“デビュー4年目の変身”K-MUCHからBe.Aに「1年半の空白期、歯がゆい時間だった」

写真拡大 (全2枚)

“K-MUCH”というチーム名のせいで偏見の視線を向けられ“CRAYON POPの弟グループ”というタイトルで、肩に重荷を背負ったりもした。韓国では、これといった成果を出せず海外に足を向け、長引く韓国空白期に渇求も感じた。

そうしてるうちに、いつのまにかデビュー4年目になった。いつまでもこのように過ごせないと変化を試みた。“K-MUCH”を脱ぎ捨て、新たに“Be.A”という名前を身にまとった。チームの魅力を補強するために、これまでのメンバーと相反した魅力を持つ末っ子BomBを仲間にし、新たな門出を迎えた。ここに1stシングル「Magical Realism」まで、新たな話が始まったホンギュ、ヨンギュン、MILLY、ATO、BomBに会った。

――1年6ヶ月ぶりにカムバックして活動しているが、気分はどう?

ホンギュ:久しぶりに音楽番組のステージに上がり、歌手として生きているんだなと感じている。これまでいつも練習室で心配ばかりしていたけど、活動を始められたから嬉しい(笑)

ATO:空白期のせいで忘れていた事を思い出している。少したるんでいたと思う。「Magical Realism」はもう一度、一生懸命活動できるようにしてくれたアルバムだ。

――長い時間がかかったことだし、覚悟も格別だと思う。

MILLY:本当に一生懸命準備した。アルバム全体的に完成度が高くて、活動前から内心期待していた。

ヨンギュン:実際アルバムがカッコよく出てきたと思うのでとても嬉しい。タイトル曲「Magical」のダンスは、特に以前の音楽と比べてかなり男らしくてカッコいい。

――末っ子BomBは今回の活動から仲間になり、事実上カムバックではなくデビューだ。

BomB:良い機会をいただいて兄さんたちに会うことができて、今回のアルバムを準備して、すべて目新しかった。プロの世界というのが、幻想の中に入ってきたようで、やる事一つ一つが新鮮で言葉を呑む。その中でも、大変な逆境と痛みがあったが、しっかり乗り越えて良いアルバムが出来た。

――チーム名の事について話さずにはいられない。2014年デビュー当時の名前はK-MUCHだったね。

ヨンギュン:こんな記事を見たことがある。「いくらカッコいいことをしてもカッコよくない悲運の名前」の1位がK-MUCHだ。大人たちはK-MUCHという名前を好んでおられた(笑)

――Be.Aという新しい名前は、どうやってつけられたのか。

ATO:今回のアルバムを準備しながらファンに公募した。みんなで一緒に決めた名前だ。

――他に候補はあったのか。

ヨンギュン:“チャンプ”っていうのがあった。

ホンギュ:MILLY君が“チャンプ”を強く推奨していた。他にもこんなのがある。K-MUCH時代にインターネットで“カムルチ”(K-MUCHの韓国名、日本語では雷魚(ライギョ) の意味) を検索したら、到底あの魚に勝てなかった。だから今回は、チームの名前が欲しかった。“チャンプ”も同名の漫画雑誌があった(一同笑) 実は“Be.A”も日本の旅行地で有名な所がありもするが……これら以外にも“ブラックバード”“B.O.T”“マゼンタファイブ”などがあった。

ATO:僕は“シャカラカ”を主張した。頭の中にピンと来て離れなかった。意味はないけど「シャカラカ」って楽しくならない?

――結局“Be.A”という名前を得た。“アーティストになろう”という意味でしょう。

MILLY:気に入っている。家族も喜んでいた。

――Be.Aになったからファンクラブ名も変わるのか。

ホンギュ:以前のファンクラブ名は“SO-MUCH”だった。僕たちのチーム名がK-MUCHだったから。

ヨンギュン:Be.Aだから……ABC?

ATO:ACEはどうだろう。

ホンギュ:僕たちの名前のように、ファンクラブ名前もファンの方が決めたらいいかも。

――新しい名前と新しい末っ子ができた。どうやってBomBはBe.Aの仲間になったのか。

BomB:ホンギュ兄さんを通して仲間になれた。最初、兄さんたちの前でオーディションを受けたのだが、とても緊張した。その時はBe.Aに合流するなんて思ってもなかった。兄さんたちに気に入ってもらえてBe.Aの仲間になれたが、二度とない良いチャンスだと思った。

――BomBの第一印象はどうだった?

