益で、子供の教育費を支払う」

 「だが自分も含め皆が払った税金で警察や消防で働く者の給料を賄わない限り、あなたやあなたの工場の安全は守られない」

 「工場を立ち上げれば、成功するかもしれないし、失敗するかもしれない。それは自分の努力次第だ。しかし、社会契約として富を得たのならば、協力してくれた人たちに富の一部を返却しなければならない」

 これは富裕層に対する課税増額を訴えるウォーレン氏に「お前の言っていることは『階級闘争』だ」という批判に対する強烈な反論だった。中産階級を守るウォーレン氏の一歩も引けぬ経済論だった。

 その意味では、口ではリベラルな政治理念を説きながらも州知事夫人、ファーストレディ、上院議員とエスタブリッシュメント(既得権益層)にどっぷり浸かてきたヒラリー氏とは一線を画している。

 それもそのはず、予備選では最後の最後までヒラリー氏と争った超リベラル派バーニー・サンダース上院議員とウォーレン氏とは政治理念を同じくする同志なのだ。

 もう1つ、話題好きのメディアがウォーレン氏にニュース価値を見出しているのは、彼女にアメリカ原住民の血が流れているという説があるからだ。

 ウォレーン氏の祖祖母がチェロキー族だったというのだ。米国には日本のように公的機関が作成し、保管している戸籍謄本のようなものはない。従って正式に確認するすべもなければ、嘘だと言い切れる物的証拠もない。

 この点をとらえてウォーレン氏に厳しく批判されたトランプ大統領は、ウォーレン氏を「ポカホンタス」*1と茶化している。

 大統領就任後もことあるごとにウォーレン氏のことを「ポカホンタス」と呼んでおり、「それだけウォーレンの存在を意識している」(民主党幹部)現れのようだ。

*1=ポカホンタスとは、アメリカ原住民、ポウハタン族の尊長の娘。本名マレアカ。のちに英国に渡り、一躍有名人になる。ディズニーのアニメーションの主人公にもなっている。

「敵」は大銀行ウェルスファーゴとコーク兄弟

 ウォーレン氏は本書の中で、中産階級を縮小させている要因として以下の2点を挙げている。

(1)善良な市民に経済的な不安を与える「ウォールストリート(金融業界」
(2)口先と裏腹に富裕層のためにしか働こうとしないトランプ政権

 そして、具体的には、大銀行のウェルスファーゴとコーク兄弟(米保守主義を裏で支える大富豪)、さらには貧富の差を拡大させたレーガノミクスをやり玉に挙げている。

 ウォーレン氏が2020年に民主党大統領候補になれば、まさに中産階級VS大企業の激突という図式になることは必至だ。

 「我々は皆自らの価値観によって生きる必要がある。アメリカという国家が持つ価値観とは、ただ一握りのものだけではなく、すべての国民が未来へ向けた可能性に投資できることである」

 何やら2021年1月の大統領就任式での「名演説」の一節のような気がしてくる。

筆者:高濱 賛