父と娘の、泣き笑いあるある!?『ありがとう、トニ・エルドマン』【さぼうる☆シネマ】

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ほぼ、はじめまして(まだ連載2回め)。「風味、味わい」のような意味を持つ"savuer"をちょっと和風に発音しての、さぼうる。甘かったり、酸っぱかったり、辛かったり、ほろ苦かったり。映画を味わうことでココロがほぐれますように、という願いを込めて(サボる、ではございませんからw)。雑食系映画紹介人、松本典子がお届けします。
父と娘の"泣き笑いあるある"!? 『ありがとう、トニ・エルドマン』

さて。いつもは離れて暮らす父親が、突然訪ねて来たら。あなたは嬉しいものですか? 私の予定もあるのに電話してよぉと困惑する? 大抵は、(その比率はさておき)どちらの気持ちもあるんじゃないかと思います。しかも、本作の主人公、父親であるヴィンフリートは、ドイツから娘イネスの住むルーマニアはブカレストへ、こともあろうか彼女の仕事中にアポ無しで訪ねてくるのです。そんな父娘にどんな数日間が訪れるのか。苦笑いしながら、お腹よじらせながら、ハラハラしながら、身につまされながら、呆れながら......最後にはタイトルにあるように『ありがとう、トニ・エルドマン』って呟きたくなるのが本作です。ノーネクタイでヨレヨレのエコバッグを提げて、エントランスで待ち伏せている父。ビジネススーツ姿で得意先と話しながらその場に現れた娘は、わざわざサングラスと入れ歯(!)をして何気に近づいてきた父に気づいて驚愕(そりゃそうだ)、しかし、なんとか素知らぬふりでエレベーターへ。ええ、気持ちわかります。彼女、得意先と大切な話をしている最中だってわかりますからね。しかし、「気づかれなかったかな」としょんぼり肩を落として去る父を、部下に追いかけさせてフォローする配慮も怠らない。困っちゃうけれど放ってもおけないのよという娘ゴコロをちゃんと持ち合わせているイネスにまずは同情せずにいられませんが、邪魔にならないようにただただ待って、近寄ってみたものの気づかれなかったからと帰る父親もまた、不器用すぎて嫌いにはなれないわけです。
父の精一杯な悪ふざけ、トニ・エルドマンの奇行から目が離せない
とはいえ、2、3日後には「パパ、もう帰ってよ」状態になることも、あなたが父をもつ娘ならば想像に難くない展開だと思います。私だって一生懸命仕事して生きてるのに、のんきに心配だけしてうるさいよっと。そして......謎の男、トニ・エルドマンが登場。変なカツラと入れ歯をはめたヴィンフリートが、悪ふざけで使う別人格です。どう見ても変!なギラギラしたスーツ姿で、セレブリティと知り合いだとかコーチングをしているとか、音楽教師を半ばリタイアした元ヒッピー風なヴィンフリートからはかけ離れたプロフィールを口にする姿に、イネスでなくても唖然ですよ。しかし、キテレツな格好や行動がどうも憎めない。なぜかといえば、前述したイネス待ち伏せからトニ・エルドマン登場に至るまでの展開で、我々がヴィンフリートやイネスにどこか共感できるところを見つけられるように、誘われているからなんだと思います。例えばヴィンフリートが、イネスを受付で厚かましく呼び出したり、気づかれないからと声を掛けたりしたら、観客は彼を好きにはなれないでしょう。作品もまた「そんなこと普通しないよ!」の烙印を押されるはず。
父の愛を知ってか知らずか......バースデイパーティで娘はひと皮剥けるのだ
"父親だったら、娘だったら、こう振る舞うのはわかるわかる"、という小さな共感の積み重ねを大切に展開している本作。だからこそ、トニ・エルドマンのシュールな行動もつい見守りたくなる。マレーン・アデ監督の緻密かつスムーズなストーリー運びと演出、シリアスなやり取りでめちゃめちゃ笑わせてもくれる主役たちペーター・ジモニシェックとザンドラ・ヒュラーの巧みな演技が、それを可能にしています。また、グローバル資本主義に沸くブカレストを舞台に、そこから置き去りにされたような(あえて距離を置くような)光景もときどき映し出されるのですが、そんなときには少しほろ苦い気持ちにもなることでしょう。父と娘の価値観の違いもオーバーラップしてきます。ヴィンフリート/トニによって、まんまと歌わされるイネスの歌にもとっても意味があるし(歌詞をしっかり受け止めて)、最後の最後、イネスがバースデイパーティでやっちゃったことなんかは、「ああ、この父にしてこの娘ありだわ」と大笑いしながら泣けてきてしまうはず(泣けるからいい映画ってわけではありませんが)。トニ・エルドマンの奇行も娘への愛があるからこそだよね、とじわじわ沁みてくる2時間42分。ええ、少し長めではありますが、その意味と値打ちは大有りです。