By Mariano Mantel

2016年のアメリカ大統領選挙にロシアが関与したとして当局による関係者の捜査が続き、同年8月にはロシアの情報機関がアメリカの地方自治体職員122名にサイバー攻撃を仕掛けていたことがNSA機密文書から判明する一方、世界的に有名なセキュリティ対策ソフト「カスペルスキー」が同じロシアで生まれるなど、ロシアは世界的に見てもサイバー関連技術が高い国と捉えられています。これはつまり、優秀なコンピューターエンジニアが多く育っていることを意味するのですが、なぜロシアではそのような人材をはぐくむことができたのか、セキュリティ関連ジャーナリストのBrian Krebs氏がブログで解説しています。

Why So Many Top Hackers Hail from Russia - Krebs on Security

https://krebsonsecurity.com/2017/06/why-so-many-top-hackers-hail-from-russia/

Krebs氏が挙げる最大の理由が、国家を挙げてのコンピューター教育の充実とのこと。アメリカでは高校生がコンピューター教育を積極的に受ける割合は思いのほか低く、全米統一で実施される「AP試験 (AP Exam)」でコンピューターサイエンスを選択した高校生は、2005年から2014年の10年間で合計27万人だったことが(PDF)調査により明らかになっています。

一方のロシアでは、AP試験と同等の全国試験で「Informatics」とよばれるコンピューターサイエンス科目を選択した学生は、2014年の単年でおよそ6万人に及ぶという調査結果がパーマ国立大学の研究チームによって発表されています。これをアメリカと同じ10年規模で考えると、単純計算でも60万人となりアメリカの2倍以上の学生がコンピューターサイエンスを学習していることが浮き彫りになり、さらに、ロシアの人口は約1億4000万人と、アメリカの約3億2000万人に比べて半分以下であることを加味すると、ロシアではアメリカの4倍もコンピューターサイエンスに対する関心が高いということができます。

Microsoftが発表した調査報告書「A National Talent Strategy」では、2011年時点で全米に4万2000校ある高校のうち、わずか2100校しかAP試験向けのコンピューターサイエンス教科を教えていないことも明らかにされています。

(PDF)A National Talent Strategy



この違いには、アメリカとロシアの教育制度の違いが大きく影響を与えています。ロシアが定めるFederal Educational Standards(FES:連邦教育基準)では、中等教育機関でのInformaticsの授業を必須科目としており、高等学校でもInformaticsの初級と上級の授業を組み込む選択肢を与えているとのこと。パーマ国立大学の報告書には、「初等学校では、数学やテクノロジーといったコアとなる課目の中で、Informaticsの要素が教えられています。さらに、全ての初等学校にはInformaticsをカリキュラムの一部に組み込むことが認められています」と記されています。

FESが定めるInformatics課目に含まれる核となる項目は次のとおり。

1. Theoretical foundations (理論的基礎)

2. Principles of computer’s functioning (コンピューターの動作する基本)

3. Information technologies (情報技術)

4. Network technologies (ネットワーク技術)

5. Algorithmization (アルゴリズム化)

6. Languages and methods of programming (プログラムの言語と手法)

7. Modeling (モデリング)

8. Informatics and Society (Informaticsと社会)


また、二国間でのコンピューターサイエンス課目の教え方や、生徒に求められるレベルにも違いが存在しています。パーマ国立大学の報告書によると、ロシアのInformaticsの試験では次の項目に沿って生徒の成績が評価されます。

Block 1:Mathematical foundations of Informatics (Informaticsの数学的基礎)

Block 2:Algorithmization and programming (アルゴリズム化とプログラミング)

Block 3:Information and computer technology (情報とコンピューター技術について)


そして、テスト問題は「選択問題」「穴埋め問題」「自由記述問題」の3つのパートで構成されているとのこと。

ロシアにおけるInformatics関連教育を図示すると、以下のようになります。教育は7歳の時点から始まり、次第に高いレベルの教育が最終的な国家統一試験に至るまで行われる構造となっています。



一方、アメリカの統一試験「SAT」を主催する非営利団体「College Board」が発表しているAP試験のコンピューター科目に関する文書では、求められる中身について以下のように記載されています。

Computational Thinking Practices (P) (計算論的思考の実践)

P1: Connecting Computing (計算論的思考をつなぎ合わせる)

P2: Creating Computational Artifacts (計算論的思考による生成物を作る)

P3: Abstracting (抽象化)

P4: Analyzing Problems and Artifacts (問題の分析と抽象化)

P5: Communicating (通信)

P6: Collaborating (協働)


また、概念のアウトラインは以下のようなもの。

Big Idea 1: Creativity (創造性)

Big idea 2: Abstraction (抽象化)

Big Idea 3: Data and Information (データと情報)

Big Idea 4: Algorithms (アルゴリズム)

Big idea 5: Programming (プログラミング)

Big idea 6: The Internet (インターネット)

Big idea 7: Global Impact (世界に与える衝撃)


実際には、これらを教える学校がアメリカでは多くないというのが、ロシアに対してコンピューター教育が盛んではないと指摘する声が挙がっているとのこと。一方、ロシアのカリキュラムで挙げられている「2. Principles of computer’s functioning (コンピューターの動作する基本)」「3. Information technologies (情報技術)」「4. Network technologies (ネットワーク技術)」「6. Languages and methods of programming (プログラムの言語と手法)」は、サイバーセキュリティのスキルを身に付ける上で重要な基礎となっており、これらの内容を中等教育の時点で学んでいることが大きな違いを生みだすことにつながっていると指摘されています。

このような状況から、アメリカでは優秀なプログラマーが不足する自体が久しく生じているとのこと。その結果として、海外から優秀なエンジニアを受け入れるという状況が生じていますが、トランプ大統領による移民受け入れ条件の厳格化により、優秀な人材はさらに不足する状況も起こりうる、と考えられているのがアメリカの現状である模様。

Microsoftは政府に対して、幼稚園から小学校に相当する「K-12」世代に対するSTEM教育(科学・技術・工学・数学に関する教育)を充実させるために、教員を雇い入れる予算を要望し、教育レベルの向上を目指していると同時に、各州に対しても同様の課目に対する取り組みを高等教育機関で充実させることの重要性を示しています。Microsoftは報告書の中で、「この状況は、短期的に見るとアメリカ国内における雇用の成長の妨げとなり、長期的視点では、アメリカが先駆者となってきた分野における競争の激しさを増す結果を生むことになる」と警鐘を鳴らしています。