「東芝メモリ」の売却先は日米韓連合と報じる新聞を手にして怒りをあらわにする鴻海の郭台銘会長(2017年6月22日、写真:ロイター/アフロ)


 東芝の取締役会は6月21日、東芝メモリの売却に関して、政府系ファンドの産業革新機構を中心とする「日米韓連合」と優先交渉を行うことを発表した(日米韓連合へ売却する契約の締結は6月28日の株主総会に間に合わず、先送りになったようだ)。

「日米韓連合」は、特別目的会社(Special Purpose Company、SPC)を設立し、このSPCが東芝メモリを2兆円で買収する計画である(図1)。この「日米韓連合」には、過半を出資する革新機構の他に、日本政策投資銀行、米投資ファンドのベインキャピタル、NANDの競合の韓国SKハイニックス(SK Hynix)、三菱東京UFJ銀行が加わっている。

図1 東芝メモリ買収の優先交渉権を得た「日米韓連合」


 この東芝の取締役会の決定は、筆者が想定した中で、最悪の結果である。もっと言えば、「最悪」×「最悪」×「最悪」という「最悪の3乗」ではないかとすら思う。

 また、「日米韓連合」の中心となっている革新機構は、東芝メモリ売却の2度のわたる入札に一度も応札していない。東芝は、2度にわたる入札を一体何のために行ったのか? そして、一度も応札していない革新機構等の連合と優先交渉することが、自由主義経済を標榜している(はずの)日本で許されることなのか?

 本稿では、これらを論じたい。その前に、5月19日に行われた2次入札の後、東芝の取締役会が最悪の決定を下すまでの間に、応札者がどのような動きをしたかについて詳述する。

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2次入札直後の状況

 5月19日に行われた東芝メモリの2次入札は、下の表のような状況になった(表1、詳細は本コラム「子供のケンカをしている場合ではない東芝とWD」を参照いただきたい)。

表1 2次入札(5月19日)の結果


 四日市工場で東芝メモリとNANDを共同開発・生産している米ウエスタンデジタル(WD)は応札せず、東芝と個別交渉することになった。「東芝メモリの分社化も売却も契約違反」であることを主張し、国際商業会議所(ICC)の国際仲介裁判所に仲裁申し立てを行っているため、この入札自体が契約違反と考え、応札しなかったのだろう。

 2次入札前には、WD、産業革新機構、日本政策投資銀行等と連携すると報道されていた米ファンド、コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)は、単独で応札した。

 韓国のSKハイニックスは独禁法に抵触する上、外為法にも違反する。そこで、連携する米ファンドのベインキャピタルが特別目的会社(SPC)を米国に立ち上げて、そこが、東芝メモリを応札するスキームを考え出した。これなら、独禁法も、外為法違反も、関係ない。そして新会社による東芝メモリの買収が完了した後に、SPCとSKハイニックスが提携するという戦略に打って出た。

 中国に工場がある台湾ホンハイ(鴻海)は、日本政府に外為法違反で排除されようとしている。そこで、ホンハイは、外為法違反を回避するために、買収の筆頭会社に、シャープを前面に押し出すことにした。また、アップルも出資する模様である。つまり、ホンハイは、その背後に隠れ黒子に徹し、日米が買収するなら問題ないと考えたわけだ。さらに米国に、新たにNAND工場を建設すると発表した。米政府、特にトランプ大統領にも、支援をしてもらうためだ。外為法という障害を回避するために、様々な策を考え出してきたのだ。

 通信半導体のファブレス、米ブロードコムも、米ファンドのシルバーレイク・パートナーズが、前面に出て応札した。そしてこの陣営は、ブロードコムの通信半導体と、東芝メモリのデータセンタ用SSD(NAND)との相乗効果をアピールした(しかし、実際、そんなシナジーはない)。独禁法も外為法も関係なく、資金も豊富なこの連合は、優位に立ったと見られた。

 革新機構、政策銀、経産省が参集する日本企業連合の陣営は応札しなかった。一口100億円とする日本企業連合が、富士通と富士フイルムの2社しか集まらなかったからだ。そこで革新機構は、投資資金を確保するために、ルネサス株25%を売却し、約4000億円を確保する予定である。その上で、日本企業連合を10社以上集め、1.8兆円以上を確保できたら、応札する意向を示した。

