―マウンティングとは霊長類に見られる、社会的序列の確認と自己顕示のための行為。

東京の女たちは今日も霊長類のごとく、笑顔の裏でマウンティングを繰り広げている。

だが、一部の女は気づき始めた。 マウンティングは、虚像でしかないことを。

果たして、その世界から抜け出した先には、どんな世界が広がっているのか。

東京でそれぞれの価値観で生きる、大手出版社に勤める麻耶(26歳)、港区女子・カリナ(27歳)、マウンティングとは無縁な女・玲奈(26歳)の3人。

麻耶は恋愛や結婚適齢期の女友達との付き合いなどから、マウンティングに振り回されない生き方を学んでいく。そんな時彼氏の潤に、気になる男・イノッチからのLINEを目撃されてしまう。




続けて全てを失う女


たった今自分に起こったことを整理するために、麻耶は近くのカフェに入った。

いくら電話をしてみても、潤は一向に出てくれない。LINEでメッセージを送ってみても、既読にすらならないのを見ると、怒りは相当のようだ。

店員にメニューを差し出されても、手が震えて内容が頭に入ってこない。とりあえず水を飲み干しながら、アイスコーヒーとだけ告げる。

潤とのデート中に、イノッチからのLINEを見られた。だが、決定的なことがかいてあるわけではない。

「仕事が終わったんだけど、今から出てこれる?」というような内容だったはずだ。

スマホのLINE画面を開くと、イノッチから、「おーい」という新たなメッセージが来ている。

麻耶は、とにかく誰かにすがりたくて、「今、西麻布に来てるの」とメッセージを送った。


イノッチを呼び出した麻耶


慰めてもらおうとして、撃沈


イノッチはすぐに電話をくれ、近場の『サイタブリア バー』で落ち合うことになった。

アイスコーヒーを一口すすり、財布から小銭を出す。イノッチと会えることでようやく気分が落ち着いたが、自分をあそこまで拒否する潤の反応を未だに心が処理しきれていない。

自分の手を振り払った時の、あの冷たい目。まるで汚らわしいものを見ているかのような目つきで麻耶を一瞥し、振り向きもしないで去っていった潤。

なんであの時写真なんか撮ったんだろう。どうして自分はもっとうまくやれなかったのか。

起こったことを整理しようとしても、頭の中をぐるぐると考えが駆け巡り、また混乱してきてしまう。

思いっきり、年上のイノッチに甘えたかった。慰めて欲しい、あの下がり気味の優しい笑顔と独特の雰囲気に癒されたいと、麻耶は駆け足になる。




店に入ると、イノッチはすでに酒をオーダーしてくつろいでいる。おいでおいでと自分の膝を叩きながら麻耶を呼んだ。今夜はどうやら至極機嫌がよさそうに見えた。

「こっちだよ〜。早くおいで〜。」

間の抜けたような声からして、既に酔っ払っているのかもしれない。

イノッチの隣に座るといつもの優しい笑顔を向けられた。その顔を見たら心から安心し、思わず大きなため息をついた。

「どうした、麻耶?何かあった?仕事がキツイの?」

まるで幼い子供に話しかけるように、優しい口調で尋ねられる。うっかり”彼氏に振られたかも”と漏らしてしまいそうになるが、さすがに堪えて「なんでもないよ」と答えた。

イノッチの肩に頭を乗せ、大きく息を吸い込むと、さっきまでの憤りやショックがみるみる浄化していくのを感じる。

麻耶は、例えこれから潤から連絡がなくてもイノッチがいればいいや、と心の中でひとりごちた。

しかし次の瞬間、バーのドアがスッと開き、華奢なヒールを履いた、信じられないほど長い2本の脚が入ってきたのが見えた。脚はこちらに近づき、親しげにイノッチに声をかける。

「やだー久しぶりー!最近全然連絡くれないじゃーん!」

美しい女独特の傲慢さで、脚の持ち主は麻耶を無視するようにしてイノッチに話しかける。親しげな様子で連れの女性とイノッチの隣に座ると、やっと麻耶の方に向き合った。

「初めまして、りえです。イノッチ、この子新しい彼女?」

すると次の瞬間、イノッチはこう答えた。

「ううん、この子は麻耶ちゃん。最近仲良くしてるお友達だよ。」


イノッチの対応に傷つく麻耶


結局思い通りにならない結末


「え?でも別にそれ、イノッチから振られたことになってなくない?」

グランドハイアットの『フレンチキッチン』で、目当てのエッグベネディクトをオーダーし終わると、カリナはさらりと言い放った。




あの日、”恋愛関係で落ち込んでいる”と麻耶がLINEをしたのは、玲奈ではなくカリナだった。

2人の男を天秤にかけ付き合っていたことや事の顛末を玲奈に話すのは、なんとなく気がひける。それにカリナとは、あの日以来自分でもびっくりするほどバランスのとれた付き合いが出来ているのだ。

あの夜も、イノッチを直接知っているカリナに迷わずLINEメッセージを送った。

潤にはイノッチからのメールを見られ、イノッチからも”彼女じゃない”と宣言されたこと。

確かにイノッチからは「付き合ってくれ」と言われたわけではないが、あの時、「お付き合いしたいと思っているくらい」と言ってくれていたはずだ。

それを鵜呑みにした自分が愚かだったのだろうか。

急に店を後にした麻耶にも、相変わらずイノッチは毎日優しいLINEメッセージをくれる。

だが、潤からも一向に返信がないまま既に4日が経とうとしている今、他の女性の前で”お友達”宣言されてしまった事実は、思ったよりも麻耶にダメージを与えていた。

「確かにイノッチはモテるけど、まぁ絶対この人じゃなきゃっていう男でもないよ。また食事会セッティングするから、行こ。」

うん、と力なく頷きながら、麻耶はハッとした。

なんとなく普通に聞いてしまっていたが、今目の前で自分を励ましているのは紛れもないあのカリナである。

麻耶のバッグや彼氏、Instagramのアカウントにまでいちいち張り合ってきたあのカリナとは思えぬ”普通の友人っぷり”に、麻耶はおもわず笑ってしまう。

「カリナ…めっちゃ普通のコメントしたね今!」

え、意味がわかんないと言いながらもつられて笑うカリナは、相変わらずお人形のように完璧な愛らしさだ。
以前はその完璧な美貌が一種の威圧感を持って麻耶に無言のプレッシャーをかけていた。

だが、今のカリナの笑顔からはそうした威圧感は消え、どことなくおだやかな雰囲気が漂っている。

2人の男とは望んだ結末にはならなかったものの、カリナのおかげで自分の不運を呪わずにはいられない心境からは脱することができた。

麻耶は自分が今、恋愛で本当は何を求めているのかはよく分からない。よく分からないが、何となく全てがうまくいきそうな気がしてきたのであった。

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おだやかな心を手に入れたはずの麻耶に降りかかる試練とは