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梶原由景の「間違いだらけのアプリde飲食店選び」



食にも精通するクリエイティブディレクター梶原由景が足で見つけた”間違いない名店”を毎月紹介する。

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今月の間違いない名店

炭火焼肉 ゆうじ

東京/渋谷

住所:東京都渋谷区宇田川町11-1 松沼ビル1F

電話:03-3464-6448

営業時間:月〜金19:00〜24:00(L.O:23:30) 土18:30〜24:00(L.O:23:30)

多くの飲食店には「常連メニュー」なるものが用意されている。もしくは「裏メニュー」と呼ばれ、それを知る人だけが注文できる魅惑の一皿。また長く通い詰めることで店主が好みを把握し、その客だけの「おまかせ」なるメニューを組み立てることもある。どれも一見や、数回訪れただけでは垣間見ることすら叶わない世界であり、多くの人の羨望の的となる。

そもそも店には「常連」という種類の客が存在する。足繁く通うし、毎日決まった場所に座っていたりする。お店にとっては有難い存在なのかもしれないが、時には客にとっては少々煙たい存在となることもある。店が決めた訳でもないルールを設定していて、それで訪れる人を支配しようとすることすらある。

そういえば十数年前、恵比寿最古の居酒屋「さいき」を初めて友人と訪れた。カウンターにわずかに空席があったがほぼ満席。店主らしき初老の男性が内側の角に座る、その正面のカウンター席へと案内された。居酒屋ファンにとっては名店中の名店であり憧れの店。昭和の面影を色濃く残す店内で頂くアテの数々。特に海老しんじょうは絶品。ご機嫌で舌鼓を打っていると隣の紳士から話しかけられた。「あなたそんなにお歳には見えないけど、常連なの?」「いえ、今日初めて来ました」驚く紳士。ここは店主・クニさんの真ん前の特等席、常連席とのこと。自分もここに来るまで何年もかかったという。すると店主は「いいんだよ」と一言。

以来、通いつめ、その後クニさんには「相変わらず良い酒飲みだね」と声を掛けて貰うほどになった。常連も大事にするけど、そうでなくても暖簾をくぐった者は大切に扱う。名店たる所以だ。「さいき」の常連席は、毎日通い詰める客たちにより空くことがなく、たまたま常連しか座れない席となったのだろう。真っ当な理由で成り立っている真っ当な常連席なのだと信じる。

僕には20年以上通っている焼肉店がある。後で聞いた話だが、最初に行った時は創業直後で、僕の客としての歴史は店自体のそれとほぼイコールなんだそう。さすがにそこまで通っていれば店主もこちらの好みはわかってくる。渋谷の名店「ゆうじ」。

数年経ったある時「ちょっと出してみましょうか?」と言われ、それ以来メニューを見て注文することはない。店に伺い、席に着く前に店主に挨拶し、正肉とモツのバランスと全体的な量だけをお伝えする。例えば「肉中心で女性がいるので量は少なく」とか。すると、怖いくらい自分の好みで最高に美味しいものが出てくる。毎回ほぼ同じものが出てきたことはない。旬の味も反映させる。常に進化するその様は驚愕に値する。つまり冒頭の「おまかせ」のとんでもないレベルのものな訳で、正直他のテーブルからの眼差しが痛い時もある。しかしこれらは店主・ゆうじさんの心意気であり、僕への挑戦である。そして幸い受け止める勇気を僕は持ち合わせている。

この日は毎年楽しみにしている花山椒が入荷したとの連絡を頂き訪れた。趣向を凝らした前菜や熟成したヒレ肉、すき焼き風に食べる上肉などを経て待望の花山椒。しゃぶしゃぶにして頂く。〆はこのスープを使った雑炊。しかしカレーも逃すわけにはいかない。



ただ「ゆうじ」に関して、そして多くの常連メニューにしてもそれが正解でもゴールでもないと思う。実は既に答えは皆に渡されるメニューに書いてある。それを知らずして「おまかせ」を望んでも実はその店の真価を味わったことにはならないのではないかと思う。逆に勿体無い。「常連メニュー」は単なる特別扱いではなく、ある意味通いつめすぎている酔狂な客への、飽きが来ないためのお店からのおもてなしに過ぎないのだ。その範疇を超えることは、お互いに不幸になるだけだろう。



文/梶原由景

梶原由景:幅広い業界にクライアントを持つクリエイティブ・コンサルティングファームLOWERCASE代表。デジタルメディア『Ring of Colour』などでオリジナルな情報を発信中。

※『デジモノステーション』2017年8月号より抜粋