6月24日の日本陸上競技選手権・男子100m決勝。今月の10日に追い風参考ながら9秒94を出し、突如として世界陸上の100m代表候補に名乗りを上げた多田修平(関西学院大)の登場で、リオデジャネイロ4×100mリレー銀メダルメンバー桐生祥秀(東洋大)、山縣亮太(セイコー)、ケンブリッジ飛鳥(ナイキ)の3強対決から4強対決となって注目されていたレースは、予想外の結果になった。


決勝レース後、電光掲示板に表示された自身の記録を見て、少し戸惑った表情を見せた桐生祥秀 波瀾の主役になったのは、その4人ではなく今秋からのフロリダ大入学を控えるサニブラウン・ハキーム(東京陸協)だった。たしかに、前日の予選と準決勝で10秒06を連発して、その底知れぬ力を感じさせてはいた。

「予選の10秒06は正直びっくりしたけど、準決勝でも同じタイムを出していたので自信はけっこうありました。スタートがハマれば9秒台も出るかなというくらいのところでしたが、まだ難しいですね。でもレースの前は、メンツがメンツだったので、すごく楽しみでした」と、いつもの口調で気負いもなく話すサニブラウン。ある意味、背負うものの少ない彼の爆発は予想できたものだったのかもしれない。

 昨年と同じ雨の中でのレースで、追い風0.6mという条件だった決勝。スタートのリアクションタイムは桐生が最速で0秒131。「出遅れた」というサニブラウンは0秒156と8選手中で最も遅かったが、そこから後れをとらずにうまく加速していくのが、今大会で彼が見せている進化した部分。スタートでの差を維持して我慢すると、50m過ぎからは一気に加速して先行する多田をかわして完全に抜け出し、自己記録の10秒05でゴールした。

 2位には多田が入り、「後半は弱いですが、昨日の準決勝よりは維持できたので、そこはよかった。昨日は目をつむってしまうくらい力んでいましたが、今日は本当に真っ直ぐに自分のレーンだけを見て他の選手を気にしないで走れたので、それで後半も走れたのかなと思います」と10秒16をマークした。

 そして3位には「昨日の準決勝で右太股にちょっと痛みが出た。その違和感があったので全体的にうまく走れなかった」というケンブリッジが、スタートからなかなか加速できない状況ながらも、最後に追い込んで10秒18でゴール。

 3月に10秒0台を連発して以来、足首の不安でレースができていなかった山縣は、予選から硬い走りで、決勝には準決勝第2組4着で滑り込んむ苦しい状況だった。

「やっぱり戻せなかったですね。レベルの高い紙一重の戦いだったと思いますが、そういう中ではちょっとでも不安があると勝負にならないなという感じで……」と、得意のスタートダッシュもリアクションタイムは全体で後ろから2番目の0秒150の反応しかできず、伸びのない走りで10秒39の6位にとどまった。

 そんな中で驚いたのは、エースの桐生の走りだった。

 スタートの反応こそ、よかったものの、力んだ感じでうまく加速できず、見せ場を作れないまま10秒26で4位に沈み、個人での世界選手権出場を逃した。

 それは前日の準決勝までの走りに比べると、信じられないものだった。

 予選は第3組のサニブラウンが追い風0.4mで10秒06、第4組のケンブリッジが向かい風0.9mで10秒08を出すハイレベルな戦いになるなか、「記録会だったら『俺も!』と思うけど、ここは勝負をする場なのでそういう気持ちには全然ならなかった」と言う桐生は、スタートから流れのある走りをしてレースをうまくまとめ、追い風0.2mの条件下で10秒15と余裕を見せていた。

 準決勝でも「出だしでつまずいてフラついたので『オッ!』と思ったし、上体もすぐ起きてしまったんですが、そこはうまく取り返して最後まで走れた。それでも10秒14で走れたので手応えは感じました」と言うように、向かい風0.2mの中、10秒10で走ったケンブリッジには後れをとったものの、2位で決勝進出を決めていた。

