「意識高い人」と「高い系」の違い?

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「意識高い」というフレーズはすっかり定着して久しいです。どちらかといえば揶揄的な意味合いで使われますが、自分を向上させようとする意識の高さは肯定されてしかるべきです。しかしながら、そういう努力とは違う、お手軽な承認欲求を満たす人々として「意識高い系」があります。いわば意識高い人の偽物ともいえる人々を考察した本が、古谷経衡による「『意識高い系』の研究 」(文春新書)です。

何が書かれているのか?

本書ではデータに基づいて、意識高い系の人々の実態をあぶり出します。そこでキーワードとなるのはスクールカーストです。学校生活において上位におり、リアルが充実している人は、わざわざそれをアピールすることはしない。さらに、底辺にいた人々もはじめから諦めているためそうしたことはしない。「意識高い系」は、その中間的な立場におり、あわよくば、上位に這い上がりたいと思っている人たちであるがゆえに、過剰なアピールをするのだと著者は説きます。

おさえられない衝動

確かに、SNSはお互い密な交流を可能とするツールですが、地元におり友人がいるならば直接会って話せば済むことです。さらに友人たちが自分のことを認めてくれますので孤立や承認欲求に苦しむことはありません。いわば「意識高い系」は地元のコミュニティからも疎外された、宙ぶらりんな状態にある人々だともいえるでしょう。