連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『ひよっこ』が放送され始めて、もうすぐ三ヶ月が経とうとしている。本作は奥茨木出身の谷田部みね子(有村架純)が、東京で働きながら、行方不明となった父を探す姿を描いたドラマだ。会話を中心とした楽しい作品であるため、一見、緩い作りの朝ドラに見える。しかし、一つ一つ注意深く見ていると斬新なことが多数おこなわれている。中でも画期的なのは、みね子の描写ではないかと思う。

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 今回で三度目の朝ドラとなる岡田惠和だが、彼が朝ドラで試みてきたことは、いかにして朝ドラの呪縛から逃れるかということだ。それはそのまま朝ドラヒロインが背負わされている理想や願望といった重たい荷物をいかに取り除くか、という挑戦だった。

 『ちゅらさん』のえりぃこと古波蔵恵里(国仲涼子)は、初恋を信じるピュアなヒロインで、一見すると明るく真面目な朝ドラヒロインの類型に見える。しかし、岡田はえりぃを天然の少し変わった女の子に設定し、彼女の純粋さに触れた人々が勝手に救われていく話として、朝ドラを読み換えた。

 これは岡田が『恐るべしっっ!!! 音無可憐さん』(テレビ朝日系)等の少女漫画原作ドラマで繰り返し描いてきた手法で、ヒロインは漫画のキャラクターがそのまま現実化したような存在にして、脇にいるキャラクターがツッコミを入れることで物語のバランスをとっていた。

 『おひさま』の陽子(井上真央)は、朝ドラがやりがちな戦後民主主義的な価値観で戦前の価値観を一方的に批判するという優等生的なヒロインではなく、軍国主義の価値観を信じて子どもたちに教えてきた教師だった。

 放送直前に東日本大震災があった影響もあり、その試みがどれだけ達成できたかというとやや不徹底な部分もあるが、女教師を主人公にして軍国主義を教えてきた教科書を墨で塗り潰すことを子どもたちに指導して「先生がみんなに教えてきたことは間違ってました。ごめんなさい」と謝る場面には、加害者となってしまった朝ドラヒロインが抱える痛みがしっかりと描かれていたと言える。

 では『ひよっこ』のみね子はどのようなヒロインなのか。前作の『べっぴんさん』を筆頭に近年の戦前・戦中・戦後を舞台とした朝ドラは、実在した女性実業家をモデルとしたヒロインを描くことで、仕事と家庭の両立を描こうとしてきた。そのため、どのような仕事を選ぶのか、どのような恋愛をするのか、どのような家庭を築くのかといった課題が視聴者からジャッジされてきた。つまり近年の朝ドラヒロインは現代女性のロールモデルとして是か非かという視線に常にさらされている。それゆえに幅広く注目される日本最大の物語メディアとなっているのだが、一方でそれが息苦しさにも繋がっていた。

 対してみね子は、恋愛の要素も仕事の要素も薄く、不器用であまり積極的ではないヒロインとして描かれている。ロールモデルとしてはいたって普通だ。東京に出てきたのも、やりたい仕事や夢があるからではなく、行方不明の父親を探すことと、実家に仕送りをするためで、工場の仕事も洋食店の仕事も、一生の仕事にしようとは思ってなかったはずだ。

 舞台が東京の乙女寮に移って、みね子と同じように各地方からやってきた女の子がそろった時に思ったのは、親友で女優を目指している助川時子(佐久間由衣)を筆頭に全員みね子よりもキャラクターが濃くて朝ドラヒロイン的だということだ。彼女らの濃さに較べて、みね子のキャラクターの薄さは逆に際立って見えた。

 同じアパートで暮らす漫画家二人に理想の読者として「みね子様」と讃えられていたが、あれが笑いとして成立するのは「様」という言葉からみね子が程遠いからで、他の朝ドラヒロインだったら、かなり嫌味になっていただろう。

 牧野由香(島崎遥香)にお金を届けに行く場面にしても同様で、他の朝ドラヒロインだったら、自分からおせっかいを働いていて、父親との仲を取り持とうとしたかもしれない。

 こう書くと、みね子に魅力がないように聞こえるかもしれない。しかし実際は逆だ。彼女の程よい優しさは見ていて心地よく、余計なノイズとならず、普通の女の子の日常を覗き見るかのように朝ドラに入り込むことができる。

 もちろん、彼女自身の生活が決してラクではないことは執拗に描写されるみね子の給料と彼女が買い物する際に買ったものの金額を事細かに描写することで示されている。しかしだからといって、貧しさの中で健気にがんばるヒロインという風にはあまり見えないのは、お金にまつわる描写の多くがコメディとして描かれているからだろう。

 このように岡田惠和は細心の注意を払って、みね子をどこにでもいる普通の優しい女の子として描こうとしている。

 今後どうなるかわからないが、普通の若い女の子であるみね子に、余計な理想を背負わせてヒロイン様にしないこと。それ自体が『ひよっこ』の尊さだろう。朝ドラヒロインの一つの到達点である。(成馬零一)