なぜ定年後のボランティア長続きしないか

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定年後から75歳までの「黄金の15年間」をどう過ごすか。ボランティアか、蕎麦屋の開業か……。ベストセラー『定年後』(中公新書)の著者である楠木新氏は「定年後にゼロから新しいことに挑戦するのはおすすめしない」という。ではなにを目指せばいいのか。楠木氏は「お金を稼ぐことにこだわれ」という――。

■会社員は社会と間接的につながっている

私はここ10年あまり会社員と著述関係のフリーランスを並行してやってきた。そのときに気が付いたのは、会社員と個人事業主は社会とのつながり方に違いがあることだ。

つまり一人ひとりの社員は、仕事のパーツを受け持つ分業制だから、電話を取り次いだり、書類を作成したりするだけで給料がもらえる。会社は、社会と直接つながっているが、そこで働く社員は、会社を通してはじめて社会と関係を持っている。簡単な図で示してみよう。

個人事業主や芸人は、社会の要請や顧客のニーズに直接相対している。しかし会社員は組織を通して間接的につながっている。多くの会社員は意識していないが、ここは重要なポイントである。

私は、現在レンタルオフィスに入居して執筆などに取り組んでいる。ここには起業したばかりの元会社員も少なくない。彼らの中には、「独立してはじめて、自分の関心が、いかに上司、同僚にしか向けられていなかったかを痛感した」と語る人が少なくない。

会社員はどうしても社外に目が向かず、社会とのつながりについての感度が甘くなるのだ。分業制の中で内向きの志向が強くなっている。自分が社会から必要とされなくなるなんて忙しいビジネスパーソンには想像もつかないかもしれない。しかし元々強固に社会とつながっているわけではない。そして定年後になると、社会とのつながりを失い、自己のアイデンティティに悩み、自分の居場所のなさにとまどうのである。

「定年後」を視野に入れて会社員と社会的な要請との関係についてもう少し考えてみたい。

会社であろうと個人であろうと、社会とつながるためには自らの得意分野を持って、社会の要請や他人のニーズに結びつけることが求められる。下記の等式になるだろう。

社会とつながる力=X(自分の得意技)×Y(社会の要請・他人のニーズ)

Xは、取り組む内容が決まれば、努力を積み上げていくことで能力やスキルを高めやすい。そのため組織での仕事の延長線上で対応できるので、会社員の比較的得意な分野だといえよう。しかしY(社会の要請・他人のニーズ)をつかむことは簡単ではない。元々言葉などでは言い表せない微妙なものなので把握もしにくい。特に組織で働くビジネスパーソンの場合は、Yを自分で掘り起こさなくても会社が与えてくれる。このため多くの会社員は、このYをグリップする力が弱いので、会社を離れると途端に社会との関係が途切れてしまう。経済的には問題がなくても、この社会とのつながりが持てないので、悩んでいる定年退職者は少なくない。

定年退職者が社会とつながることを考えてみると、おおむね3つのパターンがある。

一つは、組織で働くという選択である。これは雇用延長で65歳まで元の会社で引き続き働くケースや関連会社で働く場合もある。またハローワークや民間の人材紹介会社、知人に紹介してもらうこともあるだろう。

二つ目は、以前の会社での業務と関連のある仕事に就く人たちだ。保険会社で営業を担当していた会社員がキャリアを生かして保険代理店を始める、技術者がその専門性を生かしてコンサルタントに転じる場合などだ。

三つ目は、今までの仕事とは全く違う生き方に取り組むケースもある。蕎麦屋を開店したり、農家で独立するといった起業するケースもあれば、陶芸に打ち込んだり、昔の音楽仲間と一緒にバンドを組んだり、僧侶になっている人もいる。

■お金を稼ぐことが成長を促す

どのような社会とのつながりを目指したとしてもそこには優劣はない。大切なことは自分の向き不向きを見極め、自らの個性で勝負できるものに取り組むことだ。定年後の60歳から75歳までは、家族に対する扶養義務からも比較的解放されて、他人の介助を受けずに裁量をもって行動することができる。私はこれを「黄金の15年」と名付けてみた。人生後半戦の最大のポイントであり、自分ならではのものを見出したいものである。

