「Thinkstock」より

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 米国で旅客が航空会社や警備当局の職員によって乱暴に扱われている実態が、波紋を呼んでいる。

 事の発端は、ユナイテッド航空が自社のクルーをほかの空港へ送り込むため、満席の機内から乗客を警備員が暴力的に引きずり出す映像が世界に拡散されたことだった。以降、原因はそれぞれ異なるものの、他の航空会社でも旅客を乱暴に扱うシーンが連日のようにメディアで取り上げられた。

 米国の空で一体何が起きているのか、その原因や背景について迫ってみたい。

●ホスピタリティとは無縁の米航空会社

 元来、米国では航空機の利用は広い大陸での移動手段として、なくてはならない交通手段であり、日本のように新幹線などの鉄道と運賃やサービスで競争する必要がない。そして1970年代後半から始められたデレギュレーション(航空の自由化)によって、一時は230以上の新規航空会社が立ち上げられたものの、連続事故や競争によってその多くが倒産、あるいは大手航空会社によって吸収され寡占状態になった。

 こうした理由から、航空会社間でもサービスやホスピタリティ(接客)に関して競い合う状況がなくなった。機内サービスの中心にいるキャビンアテンダント(CA)についても、近年ではパイロットとの賃金格差は広がるばかりで、仕事が終わったらパイロットと口もきかないようである。CAは定年こそないものの、劣悪な労働環境に置かれ、サービスという無形の労働を向上させるモチベーションはない。

 日本の大手航空会社の機内では、エコノミークラスの乗客であっても就寝中CAがそっと毛布を掛けてくれることもあるが、そのような心温まるサービスを米国の航空会社に期待することは無理な話といえる。

●セキュリティ第一の過剰反応

 一方、パイロットも2001年の同時多発テロ以後、強化型のコックピットドアが導入され、旅客と隔絶されることになった。その結果、機内で旅客によるトラブルが発生すると以前のようにコックピットから出てCAと一緒になって話し合いで解決するのではなく、最寄りの空港に緊急着陸して、問題を起こす旅客を警察に突き出すといった手荒い手段を取るようになった。

 乗客がCAに「機内にテロリストがいるかも」と冗談を言っただけで、事情を聞かれることもなく即緊急着陸となってFBIに逮捕されるという事件に代表されるように、客室内はピリピリとした空気に満ち溢れ、ときに戦場と化する。

 ちなみに日常茶飯事のように客室内のトラブルや悪天候に伴う目的地以外の空港への着陸が起こっているが、航空会社は以後の交通手段やホテルの手配などには非協力的で、旅客はすべて自分で行動する必要があるのも、米国ならではのことだ。

 このように旅客に対して航空会社のパイロット、CA、地上職員がサービスやホスピタリティそっちのけで法令やルールを盾に乱暴な対応を行うことが多くなったのであるが、一番の原因は同時多発テロ以降のセキュリティ第一の過剰反応にある。

 したがって、米国で空の旅をする方は、いつなんどき事件に巻き込まれ、便のキャンセルや大幅遅延、それに予定外の空港への緊急着陸など想定外の事態に直面するかもしれないということを念頭に、余裕のある日程を組むことをお勧めしたい。

●丁寧な日本の航空会社

 さて、これまで米国の航空会社の問題について述べてきたが、アジアでも大韓航空の機内で乗客同士のトラブルに対し、スタンガンを搭載しCAを訓練させるといった荒っぽい対応が話題となっている。スタンガンは乗客に奪われると逆に犯行に使われ、クルーが被害に遭ったりテロに利用されるおそれもあり到底賛成できかねるが、日本ではどうなっているのか。旅客への対応について、地上と上空とに分けてみてみたい。

 まず話題のオーバーブッキングで実際に航空機の定員よりも多くの旅客が空港にショーアップした場合、大手航空会社の国内線では、後の便に回ってくれた客に協力金として1万円を支給、当日に後続便がなく翌日の便に変更してもらう場合には、ホテル代プラス2万円を支給するという基準がある。国際線では基準を定めてはいないが、ホテル代プラス2万円を最低限として、状況に合わせて支給額を上げていく方法をとっている。

 筆者が知っている例では、お盆休み最終日にパリから成田へ帰る便で、最終的に15万円を協力費として支払ったこともある。一般的にヨーロッパから日本へ帰る便を例にとると、オーバーブッキングが発生して職員が降機に協力してもらいたいとアナウンスすれば、10名前後の方が手を挙げてくれる。特に学生の方などはもう1日ヨーロッパに滞在できるのだからと喜んで協力してもらえる。

 ともあれ、日本の航空会社ではこのような協力金と丁寧な対応によって、定員を超えたからといって実力で旅客を機内から引きずり降ろすことなどはあり得ない。

 米国では一連の対応に批判が殺到した結果、ユナイテッド航空とデルタ航空では今後オーバーブッキングでの協力金を最大1万ドル(約110万円)に引き上げたが、あまりにも極端だ。そこには、問題が起こればなんでも金で解決すればよいという米国流が垣間見られる。日本のように旅客に対し心をこめて接して事情を説明すれば解決できるということは、理解されない文化なのかもしれない。

 次に、上空において旅客によるトラブルが発生したときの対応はどうか。

 日本航空の例では、機内で迷惑行為を働く乗客が出た場合、CAは機長の了解の下にまず当該乗客へイエローカード(警告書)を発行し注意を促す。これに従ってもらえない場合は、次にレッドカード(命令書)を発行する。そこには航空法73条に基づく違法行為の該当例と、違反者には50万円以下の罰金が課されるほか、警察への引き渡しや損害賠償の請求などが行われる旨が記載されている。加えて、次回以降は「搭乗拒否扱い」になる可能性も伝達される。そして粗暴な行為を続ける乗客は、プラスチックループと呼ばれる手錠で身体を拘束されることもあり、CAたちは拘束方法について訓練を年に一度行っている。

 こうしてみてくると、旅客に対するサービスやホスピタリティは国や航空会社によって一律でないことがおわかりいただけよう。それは利用者にとって、航空会社を選ぶときの重要なファクター(要素)となり得るものだろう。
(文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長)