暴言で執拗に他人を追いつめる人は強いキャラクターに見えますが、その心の内は自己嫌悪でいっぱいなのです(写真はイメージです)

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電通やヤマト運輸など、日本を代表する企業で起きたパワハラ自殺。信じられないようないやがらせを執拗に行ってしまう側の心理、そしてそれを許容してしまう組織とは、どんなものなのでしょうか。(東京大学 東洋文化研究所教授 安冨 歩)

パワハラというより深刻な暴力行為
「組織の不感症」が問題の温床に

 ヤマト運輸のパワハラ自殺事件では、2012年秋頃から上司による暴言や暴行を受けていたドライバー男性が15年1月、自殺に追い込まれました。遺族が損害賠償を求めて提訴しましたが、これまでに明らかになっている情報だけでも、驚くような行状の数々です。

 机を蹴飛ばしたり、威圧的に怒鳴りつけたり。2時間にもわたって罵声を浴びせ、「本当に役に立たねぇ」「明日から来るな」、果てには「殺すぞ」とまで言っていたといいます。もはやハラスメント(嫌がらせ)を超えた、暴力行為であり、犯罪そのものです。それが長期間にわたって繰り返されるなんて、まさに地獄の苦しみです。

 こんな恐ろしい行為を、ヤマト運輸という組織はなぜ、何年ものあいだ許してしまっていたのでしょうか?昨年明るみに出た電通女性社員のパワハラ自殺もそうですが、こうしたとんでもない闇を抱えつつ、何事もないかのように日々を送っている会社がいかに多いことか。

 その理由の1つは、こうした暴力行為を薄めたような事例がそこかしこにあり、いわば組織全体がハラスメントに対して不感症になっていることにあります。

 日々、ライトなハラスメントが横行していると、いつしか耐性ができてしまい、深刻なハラスメントが起きても、周囲の人間たちは「ああ、またか」といった具合にスルーしてしまうのです。被害者は死ぬほど、もがき苦しんでいるというのに。

 ハラスメントだけでなく、不正も、同じ構造で起きるのではないでしょうか。残念ながら学者の世界には「ちょっとくらいのゴマカシは仕方がない」という風潮が蔓延しています。そんな雰囲気にどっぷり浸かっていると、ゴマカシに耐性ができてしまい、大きな不正が現れるものなのです。STAP細胞事件のみならず、東大でも不正事件が告発されましたし、医薬品・ディオバンを巡る論文不正事件も記憶に新しいところです。

これは、自分自身の「本当のことを知りたい」という純粋な好奇心に従うのではなく、「他人に認められたい」という下劣な欲求に従って研究しているからです。そうなると、功名心に駆られて自分の感覚を誤魔化すことになりますが、自分を少しでも誤魔化している人は、他人の大きな誤魔化しを見破ることができなくなってしまうのです。同じように、ハラスメントに慣れていると、大きなハラスメントを見逃してしまいます。

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