金正恩氏

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前回に続き、朝日新聞の「韓国が金正恩暗殺計画」報道について分析してみたい。

朝日新聞は26日、韓国の対北朝鮮政策に詳しい関係筋の話として、「朴槿恵(パククネ)前政権が2015年末以降、北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)・朝鮮労働党委員長を指導者の地位から追い落とす工作を行おうとした」と報じた。「正恩氏の暗殺も選択肢とした政策だった」という。

手を血で汚した正恩氏

韓国の国家情報院はこれについて、「事実無根」全面否定している。しかし筆者としては、朝日の報道はなかなか興味深いものだと思っている。

朝日も指摘しているとおり、朴政権は当初、北朝鮮との対話に意欲的だった。経済成長が頭打ちとなった韓国は、閉塞感を打破するためのフロンティア(新天地)を求めているためだ。そして朝日によれば、「15年夏の地雷爆発事件の緊張を緩和した南北合意で、『朴政権の主張の正当性が証明された』(当時の関係者)として、政権内の雰囲気が高揚した」という。

ここで言われている地雷爆発事件とは、北朝鮮が非武装地帯に仕掛けた地雷で韓国軍兵士らが接触。爆風で身体の一部を吹き飛ばされたのをきっかけに、南北が一触即発の事態に突入した出来事のことだ。

(参考記事:【動画】吹き飛ぶ韓国軍兵士…北朝鮮の地雷が爆発する瞬間

幸いにも対話によって衝突が回避されたのは、朝日の指摘するとおりだ。しかし、ことはそう単純ではなかった。危機回避の南北合意は、双方が五分五分の関係で到達した結果ではなかったのだ。爆発シーンの衝撃的な動画を見て「やるなら、やってやろうじゃないか」と盛り上がった世論を背景とした韓国政府が、強硬姿勢で北朝鮮を屈服させ、謝罪に追い込んだのである。

金正恩党委員長が、大きな屈辱を味わったであろうことは想像に難くない。「核戦力さえ整っていれば」と悔しがったのではないか。実際、北朝鮮側は早くも9月には「謝罪などしていない」と言い始め、合意に含まれていた南北交流の拡大に暗雲が垂れ込めるのである。

朝日は続けて、次のように解説している。

「だが、15年10月の米韓首脳会談で米国が、北朝鮮の非核化に向けた行動なしに対話に応じるべきではないと強く主張。朴政権は南北対決路線に急旋回し、現代峨山関係者の訪朝も立ち消えになった。12月に南北の当局者会談が決裂した後、朴前大統領は正恩氏を指導者から退ける工作を進める政策の決裁書にサインした」

なるほど、と思える部分もあるが、これはいささか説明不足の感が否めない。

2015年10月の米韓首脳会談で発表された共同声明の内容は概ね、国際社会が北朝鮮を核保有国として認めることはないし、開発を継続するなら代償を払わせる。しかし開発を完全に放棄するならば、より良い未来を約束しよう――というものだった。

北朝鮮が「では、そのようにお願いします」と素直に応じられるものではないにせよ、米韓が従来から言ってきたことであり、対話の「スタート地点」とも言える内容だ。

それよりもむしろ、正恩氏は共同声明に「(北朝鮮の)人権侵害に対する責任を糾明」すると明記されたことに、激しく反応したのではないか。

これは正恩氏にとって、死刑宣告にも等しいものだ。北朝鮮の人権状況の酷さについて、ここで長々と説明する必要はないだろう。正恩氏も祖父・故金日成主席と父・故金正日総書記と同様、その手を民や部下の血で汚している。

米韓が「その責任を問う」と言っている限り、正恩氏に対話に応じる余地はないのだ。

つまり正恩氏は、地雷爆発事件で朴槿恵大統領にねじ伏せられた屈辱感と、人権問題に対する絶望から、翌年の「核の暴走」に突き進んだのではないか――筆者はそのように考えている。

そして、韓国側が正恩氏のそのような思いを読み取ったのなら、正恩氏の「除去」を政策の選択肢に加えたとしても不思議ではない。現に、それが実行されなかったが故に、われわれは核武装した独裁者と対峙することになってしまったのだから。