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古田雄介の「インターネット死生観」



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中国上海の「死亡体験館」



上海には、「死亡体験館・醒来」という死と誕生の疑似体験を目的に作られた施設がある。公営ではなく、二人の若者が立ち上げた私営で、2016年4月に正式オープンした。

1回の体験でかかる時間はおよそ3時間。初対面の12人が一堂に集まり、家族との死別体験や生活の悩みを語りあうところから始まる。この話し合いは次のステージである「火葬」に進む1人を自分たちで選抜する目的があり、選ばれた人は横たわった状態で次の部屋である「火葬場」に運ばれることになる。そこで炎の映像と轟音に包まれた後、胎内を経て現世に誕生するプロセスまでを味わい、戻ってきたところで幕を閉じる。

真剣に作り込まれたプログラムは反響を呼び、本始動の直後から若者を中心に予約が殺到したという。

醒来はいわば、死を本格的に疑似体験する施設だ。輪廻転生をイメージさせる再誕生もセットになっているが、主眼は自分自身が死と向き合うというところにあり、宗教や死生観に依らない汎用的な効用を持っているように思う。

この疑似体験、VRを使ってより身近にやれないものだろうか?



▲死亡体験館・醒来の公式サイト。構想が生まれた2012年からの沿革から施設のコンセプトな読める。予約もこのサイトから行える。

病いや老いを学ぶVRは

民間でも研究分野でも進行中



仏教では人生の苦しみを「生老病死」と表現するが、実際のところ、VRは「老」「病」の領域にはすでに踏み込んでいる。

たとえば、ヤンセンファーマが運営する病気の情報サイト「メンタルナビ」は、統合失調症の急性期にみられる幻聴や幻覚などの症状を本人視点で表現した疑似体験ツール「バーチャルハルシネーション」を2016年5月から公開している。これは「病」をVRで学ぶ典型例といえるだろう。

同様のコンセプトで、日常生活で現れる認知症の諸症状を疑似体験できる勉強会「VR認知症プロジェクト」を同時期から各地で展開しているシルバーウッドという企業もある。これは「病」とともに「老」を学ぶ側面もあるように思う。



▲シルバーウッドが展開している「VR認知症プロジェクト」のサンプルムービー。思考の語りも一人称視点で盛り込まれており、不安な状況が染みいる。

逆に、寝たきり予防プログラムの一環で、高齢者にVRを使った疑似世界旅行を体験してもらうという取り組みもある。介護施設で働く登嶋健太さんがクラウドファンディングを利用して、自ら世界各地に赴いて360度パノラマの映像を撮影。そのコンテンツを寝たきり予防や介護の現場で活用している。

しかし、「死」を扱ったVRコンテンツには寡聞にしてまだ出合っていない。理由はいろいろあると思うが、現在生きている人で死を体験した人が誰もいないのが大きいと思う。死後の一人称視点という検証しようのない部分を構築するには、既存の死後観の助けを借りなくてはならない。そこに制作者の選択意図がどうしても入り込むので、万人に説得力のあるコンテンツは作りにくいところがある。ただ、そこは醒来も同じ。完璧に“アク”を取り除くのは無理だとしても、有意義なものが作れそうな気はする。

霊園見学のVRは普及中

将来は宗教儀式とのコラボも?



一方で、死の周辺に関するVR利用は広がっている様子だ。「VR 霊園」で検索すれば、VRを使って園内の疑似見学できる墓地や霊園が複数見つかるし、大手葬儀社のティアは就職活動中の学生向けに葬儀社スタッフの仕事が疑似体験できるVRコンテンツの披露を始めている。

伝統宗教とVRの融合も無茶な話ではなくなっている。

自寺の永代供養墓に向けた取り組みとして、墓前や本堂での読経ライブ配信サービス「どこでもお墓参(おぼーさん)」を実施している大分県金剛宝寺の住職・井上仁勝さんは、将来的なVR導入の可能性についてこう語る。

「人の社会と文明は切り離せません。手紙が電話やSNSに変わっていったように、人を豊かに楽にするものは自然と普及していきます。宗教儀式や葬送も元々はある時代にその時代に合わせて作られた儀式です。未来の技術、その時代のニーズなどを踏まえ、社会の問題が解ける新しい儀式の形態が次々と生まれていくと思います。VRも社会に必要なものであれば広く普及すると思われますので、そのタイミングをみて皆様に喜ばれると思えば対応していきたいと考えています」

寺院にインターホンがあったり自販機が置いてあったりしても違和感がないように、VRが当たり前の道具になれば、健康や物理的な距離の問題を飛び越えて一族が一堂に会することも普通になるだろう。その延長線上に、死そのものに向き合う疑似体験もできればいい。

文/古田雄介

古田雄介/利用者没後のインターネットの動きや、社会におけるデジタル遺品の扱われ方などを追うライター。著書に『故人サイト』(社会評論社)などがある。デジタル遺品研究会ルクシー(LxxE)理事。

※『デジモノステーション』2017年8月号より抜粋

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