医者を好み、医者と付き合い、結婚することを目指す。

そんな女性たちを、通称「ドクターラバー」と言う。

日系証券会社の一般職として働く野々村かすみ(28)も、そのひとり。

彼女たちはどんな風に医者と出会い、恋に落ち、そして生涯の伴侶として選ばれてゆくのだろうか?

医者とドクターラバーたちの恋模様は、一筋縄ではいかないようだ。

慈恵医大出身のドクター2人とお食事会をしたかすみと、同期の里帆。かすみは、爽やかで甘いルックスの内科医・城之内からデートに誘われる。

一方、もう一人の無愛想な内科医・浅見を狙うことに決めた里帆。2人のドクターラバーの恋の行方は、どうなるのだろうか。




新郎の元に向かうかすみの視界に一瞬入った、ある男


ヴァージンロードを歩きながら、号泣している里帆を見て、かすみが思わずほほ笑んだ瞬間。

里帆の左隣に立ってこちらを見つめる彼が、視界に入った。

穏やかなような、何かを言いたそうな。
不思議な視線だった。

かすみが正面に向き直ると、新郎が柔らかなまなざしで、こちらに向かって笑いかけている。

新郎に向かって笑顔を返しながら、かすみの頭にほんの一瞬、本人すら自覚していないくらいの速さで、ある考えがよぎった。

―もしも2年前、あの時の決断が違ったら。今、この結末は変わっていたのかな。



「あつ…」

強くふりそそぐ昼の日差しから顔をそむけ、かすみは弱々しくつぶやいた。

夏至が過ぎ、むんとした暑さの気配が徐々に濃さを増している。

雨が大好きで夏が大嫌いなかすみは、梅雨が明けてないのに晴れてばかりの空を、少し恨めしく感じてしまう。

「もうすぐ、つくわよ」
「たかだか10分歩いたくらいで、情けないな」

優しく励ます里帆の声と、からかうようなタケルの声が重なる。かすみはタケルをすっと無視して、里帆にだけほほ笑みかけた。

「ほら、着いたぞ」

かすみの無言の抗議など意に介さない様子で、タケルは颯爽と丸ビルの中に入ってゆく。

今日は同期の里帆とタケルと3人で、丸の内の『アンティカ・オステリア・デル・ポンテ』にランチに来た。タケルが今期のMVPを獲ったお祝いもかねている。


同期の優秀な証券営業マン、タケルとは?


「俺のためのお祝いだけど、俺が奢ってやるか」

よほど嬉しいのか、今日のタケルははぶりがいい。終始満面の笑みを浮かべているタケルを見ていると、憎めないのよね…とかすみは笑ってしまう。

同期のタケルは、証券会社の営業マンとしてかなりの逸材だ。

1年目には、同期の中でも圧倒的な売り上げで新人賞を獲得した。その後も順調に成績を伸ばし、直近では3期連続でMVPを獲っている。

人懐っこく、しかし言うべきことははっきり言う人柄で、上司や取引先からの信頼も非常に厚い。

かすみは入社当初、タケルに淡い恋心をいだいた時期があった。でも、タケルには今も、大学時代からずっとつきあっている彼女がいる。

恋愛において受け身のかすみは、そもそも奪うという発想が全くない。その想いを伝えることもなくそっとふたをしたのは、もう遠い昔の話だ。

「かすみはいつ、ドクター・城之内とデートなの?」

エレベーターに乗り込みながら、里帆が目をきらきらさせて聞いてくる。

「今週の、金曜日だよ」

かすみは意識して、少しひかえめに答える。タケルの方をちらっと見ると、案の定、エレベーターに乗りながらこちらをジロリと見てきた。

タケルは、年収や職業で男性を表現するような言い方が好きではないのだ。

「また医者とデート?飽きないねえ」

皮肉まじりにつぶやくタケルに、里帆がきっぱりとたたみかける。

「私たちは、幸せな結婚をするために努力しているだけよ」

タケルは何か言いかけたが、里帆に言っても無駄だと思ったのだろう、口をつぐみ、黙ってエレベーターの36階を押した。




ドクター・城之内との初デートは…?