また留意点としては、何に取り組むにしても趣味の範囲にとどめないで、わずかでも報酬をもらえることを考えるべきである。もちろんお金儲けを目的にせよと言っているのではない。しかし何かのモノゴトに取り組むときに、他人の評価をお金に換算する感度は持っていたほうがいい。たとえ交通費や寸志であっても収入があるということは、その瞬間に単なる趣味ではなくて社会的な活動に転化する。またお金を稼ぐレベルを目指すことが自分の力量をアップすることにつながる。

私が執筆に取り組み始めた頃、「たとえお金が稼げなくても、いい文章を書いていきたい」と話すと、私淑していた先輩は「それではダメだ。そんな言い方をしないで、明確にビジネスと位置づけた方が自分をグレードアップできる。お金にもこだわることだ」と忠告してくれた。大切なことは、社会的な要請に応えられるレベルの指標としてお金の価値をうまく使うことだ。

■社会とつながる行動のポイント

最後に社会とのつながりを作るためのポイントだけを少し紹介しておこう。

(1)助走の大切さ

定年後、趣味や興味のあることを仕事にしたいのなら、会社に在籍している時から市場調査や商売のやり方を考えておく必要がある。例えば、メーカーの管理職から美容室を開業した人は、50歳から美容師の資格を取得することから始めた。定年後にイキイキしている人の多くが定年より前に動き始めている。やはり会社員人生の後半戦が始まる40代後半や50代から少しずつ助走を始めるのが理想的だ。

(2)会社員で培った能力や力量を役立てる

中高年になってからゼロから何かを始めるとすると、長年の会社生活で培ってきた仕事のレベルまで到達することは容易ではない。むしろ今までの経験や知恵を生かして、新たな社会とのつながりを探そうとする姿勢が大切である。私が取材してきた人も直接、間接に会社で培ってきた技能や人脈をうまく使っている。技術的な専門性を生かして次のステップを目指すとか、自らの長い海外経験を生かして海外進出を図る企業に対して指導や助言を行うなどである。

また本業である会社の仕事をないがしろにしないというのも大切なポイントである。本業をおろそかにすれば、新たな取り組みの質も落ちる。一人の人間がやることはつながっていて簡単に分離はできないからだ。この点を勘違いしているビジネスパーソンもいるので留意が必要だ。

(3)子どもの頃の自分に立ち返る

定年後にイキイキしている人を取材して気が付いたのは、子どもの頃の自分をもう一度呼び戻している人が少なくないことだ。モノ作りが好き、落語、映画、口笛、尺八、海外生活への憧れ、実家での農作業などの好きだったことや、「いつも消極的な性格だった」というコンプレックスなどが次のステップを切り拓いている例がある。小さい頃の自分と現在の自分が結びつくと一つの物語になるので、これを持っている人は強い。宝物は自分の外にではなく、自らの子ども時代に眠っているというのが私の実感だ。

(4)自分を変えるのではなく、どこに持っていくか

定年後どうするかを考えるときに、自分を変えなければと考えている人が少なくない。そういった転身願望に応えるような書籍なども多い。しかし人は簡単には変われない。むしろ「ありのままの自分」をどこに持っていけば、社会とつながることができるかといった視点が大切だ。社内では専門性が高いと思えない総務や経理担当者の知識でも、老人ホームや障害者の介助を行っているNPOにおいては重宝されることもある。大手企業では先端と言えなくなった技術でも、求める中小企業にとっては役立つことを実感したという技術者もいるのである。

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人事・キャリアコンサルタント 楠木新(くすのき・あらた)
1979年 京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。人事・労務関係を中心に、 経営企画、支社長等を経験。勤務と並行して、「働く意味」をテーマに取材・執筆に取り組む。15年3月定年退職。現在、神戸松蔭女子学院大学人間科学部非常勤講師。著書に 『人事部は見ている。』、『サラリーマンは、二度会社を辞める。』、『経理部は見ている。』 (以上、日経プレミアシリーズ)、『働かないオジサンの給与はなぜ高いのか』(新潮新書)、 『左遷論』(中公新書)など多数。17年4月に『定年後―50歳からの生き方、終わり方』(中公新書)を出版。

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(人事コンサルタント 楠木 新)