ATO:第一印象は年齢より成熟していた(笑) 目に入ってきたのは男らしい体格だった。第一印象だけでなく今まで残っているのは、いつも覇気とエネルギーが溢れているという事だ。エネルギー総量が100だとすると、110くらいを保つ子だ。

ヨンギュン:僕たち既存のメンバーの声は太くない方だから、相反する音色を探していた。BomBがオーディションで歌ったラップの声が僕たちにぴったりだった。だからなお更目が行った。なんといってもBomBが入ってきて平均年齢を落としてくれている。

ATO:平均身長も高めてくれてる!(一同笑) BomBが入ってくる前は僕が末っ子だったんだが、兄さんたちの配慮とBomBが気に掛ける感じは全く違う。練習中、僕の体の調子が良くないと、BomBがどこからかアイスパックを作って持って来てくれたり、枕をくれたり、よく気に掛けてくれて嬉しい(笑)

――同時に、BomBには4人の兄さんができた。

BomB:今回のアルバムを準備する際に、MILLY兄さんからとてもたくさんの事を学びながら成長した。恐らく、僕に教えようと兄さんも凄くストレスを受けたと思う。

ホンギュ:だいぶ上手くなった。

MILLY:BomBは小さい頃からラップをして来たわけではなかったから、教えなきゃと思っていた。僕が上手いからと言うより、BomBより2年分さらに練習した一人としてアドバイスした。今でもたくさん直している(笑)

――カムバック前、色々と心配していたと言ったが、どんな心配があったのか。

ホンギュ:歌手という仕事は、ファンダム(特定のファンの集まり) がある程度形成されていない限りとても大変だ。自らの心配より家族、友人が僕を心配する気持ちに気を使った。「活動しないのか」という言葉を聞くと、歯痒くもなった。活動をしたくないからやってないんじゃない。そういう部分が本当に辛かった。

MILLY:1年2年と年を取っていって、そのうち30歳なるんじゃないかと思ったりした(笑)

ヨンギュン:目に見えないと忘れられる。1回活動してずっと休んで、また1回活動してはまた休んでの繰り返しだから、ファンの方々が離れて行くのも感じた。今年はチーム名も変えて新たにスタートしたので、これからは休まずに活動する計画だ。

MILLY:韓国空白期の際、日本など海外で活動した。韓国の歌手が韓国での活動計画はなく、海外だけで活動していると「韓国でいつ活動できるんだろう」と歯痒かった。ファンの方々が離れて行くのを感じても、僕たちはどうすることもできないから。

ホンギュ:カムバックして、INFINITEのウヒョンがSNSでBe.Aを宣伝してくれた。ウヒョンとは15年の友だ。同じボーイズグループとして容易な事じゃなかったと思うが、応援してくれてありがたかった。

――そんな心配はどうやって克服できたのか。

ATO:自己開発させようと努力した。運動をしたり、外国語の勉強をしたり、また楽器や作曲の勉強をしたり、空白期でも自分自身を満たしていきながら過ごさなきゃと考えた。

――外国語はどの程度できるのか。

ヨンギュン:日本活動をして現地で過ごしていたので、日本語を聞く耳は少し慣れた。

ATO:日本語で日記を書けるまでになった。

――最近、オリジナル曲を作るアイドルが多い。Be.Aにも音楽作業を担当しているメンバーはいるのか。

ホンギュ:今回のアルバム全曲をMILLY君がラップメイキングを担当した。また、ATOくんが作詞・作曲の勉強を本当に長い事やった。空白期が長かった時、作曲家になろうと思っていた。関心もあったし、機材も買って合間に作業している。

ATO:練習作をたくさん作った。実力をもっと磨いて、Be.Aのアルバムにも曲を収録できたらいいな。他のメンバーもみんな作詞・作曲の能力が優れている。みんな作業をしたいという気持ちがある。そしたら個性がいっぱい詰まった音楽が出来ると思う。