(China Photos/Getty Images)

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 中国共産党内江沢民派閥のナンバー2とされる曽慶紅は、「康生の再来」と喩えられている。康生は中国共産党情報機のトップで、毛沢東の片腕として、共産党が起こした数々の政治運動において、拷問や処刑を行い大量粛清に関わった。偶然にも、康と曽は党内人事を決める「党中央組織部部長」と「国家副主席」に就任したことがある。

 曽慶紅の父親の曽山は、中国共産党が政権を奪った後の初期では、特務工作機関を統括する内務部(現在は民政部)部長であった。曽慶紅は父親に続いて、同様に党内情報機関のトップとして君臨した。

 また、曽山は中国共産党中央東南局・華中局組織部長を務め、その後商業部部長、交通部部長などに歴任した。一方、曽慶紅の母親の舅散發話羚餠産党華東局機関保育院の準備責任者と院長として、高官の子弟約1000人の世話をした。同保育院は「太子党のゆりかご」と呼ばれた。曽慶紅は、父親と母親を通じて党内において膨大な人脈を持つようになった。

 曽慶紅は2003〜07年にかけて国家副主席に就任した後、当局の中央香港マカオ工作協調小組のトップ、中央外事工作領導小組(国家安全工作領導小組とも呼ばれる)の副組長を兼任した。曽慶紅はその後、親から受け継いだ幅広い人脈を駆使し、また自らが中央組織部部長などの職務時代で育った部下ら、さらに江派閥の「石油幇」「上海幇」と、自らの「江西幇」と「江一族」を利用し、党の特務工作情報機関を全面的に掌握し、膨大な「情報帝国」を作り上げた。

 江沢民と曽慶紅は組みになって腐敗政治を働いてきた。江沢民が、政敵の陳希同(元北京市党委員会書記)や人民解放軍内で絶大な影響力を持っていた「楊家将」(楊尚昆と楊白氷兄弟)を打倒できたのは、曽慶紅が「太子党」内での人脈を利用して、密かに広範囲で特務政治を行ったためだった。1995年、陳希同が失脚した際、党内高官の間では、「江沢民と曽慶紅は、国家安全機関の諜報員を通じて、すべての高官の言動や汚職を把握した。それを切り札にして、高官らに江沢民らへの忠誠を迫った」とのうわさが広がった。

 江と曽は、国家安全部と人民解放軍総参謀部などの諜報機関を通じて、党中央の各部署と省級政府機関の主要責任者への政治動向を監視し、中国共産党体制の下の秘密統制を行ってきた。これらの情報は、江らが政敵を倒す重要なカードで、「最高国家機密」でもあった。これは、実に江が国家主席から退任した後、胡錦涛と温家宝の実権を奪い、党の最高指導部を思うままに操れた最大な理由だ。

 このほど汚職で失脚された国家安全部副部長の馬建は曽の人員で、最高指導部の高官らへの監視を行ったとみられる。

 曽慶紅は、江派閥が引き続き中国政局を掌握し、影響力を維持すると同時に、海外まで勢力を浸透させるために、諜報機関の工作員を動かして、不正な手段で得た莫大な資金を使い、欧米諸国の政治家や富豪らに賄賂を贈ってきた。

 曽らは中国伝統気功「法輪功」への迫害政策を海外まで拡大するのを狙い、殺し屋や裏社会の組織を動員し、法輪功創始者への暗殺、南アフリカで法輪功愛好者への銃撃、工作員による「神韻芸術団」公演への妨害、海外で法輪功愛好者の真相伝えのブースへの破壊行為などなどを実行してきた。

 今年秋に開催予定中国共産党第19回全国代表大会まであと数カ月。海外(中国語メディアなど)ではこのほど、習近平国家主席とその片腕である反腐敗トップの王岐山との仲を裂く目的で、王岐山に対する批判的な論調が高まった。この背後には曽がコントロールする特務工作や情報機関が関与しているとみられる。

習近平政権 4つの面で粛清早める

 