6月中旬頃の状況

 5月19日の2次入札から6月中旬までに、各陣営が様々な動きをみせ、最終的に以下に示す4陣営に集約された(表2)。

表2 6月中旬頃に4陣営に集約された


 2次入札で応札しなかったWDは、米ファンドKKRと提携するかもしれないと報道された(ただし、本当かどうかは不確実)。WDは、「東芝メモリの売却は契約違反」と主張し、国際仲介裁判所に仲裁申し立てを行っているが、これに加えて6月14日、「東芝が契約内容を侵害する行為をやめさせるためには法的措置以外に選択肢がない」として、米国カリフォルニア州の上級裁判所に、「東芝メモリの売却差し止め」に関する申立書を提出すると発表した。この裁判に審理は7月14日に行われ、同日売却差し止めの仮処分の決定が出る可能性が高いという。

 2次入札で応札したベインキャピタルとSKハイニックスは、革新機構や政策投資銀行等と「日米韓連合」を組むことになった。この連合の買収スキームは、冒頭の図1で説明した通りである。

 シャープが買収の前面に出ることになったホンハイの陣営は、さらに、PCメーカーの米デルとIT企業の米アマゾンが加わることになった。デルはPCの大手であるとともに、ビッグデータの普及により需要が急拡大しているサーバーの売上高で、米ヒューレット・パッカード(25.7%)に次ぐ第2位のシェア(17.5%)を持っている。また、アマゾンはサーバーを用いたクラウドビジネスの世界シェア1位の企業である。つまりホンハイは、東芝メモリが製造するNANDを使ったSSDのサプライチェーンを担う企業を陣営に引き入れることにより、その優位性をアピールしてきたわけだ。

 ブロードコムの陣営は、独禁法も外為法も関係ない上に豊富な資金力があることから、最も有利と見られていた。ところが、WDがこの陣営を最も敵視し、東芝の取締役会、日本政府、経産省などに、再三にわたって、「ブロードコムに売ってはならない」と警告していた。

東芝の取締役会が「日米韓連合」を選択

 そして冒頭で述べた通り、東芝の取締役会は6月21日、「日米韓連合」と優先交渉を行うことを決めた。これが「最悪」×「最悪」×「最悪」という「最悪の3乗」であると考える理由を以下に示す。

 まず第1に、東芝メモリのボードメンバが「烏合の衆」となることは明白である。メモリビジネスとは、ある半導体製造装置メーカーの元会長の言葉を借りれば、「F1レースのような狂気のスピード感覚」の中で、例えば1兆円規模の投資判断を行わなければならない産業である。筆者は、これを「一種のバクチ」と表現した。

 しかし、素人の寄り集まりの「烏合の衆」の経営幹部には、到底、迅速で果断な決断はできないだろう。その結果、四日市工場のNANDビジネスは投資判断ができない状態で衰退していく可能性が高い。

 第2に、四日市工場で東芝メモリと共同でNANDを開発・製造しているWDが、NANDで競合するSKハイニックスが関わっていることに猛反発している。WDは、東芝がNAND事業を売却することは契約違反であると主張して、国際仲介裁判所に仲裁を申し立てている上に、米国カリフォルニア州の上級裁判所に売却差し止めの裁判を提起している。今回の東芝の取締役会の決定は、WDの神経を逆なでし、東芝とのケンカをより激しいものにしてしまうだろう。

 第3に、もし、「日米韓連合」が東芝メモリを買収した場合、東芝メモリ、WD、SKハイニックスが共同でNANDを開発し、製造することになる。しかし、最先端の3次元NANDに関しては、東芝メモリ&WDと、SKハイニックスとでは構造が異なる。当然、製造プロセスも異なる。

 ちなみに、東芝メモリ&WDの3次元NANDの構造は、サムスン電子と全く同じで「Iタイプ」と呼ばれる(サムスン電子の技術をパクったから当然である)。一方、SKハイニックスは、縦方向に積層されたメモリセルの底部で隣のメモリセルの列と繋がっている「Uタイプ」と呼ばれる構造を採用している。これは、SKハイニックスがサムスン電子や東芝の構造を見て、それより有利な構造を考え出したからだと言われている。

 いずれにせよ、東芝メモリ&WDとSKハイニックスとの3次元NANDは構造も製造プロセスも異なるため、開発や製造現場は、2種類の構造および製造プロセスを巡って、どちらを採用するか、大混乱に陥る可能性がある。

 以上が、「日米韓連合」に優先権を与えることが「最悪の3乗」であると考える根拠である

2回にわたる入札とは何だったのか?

