水野和夫"日本は中国よりドイツに近づけ"

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長期にわたるゼロ金利と低成長。資本主義の終焉が、世界経済の「常識」を逆転させた。経済成長を追求すると企業は巨大な損失を被り、国家は秩序を失う時代となった。生き残るのは「閉じた経済圏」を確立した「帝国」だけだと指摘するのはエコノミストの水野和夫・法政大学教授。今後、世界経済はどうなるか。日本を救い出す方策はあるのか。

■地球上から「フロンティア」が消滅する!

1991年のソビエト連邦崩壊によって共産主義が敗北し、資本主義が一人勝ちしたと一般に考えられてきましたが、その資本主義も終焉に向かっています。世界中の国家や企業の成長を加速させてきた資本主義というシステムが、その誕生から800年を経た今、終わりを迎えつつあるのです。この大きな転換期に立ち上がってくると私が考えるのは、「閉じた帝国」が複数並び立つというという世界の枠組みです。

そもそも資本主義は、「中心」が「周辺」つまりフロンティアから富を「蒐集(しゅうしゅう)」し、資本を蓄積していくシステムです。「中心」である先進国は、「周辺」=フロンティアを広げることによって利潤率を高め、資本を増殖させてきました。ところが、「アフリカのグローバリゼーション」が完了してしまえば、その先の地理的な市場拡大はありえません。そのうえ、以前のようにエネルギーや資源を安く買いたたくこともできなくなり、先進国での利潤率は低下しました。

その証左が、世界的な低金利です。長期金利は利潤率の近似値なのですが、日本やドイツではゼロ金利どころか、マイナス金利まで経験しました。

これは、もはや投資する先がなく、成長を追求すると、企業は巨大な損失を被るということを示しています。その典型が、東芝であり、オリンパスであり、三菱自動車です。資本を増やすことができない時代に無限に増やそうとした。資本主義の常識が逆転したのにもかかわらず、それを無視すれば、大きな痛手を受けるのです。

一方、金融・資本市場はどうでしょうか。実体経済では利潤を得られなくなったマネーはウオール街に流れ込みます。ITと金融工学を駆使した金融商品によって、マネーが「より高速で」世駆け巡る苛烈なマーケットになってきました。ここはいまでも隆盛を極めています。今年に入ってもニューヨーク株式市場で株価が最高値を更新したというニュースが伝えられました。

ただ、そこでの勝者はほんの一握りの人々であり、持てる者と貧しい者の格差は、途方もなく大きくなっているのです。それを象徴するのが、国際NGO団体オックスファムの調査です。同調査によれば、2016年世界の富豪上位8人の資産総額は、下位36億人の財産に匹敵する。とてつもない富の偏在が起きています。2010年には世界の富豪388人と世界の下位50%の有する資産が同じでしたので、この数年の間に急速に富の集中が進んでいることがわかります。

しかし、多くの人々を不幸にする理不尽な社会構造が長続きしたためしはないのです。実際、全世界でテロリズムが常態化し、秩序が不安定になってきています。相次ぐテロ事件は、富を「中心」に「蒐集」した結果、「周辺」が犠牲になることへの異議申し立てに他なりません。しっぺ返しを受けるかのように、テロリズムによって先進国の社会秩序は危機に瀕しています。無限の資本の増殖を必要とする資本主義とは違う経済システムを打ち立てない限り、この危機は去らないでしょう。定常型の市場経済が求められているのです。

欧米では、グローバル化が国民の分裂を生み、社会を不安定にすることへの理解が深まってきました。資本主義の最終局面で、今まで以上に資本がなりふりかまわず「蒐集」を行い、決して人々を幸せにしないということが明らかになったからです。

その結果、グローバル化に背を向ける政治的な動きが先進国のなかで急速に広がってきています。イギリスのEU離脱しかり、トランプ大統領の誕生しかり、です。つまり、これはグローバル資本に対して、社会を「閉じる」という選択です。

しかし、それは国家の形態が、ドイツや日本といった今の国民国家のままでいるということではありません。国民国家という単位は、もはや小さすぎて、グローバル資本に対抗することができません。テロに対抗することも、一国単位ではなく、より大きな単位で取り組まなくては、不可能です。つまり、現状の国民国家を超えた単位のシステムを構想しなければなりません。それが本書で示した「地域帝国」という構想です。