 いっぽう、習近平陣営もしっかりと反撃を交わしている。以下4つの面から、習陣営が曽慶紅が掌握している特務工作機関と情報機関に対して、粛清を加速化しているとみて取れる。

 1.習陣営は香港裏社会組織勢力を一掃

 香港警察当局は6月15日、香港・マカオ・広東省で実施されたコードネーム「雷霆17行動」の第1弾の結果を発表した。同行動では、今年3月5日から6月10日において実施された同地区での暴力団犯罪取り締まり強化で、約3618人の容疑者を逮捕した。香港メディアは、「雷霆行動」に関して中国当局は今年3月の両会開催前にすでに着手し始め、中国当局最高指導者が香港返還20周年関連イベントへの出席ための下準備だとした。

 香港の暴力団と当局の最高指導者が香港返還関連イベントへの出席とどのような関係を持つだろうか。実に、香港は江派勢力の重要な拠点で、近年江派は胡錦涛と習近平に対して政局かく乱を行うベースキャンプでもある。曽慶紅は2003年に、中央香港マカオ工作協調小組トップに就任してから、香港で側近を増やし、各界でその一味を育ち、香港の政治・経済界だけではなく、裏社会まで支配下に収めた。

 中国当局の中央香港マカオ工作協調小組、国務院香港マカオ弁公室、中央政府駐香港連絡弁公室は皆、曽慶紅とのつながりは深い。

 また、曽慶紅の弟の曽慶淮は1995年に、中国文化部特別巡視員として、いち早く香港に派遣され、香港マカオ地区における特務工作の総責任者となった。曽慶淮はその期間、香港マカオの情報や当地区にいる法輪功愛好者の動向を収集し、そして香港芸能界に対して統一戦線工作を行っていた。

 曽慶淮は、中央組織部の安小文・前部長の息子である安民と、党内長老で中日友好協会の初代会長の廖承志の息子の廖暉と、3人で香港マカオの統制を総指揮した。

 大紀元傘下「新紀元週刊」誌はかつて、1997年香港返還の前に、香港の実務を担当する部門は江沢民の下に置かれたと報じた。報道によると、2003年江沢民が国家主席を退任後、江の側近中の側近の曽慶紅がその部門のトップとなった。このため、香港の各界は曽慶紅にあいさつするために、続々と北京に訪問した。訪問した人の中にマフィア組織の幹部もいたため、香港市民は、中国共産党を暴力団と喩えて「(裏社会の幹部は)、頭(である曽)にあいさつに行った」と皮肉った。

 しかも、北京に訪問したある一人の香港芸能界の有名人が曽と記念写真を撮った。その写真の中に、この芸能人は、手のひらを内側に向けたVサイン、いわゆる相手を侮辱する「裏ピース」を示した。これで、香港メディアに連日追及された同芸能人は、記者の質問に対して、思わず曽慶紅のことを「阿公」と呼んでしまった。香港語の「阿公」は、マフィアの間で使われている言葉で、裏社会で最も地位が高くて、最も影響力のある人物を呼ぶときに使う。

 香港特別行政区長官の梁振英も、曽慶紅によって育て上げられた人物で、中国共産党の香港地下党員である梁は、共産党と裏社会の両方からサポートを受けている。そのため、梁振英がマフィアとのつながりや、2012年の長官選挙で梁の当選に暴力団幹部が大きく貢献したと頻繁に報道されており、「マフィア組織が香港をかく乱している」と批判された。

 例えば、2014年香港で起きた民主化運動「雨傘運動」では、多くのマフィアが運動に参加した学生や市民に暴力を振るい、嫌がらせをした。当時、香港メディアと海外メディは、それは中国国家安全当局が裏で計画したと報じた。

 現在、習近平陣営は「雷霆行動」を推進しながら、同時に香港特別行政区の新長官の就任、中国当局の香港実務担当部門への粛正、香港と本土金融界における反腐敗運動、国家安全部門と政法機関への粛正をも実行している。習近平が7月1日に香港訪問につれ、香港における江勢力が一段と弱まるとみる。

(つづく)

(時事評論員・謝天奇、翻訳編集・張哲)