いつからか恵比寿や中目黒にばかり繰り出すようになったが、なんだかマンネリ。そんな時には穴場の渋谷へ向かおう。

「渋谷=騒がしい若者の街」というレッテルを貼るのはもったいない。少しエリアを変えて歩けば、大人のためのレストランがひしめいている。

大人の店の雰囲気を渋谷特有の喧噪がイイ感じに砕いて、港区のように背伸びすることも、新宿のように知り合いに出会うこともない。

腹を割って飲める相手を誘うなら、大人になった今だからこそ訪れるべき、渋谷の3店を抑えよう。



木のぬくもりを感じる店内に入れば、店主が威勢のいい声で迎えてくれる。
こだわり抜いた肉のつまみで、誰もが陽気になれる店『ブシュリー・アミアブラ』

念願だったアパレル業界に就職して4年目、大抜擢で本部に異動したのはこの春のこと。現場とはまるっきり違う空気と、周りからの期待。夕方頃には何かに押しつぶされそうになる日々が続いていた。

今日も気分転換しようと表参道にあるオフィスを出て、考えをまとめる際に行きつけのハワイアンのコーヒーショップへ向かう。気が滅入っているなか開いた新着のLINEは、昨夏に別れた元彼からだった。

「最近どうしてる?今夜メシどう。」
素っ気ない文面が懐かしく、泣きそうな気持ちになった。

「仕事が行き詰まって、弱ってたとこ。」
付き合っていた時には考えられないほど、素直に弱音が吐けてしまう。

彼が指定したのは渋谷2丁目。渋谷は騒がしいから嫌いだと寄り付かない人だったのに、誰の影響だろうかと気になったりする。

しかし渋谷といえども、一本道を入れば、突然大人の静けさが訪れるのが、渋谷2丁目である。



小さな店が軒を連ねる通りにある『ブシュリー・アミアブラ』

店まで歩いているとぽつぽつと良さそうな店が並び、渋谷もこの辺りなら悪くないかも?という気にさせる。

スマホ片手にきょろきょろしていると、深紅と白色のストライプ屋根が目を引く店の前に、彼が立っているのが見えた。

「お前、方向音痴だったもんな。」
ウッド調のレトロな店の入り口で、仏頂面の彼が立ちぼうけだったのかと想像すると、じんわりした気持ちになる。

ここ、『ブシュリー・アミアブラ』は、店の名に”ブシュリー(=肉屋)”と掲げるほど、肉のつまみにこだわった店だという。グループ客の姿も多く、その賑わいが気分を盛り上げる。



「シャルキュトリー」付け合わせの野菜マリネも、お酒の進みに一役を買う。

しっかり冷えたハイネケンで乾杯し、まず初めに注文したのは彼のイチオシだという「自家製シャルキュトリーの盛り合わせ」。この店には大きな燻製機があるそうで、燻製がガツンと効いたたスモーキーな香りは格別だ。

鶏のレバーパテはそのままでも重すぎない口当たりだが、添えられたフルーツソースによってさらに軽やかになる。

お酒が進んでしまう味のシャルキュトリーに、さっきまで仕事で塞ぎこんでいた気持ちが、嘘のように晴れやかになる。



ボトルで注文しても、コスパの良さに驚くワインの数々。

陽気になってワインリストに目を通せば、そのカジュアルなラインナップに気分はますますアガっていく。

お酒がグイグイ進むつまみが多いから、専属のワインソムリエのいるこの店は、カジュアルワインでも、2人にぴったりの一本が見つかるだろう。

続いて頼んだのは、この店の名物である「牛ハツのロースト」。鮮度の良い牛ハツにゆっくりと火を入れて、サクサクと楽しい食感の後、じわっと旨味がにじみ出る一品。



シンプルな味付けの「牛ハツのロースト」には、粒マスタードをたっぷりとつけて。

ふと気になり、「渋谷なんて珍しくない?」と尋ねれば、「おまえの職場、表参道だろ。近くで探したんだよ。どう?いい店だろう。」と冗談めかして元気づけてくれる彼。

ワインを飲みながらしっとりと話し込む事ができ、それでいてほどよい賑やかさのこの店は、今の二人に丁度いい。

もしかしたら彼と、これまでとは違う新しい関係を築いていけそう…そんな前向きな気持ちにさせてくれる店なのだった。


「必ず気に入るから!」と後輩が見つけてきた店は、あの道玄坂にあった!