 しかしそれ以前に、東芝の取締役会がなぜ、革新機構を中心とする「日米韓連合」と優先交渉をするというような判断をしたのか理解に苦しむ。

 というのは、東芝は東芝メモリの売却のために、3月29日に1次入札を行い、5月19日に2次入札を行った。ところが、今回優先交渉権を得た「日米韓連合」の中心となっている革新機構は、一度も応札していないのである。

 東芝は、2度にわたる入札を一体何のために行ったのか? そして、応札していない革新機構を中心とする連合と優先交渉することが、自由主義経済を標榜している(はずの)日本で許されることなのか?

 2度の入札の結果を無視して、一度も応札していない革新機構を中心とする陣営を選択するのなら、最初から入札など行わなければいいではないか。東芝による東芝メモリ売却の一連の行為は、NANDに関係する、あるいは関心がある世界のエレクトロニクス企業を、いたずらに混乱させているとしか言いようがない。

激怒したホンハイの郭台銘会長

 今回の東芝の取締役会の決定を受けて、1次入札で3兆円、2次入で2.4兆円と、2度にわたって最高価格で応札した台湾のホンハイの郭台銘会長は、「ハイテクの大ペテンだ」と述べ、私怨で買収を妨害されたとして経済産業省幹部を名指しで非難したという(冒頭の写真)。

 ホンハイは、自由主義経済の市場原理のルールに則って2回、東芝メモリの入札に参加し、2回とも最高価格で応札した。本来なら、東芝メモリは、ホンハイが落札するべきものである。ところが入札結果は、完全に無視された。郭台銘会長が怒るのも無理はない。筆者だって、ホンハイの責任者の立場だったら、激怒するだろう。

 また、筆者は、「メモリビジネスのバクチ」と考えており、郭台銘会長にそのビジネスを行うに相応しい素養があると思っているため、ホンハイに買収してほしいと思っていた。したがって、今回の東芝の取締役会の決定は、残念でならない。

経産省の仕返しではないか

 ホンハイの郭台銘会長は、前述した通り、「私怨で買収を妨害された」と述べた。筆者にも、経産省とその傘下の革新機構が、ホンハイに仕返しをしたように見える。

 経産省とその傘下の革新機構は、シャープの買収を巡って、ホンハイと鍔迫り合いを繰り広げ、最終的にホンハイに敗北した。つまり、経産省官僚や革新機構幹部は、ホンハイの郭台銘会長にメンツをつぶされ、煮え湯を飲まされた。

 そこで経産省官僚や革新機構幹部は、今回の東芝メモリの買収を、ホンハイへの仕返しの絶好の機会ととらえ、裏工作を行い、東芝の取締役会に圧力をかけ、優先交渉権を得た、というように筆者には見える。

 もし筆者の推理が正しいなら、東芝メモリは、経産省官僚や革新機構幹部がホンハイへ仕返しするための材料に使われたわけだ。東芝メモリのNAND事業を成長させるとか、国益と雇用を守るとか、技術漏洩を防ぐなどと言うのは、単なる建前であり、恨みを晴らすためだけに使われたと言われても、仕方がないように見える。

 経産省官僚や革新機構幹部の方に告ぐ。筆者のこの推理に対して、異論や反論がありますか? もし、あるなら、是非、聞かせていただきたい。何も無いなら、推理通りだと判断する。

日本政府にトランプ政権を批判する資格なし

 トランプ大統領は就任以来、「米国第一主義」を掲げ、保護主義政策を実効しようとしている。この政策は、グローバル経済の流れに逆行するとして、世界中から非難を浴びている。

 しかし、日本政府にはこれを非難する資格はない。東芝メモリの買収に関して言えば、自由主義経済のルールを無視し、横車を押し、一度も応札をしていない革新機構が東芝メモリ買収の優先交渉権を得るように働きかけたと考えられる。これは、保護主義政策としか言いようがないからだ。

 さらに、ホンハイに対する遺恨を晴らすためだけに、経産省や革新機構がしゃしゃり出てきたと推理できる。これなどは保護主義政策などという高級な概念を通り越して、ガキのケンカのレベルに等しい。

 東芝メモリの買収に関する一連の動向により、日本政府は世界の信用を失うとともに、それに面従している東芝もまた、腰抜け企業のそしりを免れないだろう。

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筆者:湯之上 隆