藤井聡太、連勝記録達成に史上最年長棋士・加藤一二三が燃やす対抗心

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昨年14歳2ヵ月の史上最年少で将棋のプロ棋士となった藤井聡太四段が、きのう行なわれた竜王戦決勝トーナメントで増田康宏四段を破り、公式戦29連勝を達成し、30年ぶりに記録を塗り替えた。


折しも、この日発売された「ユリイカ」7月号は、「加藤一二三 棋士という人生」と題して、つい先日、現役を引退したばかりの棋士・加藤一二三の特集を組んだ(目次はこちら)。掲載された各記事では、当然ながら、藤井四段についても識者や現役棋士が折に触れて論じている。

手前味噌で恐縮ながら、この号には私も「棋士たちの伝説はいかにして生まれたか 坂田三吉から藤井聡太まで」という論考を寄稿し、藤井について《本稿執筆時点で連勝記録を史上二位となる二五まで伸ばして》と書いている。記録更新はある程度予想していたとはいえ、このタイミングで達成されたというのがうれしい。

しかも加藤一二三が現役を引退したのは、「ユリイカ」の発売の直前だった(6月20日)。思えば、昨年来、加藤と藤井聡太はたびたび交差してきた。加藤が62年にわたり保持してきた最年少デビュー記録が藤井によって更新されたかと思えば、加藤もまた今年1月、77歳11日にして現役棋士の最年長記録を塗り替えた。ここ数年、テレビ出演も多い加藤だが、藤井関連でコメントを求められることが増え、ますます出ずっぱりとなっている。そして今回、加藤の引退から約1週間後に、藤井の連勝記録達成と来た。これほどドラマチックな展開は、ほかの分野を見回しても、そうそうあるものではないだろう。

きのうの対局では、藤井が相手側に回り込み、相手の目線から盤面を確認する一幕もあったという。これは「ひふみんアイ」と呼ばれる加藤の得意技だった。この様子を観ていた加藤は藤井に対し、《聡太、『ひふみんアイ』を継承してくれてありがとう》とツイートしている。時代の転機とともに、歴史の連続性を感じずにはいられない。

孫ほどに年の違う棋士への「対抗心」


「ユリイカ」最新号では、加藤一二三へのインタビュー「芸術としての将棋 “神武以来の天才”の軌跡」、また「第四〇期名人戦を語る あるいは藤井聡太の研究」と題して、6月4日に加藤の行なった将棋講座が収録されている。いずれにおいても、藤井聡太への言及は多い。たとえばインタビューで加藤は次のように藤井を評している。

《藤井さんの活躍がなければ将棋界が社会にクロースアップされることはなかったと思う。藤井さんが四段になっただけで負けていたら話にならないけれど、一気にタイトル挑戦者までいきそうという勢いもあって話題になっている。(中略)藤井さんはやっぱり才能豊かだし、研究熱心、性格的にも大胆でマイペース、しかも礼儀正しいと、勝負師として棋士としてとてもいい資質を備えているというふうに思います。われわれの世界というのは勝負の世界なので、強気であるべきですよね。弱気じゃ大成しにくい、強気でマイペースであっていいんだけれども、同時に先輩に対する気遣いというのもないよりはあったほうがいいですね》

まさに絶賛である。その一方で、加藤はあきらかに藤井にたいし強い対抗心を抱いている。たとえば、前出の将棋講座では、昨年12月24日に竜王戦の予選で藤井と対局したことを踏まえ、こんな話をしていた。

《藤井四段は私に勝って以来二〇連勝していまして、どうしてそこまで勝ちつづけるのか、藤井四段の勝った将棋をすべて研究しました。そうすると、藤井四段の二〇連勝のうち、もっとも危なかったのは私との一局だけ》

ようするに、あの藤井に自分は善戦したと言っているのだ。私はこれを読んでいてふと、マンガ家の手塚治虫が生前、新進気鋭の作家として注目されていた大友克洋と会ったとき、「あなたのマンガを虫眼鏡で見たけど、それでもデッサンが狂っていなくてすごいですね」とひとしきり絶賛したあと、「でも僕ね、あの絵、描けるんですよ」としれっと言ってのけたという話を思い出した。ましてや、加藤は孫ほどに年の違う相手にムキになっているのだ。最高ではないか。

引退してもなお藤井との再戦を熱望


先のインタビューが収録されたのは6月7日、ちょうど「上州YAMADAチャレンジ杯」で藤井の対局が行なわれた日で、インタビューの最中に20連勝の報が入ってきた。その際、加藤は《こういう状況になってくると、私が出ていって戦いたいという話も真剣味が増しますよ》と語った。

《マスコミの人は(中略)やや大言壮語なんだけれども、藤井聡太をストップするのは私しかいないと言うんです。この前、NHKの『あさイチ』でも藤井さんとの再戦が叶ったとしたら自信のほどはどうかと訊かれて、八〇パーセントの勝算があると言いました。控えめに言っても、六〇パーセントの勝算があると別のテレビ番組では言っています》

もちろん、加藤は引退してしまったので、公式戦でふたたび藤井と対局することはできない。それでも、テレビかネットで中継のうえ、特別企画という形でやることは可能だと、加藤はあくまでやる気だ。加藤自身、かつて全盛期に、引退してまもない昭和の名人のひとり升田幸三と、NHKの特別企画で対局したことがあった。

升田幸三が引退したのは、体調のこともあり、61歳とわりと早かった。それとくらべれば、加藤は77歳になったいまも元気だ。医者からも、健康年齢は46歳、骨の年齢にいたっては27歳と太鼓判を押されているという。まして人気の面でも藤井聡太と遜色ない。再戦をメディアが放っておく手はないだろう。おそらく近いうちに実現するのではないか。

ちなみに加藤は、42歳にして名人位を獲得したとき、升田幸三から《加藤さん、あなたは激戦を勝ち抜いて名人になったのだから、最年長記録を達成できる》と言われたという。また、自身が更新した現役最年長記録のそれ以前の保持者、丸田祐三からは《加藤さん、あなたは最年少記録をもっている。したがってあなたは最年長記録を達成できる》と言われたことがあったらしい。

加藤はこの話から、升田と丸田の眼力のたしかさを讃えつつ、それでいて、両先輩の言ったとおり記録を達成した自分をさりげなく自慢しているようにも読める。でも、ちっとも嫌味に感じられないのは、やはり人柄だろう。

ところで、丸田祐三の言葉が正しければ、藤井聡太にも最年長記録を達成する可能性があることになる。ぜひ、その日を見届けたいものだ――と思ったけれども、考えてみれば、来月15歳になる藤井が現在の加藤の年齢を越えるのは、62年後の2079年。私はいま40歳なので、記録更新を見届けるには102歳まで待たねばならないわけだが……。せいぜい長生きしたいものである。
(近藤正高)