「お疲れ様。乾杯」

かすみと城之内は、カラン、とグラスを鳴らし合う。

「ここには、来たことある?」

城之内の問いに、かすみはいいえ、とかぶりを振る。

本当はこの『1967』には、以前にも慶應出身のドクターとのお食事会で訪れたことがあった。

慶應や慈恵医大に勤めるドクターは病院の立地上、六本木・麻布付近で飲むことが多い。

よく連れて行かれるのは、ここ『1967』や前回のお食事会で城之内が予約してくれた、『マンシーズ トウキョウ』。本気で落としたい女性だと思われた場合は、『マデュロ』にエスコートされることもある。

以前『1967』に来たときには個室でカラオケに興じたが、正直かすみは、今日のようにカウンターでしっとり飲む方が性に合っている。


城之内が語る、大学病院勤めの内科医の葛藤




忙しすぎるのが原因で別れる医者も、結構いるんだ


「内科って、結構お忙しいんですか?」

かすみは、ねぎらうように聞く。今日のデートも城之内の仕事に合わせて、10時と遅めのスタートだ。

「そうだね。内科は、患者さんの体調を常に管理する仕事だから。その分、深く向き合えるのがやりがいでもあるんだけど」

顔に少し疲労の色を浮かべながらも、そう話す城之内の声にはハリがあることが、かすみには印象的だった。

「お医者さんがそういう気持ちで接してくれると、患者さんは安心できますね」

かすみのやわらかな言葉に、城之内は頬をゆるめる。

「あとは、時期にもよるかな。大学病院に勤めていると、診療だけでなく研究や論文、講師の仕事もあるんだ。土日も非常勤のアルバイトをしていると、ほとんど休みがなくなる」

忙しくて会えないのが原因で彼女と別れる医者も結構いるよ、と城之内は自嘲気味に笑う。

―城之内さんも、そういう恋愛をしたことがあるの…?

ささやかな疑問が、かすみの脳裏をかすめる。

自分なら、彼がたとえ忙しかろうとも支える彼女になれる。でも結婚した後の家庭のことまで考えると、本当のところはどうだろうか。

「それに、当直も含めて拘束時間が長い割に、大学病院の医者はそんなに年収が高くないんだ」

城之内はそう言って、軽くため息をつく。

実は、大学病院よりも地方病院の方がお給料がいい、というのが実態らしい。むろん、ドクターを地方に来させるためだ。

大変なんですね…、とつぶやくかすみを、城之内がじっと見つめてくる。

その瞬間だった。

ふと、テーブルに置いてあった城之内の携帯が鳴った。

「ごめん、ちょっと出るね」

そう言って、もしもし、と話しながら席を立ったが、ものの数分もしないうちに戻ってくる。

「ごめん、病院から呼び出しがかかった。この埋め合わせ、またさせて」

ごめんね、とくり返しながらあたふたと出ていく城之内を、かすみは笑顔で見送った。

―ふぅ…

姿が見えなくなった頃、思わずでたため息に自分でもびっくりする。

少しだけ息がつまるような、気疲れしたような、この感覚。そっか。今日、彼の話しか聞いてないからだ、とかすみは思い当たった。

―医者の欠点は、デートでも自分たちの仕事の話しかできないことなのよねぇ…

以前、里帆が残念そうにつぶやいていた言葉がよみがえる。

―視野がせまいの。それしかないんだ、って思っちゃうの。

それしか、ない。

だからこそ、ドクターを好きなはずなのに。命を救う仕事に向き合う姿勢を尊敬しているから、ドクターとつきあいたいのに。

―だけど、少しは私にも、興味を持ってもらいたいかな。

寂しい気持ちになると同時に、なぜか頭の片隅にほんの一瞬、タケルの笑顔がよぎる。

ため息をつきながらスマホを確認すると、メッセージが届いていた。

―浅見さんのことデートに誘ったら、「忙しい」って断られた(涙)

里帆からだった。思わず笑いながら、「明日、作戦会議しよう」と返す。

―私たちドクターラバーの恋、かなり前途多難ね…。

かすみは心の中でつぶやき、もう一度ため息をついた。

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ドクターラバーたちは、なぜそこまで医者にこだわる…?