一歩足を踏み入れれば、香辛料の香りが胃袋を刺激する。
道玄坂の異空間!ワインと楽しめる大人中華の店『月世界』

久しぶりに降り立った渋谷駅。転職してしまった一つ後輩の彼から、新しい職場のある渋谷に、「先輩が必ず気に入るお店を見つけたから!」と誘われたのだ。

同じ部署だった時から、気軽に2人でも飲みに行く仲だったが、周りからは彼が私に惚れ込んでいるという噂を耳にしていた。

久しぶりの嬉しい誘いではあったものの、彼が指定したのは、なんと渋谷の道玄坂!どんな店に連れて行ってくれるのかと期待していた気持ちが、みるみるうちにしぼんでしまう。

店の住所はあやしい道玄坂のエリア。「今夜は中華ですよ!」と先に進む彼にテンション低めでついていくと、看板も無い店の前で立ち止まった。



「よだれ鶏」の見た目はインパクト大だが、旨味のある辛さは癖になる。

入り口から独特の空気感を放つのは、『自然派中華 月世界』だ。店に入ると、カウンターの奥にはたくさんのお酒が並び、壁にはずらりと香辛料が飾られている。

初めての雰囲気だが、どの客もざっくばらんに楽しそうで、雑多な内装なのに、妙に落ち着くのが不思議だった。

やりたいことがある…とベンチャー企業へと移った彼はもうスーツ姿ではなく、ラフなデニムに白い麻のシャツといういでたちで、前よりもたくましくなったように見える。

「先輩が絶対好きなのがあるんですよ!」店に着くなり、彼はこの店の名物「よだれ鶏」を注文した。

店主が自ら本場中国まで足を運んで手に入れた、20種類以上の香辛料によるタレが、柔らかい蒸し鶏にどっぷりと掛けられている。



”中華とワイン”に目覚めさせてくれる「まこも筍の海南醤炒め」

四川スパイスのいい刺激を楽しみながらビールを煽れば、店の外の猥雑さも何だかいいアクセントになってしまう。この季節のじめじめとした空気を吹き飛ばす、大人の中華である。

「先輩だったらワインと合わせたいかなと思って。」そう言って白ワインと一緒に彼が注文したのは、「まこも筍と季節野菜の海南醤炒め」。絶妙な食感のまこも筍と海南醤の濃いめの味付けは、キリッと爽やかな白ワインとの相性が抜群。

その後も、「先輩が気に入る…」「先輩の好きそうな…」と次々飛び出す彼の言葉や、新しい仕事の面白さを楽しそうに話す彼が、急に愛おしく思えてくる。

場所を聞いただけで期待はずれだと思い込んだ今夜も、初めて体験するワクワク感と、絶品中華に出会うことが出来た。

恋愛だって、思い込みで壁を作ってはいけないのかも…。久しぶりに会って男性としての魅力が増した彼を前にし、自然とそう思えた。


心許せる相手と大瓶ベルギービールで語れるのは、宮益坂のこの店!



キッチンがよく見えるカウンターをデートで使うのはもちろん、大人数でテーブルを牛耳っても楽しめる。
使い方は自由自在!大人の渋谷が楽しくなるベルギービールの店『WINE & BELGIAN BEER ヘイメルミヤマス』

「今夜一杯いきますか?」
こうやって気軽に、そしてコンスタントに連絡をくれるのは、上京したてのころに知り合った10歳上の彼だ。

初めのうちは「どうして何度も誘ってくれるのかな。もしや下心でも…?」と警戒していたが、4年以上も経つと立派な飲み仲間になった。

いまや父親というか兄というかその中間のような存在で、すっかり心を許す相手に。

いつも美味しい大人の店に誘ってくれる彼だが、今夜は渋谷だという。意外な場所に驚いたが、彼の選ぶ店なら期待が出来ると、仕事終わりが待ち遠しくなる。

教えられた店の名前は『WINE & BELGIAN BEER ヘイメルミヤマス』。渋谷の宮益坂を上り、駅前の騒がしさが少し遠のいたところに店はあった。



ベルギーの農家が冬の農閑期に仕込んだのが起源と言われるセゾンビールは、ホップが効いた苦みと、ドライな口当たりが特徴。

小さな入り口からは想像出来ないほど広がりのある店内は、多くの客がひしめき合っていて、一目で人気店だと分かる。

「最近ビールも好きになったって言ってたでしょ。この店に来たからには、是非とも大瓶で!」

彼のリードで注文したセゾンビールの大瓶は、飲み進めるうちに味の変化が生まれるので、飽きることなく飲めてしまう。



薄くスライスされた「ミュゾー」は食べやすく、ついつい手が伸びる。

この店でしか食べられない一皿、「ミュゾーのグリビッシュソース」。ミュゾーとは豚の頭の皮で、豚頬肉とタンを巻いて作られたハムのこと。

聞き慣れないが、旨味が凝縮されたハムの中に、時折コリコリとした食感が感じられる絶品だ。



様々な肉を一度に楽しめる贅沢な「カスレ」

メインに頼んだのは、ボリューム満点の「カスレ」。自家製ソーセージと豚バラ肉、鴨のコンフィがこってりと煮込まれている。

「カスレ」の豪快な味わいと、合わせて頼んだフルーティーな大瓶ビールに助長され、話は弾むばかり。

「乗り換えが便利だけど、あんまり渋谷ってこないでしょ。でも、ここは旨いからよく寄るんだよね。」さすが、引き出しの多さが違う。

グルメな彼のセレクトに改めて脱帽し、”大人の渋谷”はこんなにも楽しいのかと嬉しい発見だった。

これからはちょっと違った目線で渋谷の街を歩いて、”大人ワイガヤ”な店を探すのも、新たな楽しみになりそうだ。大人になった今だからこそ、きっと貴方も渋谷に戻ってきたくなるだろう。