セブン銀行のATMは1日1台あたり約100件利用されている。(時事通信フォト=写真)

写真拡大

銀行から現金を引き出すために、コンビニに駆け込む人も多いのではないでしょうか。今ではすっかり定着したコンビニのATMですが、その先鞭をつけたのがセブン銀行です。銀行のビジネスモデルは、預金を集め、それを融資して利益を上げるのが一般的です。それに対して、セブン銀行の事業はATMのみです。なぜ、このようなビジネスが成功できたのでしょうか。

■軽自動車の相互OEMに近い

セブン銀行のようなビジネスは、「協調戦略」と捉えることができます。協調戦略とは、「競合企業とできるだけ競争をしないで共存を図る戦略」です。同業他社は、競合企業と位置づけてしまいがちですが、協調することによってウィン−ウィンの関係を築けるケースも少なくありません。

なお、「競争せずに共存を図る」というと、談合やカルテルを連想するかもしれませんが、そうした非合法な手段は協調戦略には含めません。

競合他社と提携する協調戦略は以前から存在しています。例えば、軽自動車業界では、製品ラインを維持しながらも効率を追求するために、相互OEM(相手先ブランドによる生産)が行われてきました。また、航空業界では、各国の航空会社同士でアライアンスを組み、共同運航便やマイルの相互乗り入れなどが行われています。

こうした従来の協調戦略では、企業のバリューチェーン(価値連鎖)自体が変化することはありません。バリューチェーンとは、企業が生む価値を表すものであり、その主活動は研究開発、購買、製造、出荷、販売、サービスなどで構成されます。自動車業界の相互OEMも航空業界のアライアンスも、各社の主活動のいずれかがなくなるわけではありません。

それに対して、最近見られるようになってきたのが、企業のバリューチェーンの機能の一部を「代替」、あるいは「追加」する形での協調戦略です。前者は、競合企業のバリューチェーンの形は変えずに、その一部を代替することです。かつては内製化が当たり前だった機能を、最近ではアウトソーシングするケースが出てきています。後者は、競合企業のバリューチェーンの中に新たな機能を追加することです。それにより、複数の企業を束ねたり、新たな顧客接点をつくったりするという特徴があります。

■ATM特化は他行と競合しないため

バリューチェーンの一部を代替する代表的な例が、冒頭に述べたセブン銀行です。同行は銀行免許を取得しており、その点では一般の銀行と変わりませんが、事業内容はATMに特化しています。同行の収入源は、他行のキャッシュカードで現金を引き出すときに発生する手数料が中心です。

同行が黒字化した理由の1つが、他の金融機関との提携です。従来、金融機関は自前のATM店舗を持つのが当たり前でしたが、その維持には一定のコストがかかりますし、ATMを破壊して現金を奪う事件も相次ぎました。セブン銀行と提携すれば、これらのリスクを負うことなく、手数料を払うことで事業エリアを拡大し、顧客サービスを向上させることができます。なかには、自行の店舗内にも自前のATMを持たず、セブン銀行のATMを導入する新生銀行のようなケースも登場しています。

こうして見ると、セブン銀行と他の金融機関はウィン−ウィンの関係にあることがわかります。セブン銀行がATMに特化しているのは、他行と競合しないためです。一般の銀行が持つバリューチェーンの機能をすべては持たず、ATMに特化することで、それを武器に他行のバリューチェーンの機能(ATM)を代替することによって利益を上げるビジネスモデルをつくり上げたのです。

■星野リゾートは、ほかとなにが違うか

このような「代替型」の企業はほかにもあります。旅館やリゾートホテルの再生事業で知られる星野リゾートもその1社です。同社が代替しているのは、旅館やホテルの運営です。従来、日本の旅館は所有と運営が同一であるのが一般的で、スタッフはフロント、調理、清掃などの専門職に分かれ、非効率な部分が多くありました。そこで星野リゾートは、所有と運営が分離している米国流の運営ノウハウを取り入れ、一人で4つの仕事ができるようにしてスタッフの稼働率を高め、より少ない人数で運営できるようにしたのです。

また、クレディセゾンの子会社であるキュービタスは、クレジットカード事業のうち、カードの入退会手続き、監査業務、カードの決済、問い合わせ対応などを行うプロセシング業務を専業とする会社です。プロセシング事業は規模の経済性が働き、規模の小さなカード会社は自社でやってもペイしません。同社はそうしたカード会社の業務を受託して成長してきました。

これらのケースに共通するのは、「見える部分は差別化、見えない部分は効率化」ということです(下図)。セブン銀行など、代替型の協調戦略を取る企業は、同業企業の見えない機能を代わりに引き受けることで規模の経済を追求し、利益を上げているのです。

■ウィン−ウィン−ウィンの仕組みとは

もう一方の「追加型」の協調戦略の事例としては、ネット印刷通販のラクスルが挙げられます。同社自身は印刷機を持っていませんが、高品質な印刷を安く速く仕上げることを強みにしています。なぜそのようなことができるかというと、全国の印刷会社を会員組織化して、ネットで注文を取り、すぐに対応できる会社に印刷を割り振っているためです。印刷業界は仕事の変動量が多く、平均稼働率が5割程度と低いため、設備が空いているタイミングで仕事がくれば、安くても対応します。発注者は速く安く印刷ができ、印刷会社は設備稼働率が上がり、自身は仲介手数料を受け取る、ウィン−ウィン−ウィンの仕組みをラクスルはつくりました。

印刷業界は中小規模の会社が多く、マーケティング機能を持っていないところがほとんどです。また、ラクスルは発注だけでなく、印刷用紙やインクなどを集中購買し、印刷会社に安く卸すサービスも提供しています。ラクスルは、そうした印刷会社のバリューチェーンに従来欠けていた機能を追加したのです。

また、同社はハコベルという新しいサービスも始めています。このサービスは、印刷機をトラックに置き換えたと考えるとわかりやすいでしょう。印刷業界と同様に多重下請け構造で、繁忙期と閑散期の差が大きいのが運送業界です。ハコベルでは運送業者を組織化し、荷主と運送業者をネット上でマッチングさせることで、安く速く配送する仕組みを構築しています。

ラクスルのケースからわかることは、たとえ成熟産業でも、新規事業を起こせる可能性があるということです。誰もが注目するような産業は、多くの企業が参入しようとするため、あっという間に“満員のバス”のようになってしまいます。むしろ「この産業はもうダメだ」といわれているような分野に着目し、新たな機能を加えて業界全体を活性化させるようなビジネスを考えることが有効でしょう。

ビジネスでは、他社と競争することを当たり前のように考えがちですが、産業が成熟すると、過当競争によって組織は疲弊し、利益率も低下します。このような状態から抜け出すには、「競争しない状態をつくることによって利益率を高める」という視点も大切です。その方法の1つが、ここで紹介した協調戦略=バリューチェーンの一部の機能に特化して、競争しない戦略を構築する方法です。ご自分の働く業界に置き換えて、考えてみてはいかがでしょうか。

(早稲田大学ビジネススクール教授 山田 英夫 構成=増田忠英 写真=時事通信フォト)