■アメリカもEUも「閉じてゆく帝国」

具体的には、EUのような規模をもった地域帝国が、定常型の経済をもった「閉じた経済圏」を構築することが、資本主義の最終局面という難しい時代を斬りぬける鍵なのです。実際、EUの統合は各国の主権をおさえつつ、統合を強化する「帝国」化でした。EUは、総人口は約5億人。そのなかで、エネルギーも食糧もほぼ自給できます。闇雲に経済成長を追い求めさせしなければ、安定した市場経済を維持していくことができるのです。さらに好都合なことに、周囲を自然の砦で囲まれています。つまり、北は北極海、西は大西洋、南はサハラ砂漠があり、外敵の侵入を防ぐことができます。南東だけが空いていて、中東からの移民問題で現在は悩まされていますが、やがてトルコが力をつけて「帝国」となり、中東が安定すれば、その問題も解決するでしょう。

一方、アメリカにはイギリスとの「米英同盟」を組んで帝国化していくという戦略があります。人口も両国を合わせるとおよそ4億人にのぼります。これまでに築き上げた巨大な富もあり、エネルギーの心配もありません。おそらくカナダも加わるでしょう。

こうした動きと逆行しているのが中国です。最近、習近平国家主席が打ち出したアジアとヨーロッパを結ぶ経済圏構想「一帯一路」は、中国にとってのフロンティア拡大であり、覇権主義に走っていると言っていいでしょう。ただし、そのためなのか、軍備にしても工業生産力にしても間違いなく過剰です。大国意識の発露かもしれませんが、どこかで修正を余儀なくされます。

振り返ってみれば、冷戦終結時の1990年前後に時代の分岐点はありました。バブルに浮かれ、アメリカへの従属を強化した日本に対し、同じ敗戦国でありながらドイツはみずからEUという新しい「帝国」を創出し、その盟主となりました。

ここで、日本も賢明な判断をしなければなりません。この先、EUは「閉じた経済圏」を完成させ、ロシアや中国のユーラシア大陸の経済圏、トルコが主導する中東の経済圏とゆるやかに連携するでしょう。となれば、米英は今までのような影響力を行使できず、ユーラシア大陸に手を出せなくなっていくはずです。世界史を「海と陸のたたかい」だと見る見方がありますが、米英が覇権を握った「海の国」の時代が終わり、「陸の帝国」の時代に移っていくのです。

もちろん、現在の東アジア諸国を見渡しても経済の発展段階が違い、すぐには「閉じた経済圏」のパートナーとなりえません。たとえば、中国はいまだ貪欲に経済成長を目指しています。まさに近代化の途上です。

■いまは閉じてゆくための準備期間

だとすれば、日本が手を結ぶべきはEU帝国です。これは、EUとの貿易を活発化せよという意味ではありません。「日本も陸の国と同じ方向を目指しています。成熟した経済圏をつくる準備がありますよ」という連携のメッセージを発信しておくべきしょう。

幸いドイツはゼロ金利で経済の成熟度も価値観も日本に近い。ドイツも日本のゼロ金利なのは、両国とも十分すぎるほど豊かであるということを意味しています。

日本では、深夜でもおいしいものが食べたければ近所のコンビニに行けば事足ります。日用品ならネット通販で即日配達をしてくれるようになりました。性能のいい自動車や家電製品も身の回りに溢れています。日本では年収1000万円以上あれば、ルイ16世よりも、豊かに暮らすことができるといわれています。年収1000万円以上の人は2016年には200万人強です。

その一方で、金融資産が全くない世帯が3割を超えており、富の偏在が顕著となっています。日本の課題は成長で解決できるものではなく、格差是正に直接取り組む必要があります。

京都の龍安寺に、有名なつくばいがあります。丸いつくばいには時計回りに「吾唯足知」と彫られています。「吾ただ足るを知る」と読む禅語です。社会秩序を維持するためにむやみに経済成長を求めてはならない時代に、これこそが求められる姿勢です。

定常型の経済をベースにした地域帝国化は、まだ始まったばかりの動きであり、依然として主権国家システムが継続しています。おそらく、多くの人にとって「閉じた帝国」や「資本主義の終焉」は絵空事のように聞こえるかもしれません。けれども、世界史の底流においては近代を維持・強化しようとする勢力と、ポスト近代への移行をめざす動きのせめぎあいが起きているのです。資本主義の最終局面において、近代システムそのものが揺らいでいるいま、日本人は危機の本質に立ち戻って考える必要があります。

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水野和夫(みずの・かずお)
1953年、愛知県生まれ。法政大学法学部教授(現代日本経済論)。博士(経済学)。埼玉大学大学院経済学科研究科博士課程修了。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストを経て、内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、内閣官房内閣審議官(国家戦略室)などを歴任。主な著書に『資本主義の終焉と歴史の危機』、『終わりなき危機』など。近著に『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』がある。

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(埼玉大学大学院客員教授 水野 和夫 取材・構成=岡村繁雄)