それもまた1つのLOVE。

愛してるとは違うけど、愛していないとも言えない。

あなたの身にも、覚えはないだろうか…?

浜松の公立高校を卒業した翔平は、日吉キャンパスで衣笠美玲と出会う。洗練された彼女は手の届かない高嶺の花だったが、いつしか“特別”な関係となる。

高校の同級生・奈々とも距離を縮める翔平だが、やはり美玲が忘れられない。

そんな時、美玲の婚約者が他の女性と親密にしている場面を目撃した翔平は、衝動的に美玲を呼び出すのだった。




いつまでも「特別」な女


そろそろ日付が変わろうという時間だったが、六本木の街は静けさとは無縁で、それが翔平を幾分安心させた。

指定された『TSUTAYA TOKYO ROPPONGI』のテラスで、夜風に当たりながら美玲を待つ。

美玲に限っては、待つ時間さえ特別感がある。そんなことにも改めて気がつき、彼女という存在の大きさをまた再認識するのだった。

「お待たせ」

しばらくして、美玲はショートサイズのホットカップを持って現れた。

家で...婚約者と暮らす新居で寛いでいたのだろう、彼女はキャミソールタイプのロングワンピースにパーカーというラフな格好をしていて、そのことにちょっとした違和感を感じる。

思い起こす限り、大学時代からこれまで、翔平が見てきた彼女はいつだって一寸の隙もなかった。美玲はいつも完璧な佇まいで、翔平を圧倒していたのだ。

-気を許してくれているのだろうか。

なんて、都合の良い解釈をしてみる。

しかしそこにはまったく逆のメッセージがあることを、すぐに思い知らされるのだった。


久しぶりに会う美玲。彼女が翔平に語った言葉とは…


チャンスはいくらでもあったのに...


「それで、話したいことって?」

カップを両手で抱えながら、美玲が上目づかいで翔平を見上げる。

彼女にとっては何気ない仕草だとわかっていても、震える睫毛や、美しく彩られた指先に、いちいち目を奪われてしまう。

「あ、いや...なんだったかな」

自分から呼び出しておいて「なんだったかな」では済まないのだが、すっかり酔いも興奮も冷めてしまい、彼女に婚約者の不義理を告げ口する気は失せていた。

化粧も薄く、力の抜けた美玲はいつも以上に小さく華奢に見えて、そんな彼女を傷つけるようなことをしたくもなかった。

「...なぁに?もう、翔平って時々変よね...昔から」

そう言って、彼女は呆れたように笑う。

飾らない彼女の笑顔を、翔平は久しぶりに見た気がした。暗闇に浮かぶ白い肌と睫毛の影が妖艶で、言うつもりのなかった言葉が勝手に溢れてしまう。

「美玲に、逢いたかったんだ」

日吉キャンパスで出会ってからもう10年も経つというのに、こんな風に翔平が気持ちを素直に伝えるのは、初めてだった。

きっとこれまでにも、チャンスはいくらでもあった。

ゼミの帰り道や、皆で飲んだ後、誕生日にディナーをした日、そして一夜を共に過ごした夜...過去にいくらだって、言うべき瞬間はあったのだ。

「美玲が、好きなんだ」

それなのにどうして、どう考えても最も言うべきでない時に、口走ってしまうのだろう。

翔平の言葉を、美玲は黙って聞いていた。

昔からずっと変わらない、何を考えているのか想像もできない、美しい横顔で。

しばらくの間、沈黙が二人を包む。

「...もう、遅いわ」

ふたりの間を行き交う、言葉にならない声を遮断するように。美玲は絞り出すようにそう呟くと、翔平を一瞥した。

そして不意に立ち上がると、逃げるようにして立ち去ってしまった。

翔平は、とっさに彼女の手を掴もうと試みた。

しかし美玲が、悲しく、そして強い拒絶を込めた目を向けて...最後に言った言葉が、翔平を凍りつかせたのだった。



ー数日後ー




「まあ、タイミングが合わなかったんだな」

赤坂アークヒルズで期間限定オープン中の『YONA YONA BEER GARDEN in ARK Hills』へ、仕事終わりに同期のあきらと軽く飲みにきた。

美玲とのことを、改めてあきらに話すのも考えてみれば初めてだった。

しかし言葉にせずともおおよそのことは伝わっていただろうし、これまでは面白がって根掘り葉掘り聞いてきた彼も、今となっては必要以上に詮索しなかった。

あきらは、翔平と美玲の過去10年に及ぶ「特別な関係」の終焉を“タイミング”の一言で形容したが、翔平もそれをあえて否定する気もない。

しかし美玲が自分を選ばなかった理由が“タイミング”などではないことを、翔平は知っている。

手に入れたいなどと、触れたいなどと思うことが、そもそもの間違いだったのだ。

美玲は、立ち去る前に、こう言い放った。

「あなたに、私の相手は務まらない」と。


美玲の残酷な言葉にショックを受ける翔平。その心を癒すのはやはり...


求める気持ちは、嘘じゃない


夏の夜の心地よさは、無条件に心を解放する。

ビアガーデンは東京を楽しむ男女で溢れかえっていて、その高揚感を言い訳に翔平もついつい調子に乗ってビールを流し込んだ。

そうじゃなきゃ、やっていられない。そんな気分でもあった。

夜風を浴びながら調子よく飲み、いい感じに酔っ払って自宅マンションにたどり着いたのは、23時頃だっただろうか。

エントランスに、見覚えのあるシルエットを捉えて立ち止まる。




「あれ...奈々?」

声をかけると、安心感のあるシルエットが駆け寄ってきて、翔平はそのまま彼女を抱きしめた。

「...だいぶ、酔っ払ってるね?」

照れたように笑って、遠慮がちに自分を見上げる奈々。彼女を抱きしめて感じる温もりは、美玲との一件と、夜風で冷えきった翔平の心をじんわりと温かくする。

「翔平に、逢いたかったの」

彼女が言ったそのセリフは数日前、自分が手の届かぬ高嶺の花に言ったものと同じだ。

胸が締め付けられる思いがして奈々の手を握ると、その冷たさに驚いた。そして彼女が長い間自分を待っていてくれたことを知る。

「勝手に来ちゃって、ごめんね」

奈々はいつも自信がなさそうに、翔平に謝る。そしてそういう表情を奈々が自分に見せるたび、翔平はどういうわけか、自信を取り戻すことができるのだった。

-あなたに、私の相手は務まらない。

美玲に言い放たれた言葉は、翔平の心を凍らせた。

彼女と、たった一度夜を共に過ごしたことで、自分に心を許してくれているのかもしれないなどと思い上がった自分が恥ずかしくなる。

美玲は最初から、翔平の手に負えるような女ではなかったのに。

消耗し、疲弊した心を癒してくれる存在を、今夜翔平は求めていた。

奈々の、ピンク色に潤った唇は、自分に会うために用意されているのだろう。そう思うと、たまらなく彼女が愛しくなり顔を近づける。

「俺も奈々に逢いたかったよ」

そう言ったのは、決して嘘じゃない。

美玲に対する気持ちとは違っていたとしても、今この瞬間、奈々を求めている。

その気持ちは、確かに存在しているのだ。

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翔平にのめり込む奈々。しかしようやく、目が覚める?