 ただ、そこで生じた僅かな不安といえば、本人は普通通りだったと言う後半、上半身に若干の硬さも見えたこと。さらにケンブリッジに競り負けたことの精神面での影響だった。

 そんな桐生は、決勝での敗因をこう話した。

「甘く見ていたわけではないですが、ここでしっかり3番以内に入っておけば世界選手権まで1カ月あるので。そこへ向けて練習をして……と、先のことを考え過ぎていたところもあると思います。(今回の)大会前にヨーロッパに行ってダイヤモンドリーグローマ大会などを走ったという、そういう舞台を味わえたのは僕だけなので……。足元をすくわれたという感じです」

 指導する東洋大の土江寛裕コーチは「身体的にはまったく問題はないですが、精神面でのピーキングという面で失敗したのかもしれません。今シーズンいい滑り出しをしましたが、ダイヤモンドリーグ上海大会で失格してからは、失敗はないものの70〜80%というレースが続いていた。もう一歩というレースが続く中で神経的な疲労が溜まっていたのかもしれない」と話す。

 その点では、日本陸連の伊東浩司強化委員長が以前から話していたように、高3で10秒01を出して以来、桐生が9秒台への期待を背負い続けてきた精神面の疲労は他人の想像を遥かに超えるものだろう。

 その伊東強化委員長はこうも言う。

「全米選手権ではタイソン・ゲイが予選落ちしたように、世界の傾向をみると五輪の翌年はトップ選手の記録が落ち気味になる。それだけ五輪に向けて追い込んでいたということだから、銀メダルを獲った彼らは少し落ちるところです。桐生も山縣も春先からいい記録を出してはいますが、私は五輪の翌年はまったくダメだったので。今回の結果がどうこうではなく、2020年から逆算して考え、誰が出てくるかわからない状況で、たくさんの選手が高いレベルでスタートラインに立ってもらえればいいと思う」

 五輪に出場した選手にとっては、精神的に少し休養をとらなくてはいけない年なのだろう。それでも選手である限り、強くなりたいという思いを止めることはできない。

 同じリオ五輪銀メダルメンバーの飯塚翔太(ミズノ)は「リオの銀メダルで自信を持つことができた。リレーで活躍できたことで自分の殻を破ることができたと思うし、世界で通用する力を持っていることを確認できた」と話す。同じように、桐生も山縣もケンブリッジも気持ちを休ませることなく、自分への期待を膨らませて9秒台一番乗りを強く意識して走り出していたのだろう。

 だからこそ山縣は、五輪直後の全日本実業団で10秒03の自己新を出し、冬の間も積極的なトレーニングをして、3月のオーストラリアでは早々に10秒0台を連発するまでに仕上げた。

 さらに桐生も冬場は新たなトレーニングに取り組み、3月のオーストラリア合宿では3試合に出場した中で60mや150m、300mという特殊種目に積極的に取り組み、国内でも悪条件の中で10秒0台を連発する好調を維持していた。だが、そのツケが山縣は足首の不安となって表れ、桐生には精神面の疲労が溜まるという形になって表れたと言える。

「負けたのは力不足」という桐生は「今はいろんな人が出てきて100mが盛り上がっていますが、レース後には山縣さんとふたりで、『最初に僕たちがいたから盛り上がってきたのだから戻ってこよう』と約束したので……。これからは僕より上の3人の方の注目が高くなる中で、どれだけ自分自身を持って練習をして、次にどんな結果を出せるのか、(ここからが)正念場だと思います」とも話す。

 サニブラウンが100mと200mの代表になれば両種目の代表は5名となるため、桐生がリレーメンバーとして代表に招集される可能性も残している。

 この結果は今年の世界選手権100m代表の3名が決定しただけでなく、2020年東京五輪へ向けての代表争いのスタートでもある。これまでエースとしてチームを引っ張ってきた桐生が、もしかしたら行くだけで出られない補欠を務める可能性も高い。そんな経験もまた彼にとっては、これまでずっと背負ってきた「9秒台」という重い荷物から解放され、本当の「強いスプリンター」への道を歩みだすための大きな分岐点になるのかもしれない。

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