@AUTOCAR

写真拡大 (全11枚)

text:John Evans(ジョン・エヴァンス)

足元に広がる宝箱、「バットケイブ」

バットケイブ、と例えられるそこには、驚くようなクルマたちが所狭しと並ぶ。そして、きっとその上を行きかうひとびとは、自分の足元にそれがあることを知らない。まさに、ヒーロー物の秘密基地になぞらえるのがふさわしい空間だ。

正確な場所はお伝えすることはできない。ロンドン中心街の地下にあり、分厚い壁で人目を避けていると言うのみだ。

幸運にも、われわれはその一辺にあるドアの内側へ立ち入ることを許された。案内役がセキュリティコードを打ち込み、扉が開くと、そこには洞窟に眠る秘密の宝物のごときクルマたちがズラリと並んでいた。

蛍光灯に白く照らされた床には染みひとつ見られず、クルマはそのほとんどが同じ銘柄のカバーに覆われている。空調も完備され、室温は常に15℃に保たれているという。

ざっと100台ほどのクルマたちは、カバー越しに浮き上がらせた魅力的なボディラインで、その正体がうかがえるものばかり。

まずはマクラーレンP1とケーニグセグ・アゲーラが1台ずつ、ポルシェ918が2台。跳ね馬のバッジが見えずともそれとわかるフェラーリの群れには、ラ フェラーリや512BB、ディーノ246GTも確認できる。

DB3やDB5、DB6といったクラシックモデルも含め、アストン マーティンも多く、XJ220やXK120といった貴重なジャガーと枕を並べている。

ポルシェ911GT3に至っては7台、ブガッティ・ヴェイロンでさえ2台あり、むしろそれより価値のある戦前のブガッティも1台ならず見受けられる。

ロールスロイスやベントレーもまた同じ。また、そうした超高級車以外に、ちょっと珍しいものにも対面した。

意外なクルマも? 月額いくら?

フォードRS200やプジョー205ターボ16、ランチア・デルタ・インテグラーレ、フォード・カプリ3.0S、果てはミニ・メトロ・シティまで。現実のガレージではなく、ミニカーショップのショーウインドウにでも紛れ込んだような気分だ。

そこは、ウインドラッシュという名の自動車保管を請け負う施設だ。たとえば、高級車を複数所有しているが駐車する余地がなくなってしまったり、クラシックカーの手入れを専門家に任せて、気が向いた時だけ乗りたかったりといった理由で、オーナーたちはここに愛車を預けに来る。

このビジネスは大盛況で、このロンドンのガレージには130台が預けられているが、さらにコッツウォルズにある同様の施設にもほぼ同数のクルマが保管されているという。

利用料は、ロンドンなら月額£480(6万7千円)、コッツウォルズなら割安になるが、それでも£270(3万8千円)というから、月極駐車場を借りるような気軽さでは申し込めない。

しかし、そのプレミアムな料金はボディカバーと空調だけが理由ではない。最初に、12もの過程を踏む入庫儀礼がある。主なものを紹介しよう。

入庫の儀式、出庫の取り決め

・クルマはまず写真に収められる
・キズやへこみなど損傷の有無が記録される
・点検と洗車、内装も各部を保護した上で徹底的に清掃
・専用区画でタイヤには350kpaまで空気が入れられる
・バッテリーにはトリクル充電器が接続される

これらの作業が終わると、オーナーがドライブへ連れ出しに来るまで、高級ボディカバーの下でしばしの眠りに就くのだ。

その間、バッテリーは毎週チェックされ、長期保管される車両であれば、60日ごとに備え付けのローラー台の上で、各部が実走行に相当する温度に到達するまで走らせられる。

ここまで徹底管理される代わりに、いかな自分のクルマとはいえ、気が向いた時にすぐ乗ることはできない。

まず、出庫の儀として、ライト類の点灯や光軸が確認され、内外装のさまざまな準備や、車検や税金納付状況のチェックと必要であれば更新を経て初めて、クルマは路上に出ることができるようになる。

引き取りは直接出向くだけでなく、搬送してもらうことも可能だ。

クルマの持ち主はどんなひと? サッカー選手も

取材したのは金曜日だったため、週末に向けて28台がオーナーとともにこの場を後にしていたが、残されたクルマだけでも目の保養には十分な顔触れだった。

いっそ片っ端からカバーを剥がしたい衝動をグッと堪え、それでも未練がましく何台かのホイールをチラ見させてもらったが、どれもその上で食事ができそうなくらいピカピカに磨き上げられていた。

その持ち主たちは、宝くじの当選者などもいるというが、たいがいはVIPやセレブリティと呼ばれるような、いわゆる「カネはあるけどヒマがない」ひとびとだ。

1966年のサッカーワールドカップでイングランドを優勝に導いたジェフ・ハーストも、ウインドラッシュの顧客だという。

じつは、彼のクルマを見せてもらったのだが、ドイツ車ではなかった。もちろんイングランドのレジェンドが、死闘を繰り広げた相手国のクルマに乗るわけはないのだ。ひと安心だ。

この素晴らしい環境を運営しているのは、いったいどんなひとなのだろう?

運営者の生い立ちがきっかけ

運営者の名前はティム・アーンショー。マルボロ・ホスピタリティユニットを5年間率い、フェラーリF1チームと仕事をしていた人物である。

「あのころの経験で、本当に細部まで気配りするというのはどういうことなのか叩き込まれました」と彼は回想する。

それは確かだが、彼のビジネスが特別なものにまで高められているのは、顧客のクルマにとっての最善を求めることが何を意味するのか、彼が心の奥底で理解しているからだ。

そんな気質が培われたのは少年時代のようだ。

1994年、まだ13歳だった彼は、MGBベースでモーガン4/4のレプリカを造り始める。

両親は農場を所有しており、造りかけのクルマを置いていたのは、そこにある離れの一軒だった。やがて彼は大学に通うために住まいを移したが、週末ごとにその離れへ足を向け、4/4レプリカの製作に没頭したという。

「クルマが傷んでしまうかもしれない作業場に、そのまま置いておくのがイヤだったんですよ。だから、農場内のもっと広い場所に移しました。本当に広かったですよ。140坪くらいありましたね。それで思ったんです。『自分以外のクルマを置くにも十分なスペースがあるな』って。そこでホームページを立ち上げて、その場所を宣伝し始めました」

ほどなくして、そこには隣家のジャガーE-タイプとマーク2が収まり、またべつのオーナーの三菱ランサー・エボ困加わった。

その後、イベント会社のプロカーへ入社した彼は、大型免許を取得し、5シーズンにわたりマルボロF1モーターホームのキャラバンで世話役を務めた。

その一方で、自動車保管ビジネスは拡大を続け、勤務を終えると顧客の愛車を受け入れる準備のために家路を急ぐ毎日だったという。

やがて2009年、彼はプロカーの職を辞する決心をするが、そのときのガレージ業は、35台のクルマを預かるまでになっていた。彼は語る。

「そのままでもビジネスとしては順調に続けられるとも思いましたが、単なる自動車保管以上のことをしたかったんです。車庫内での車両チェック、出庫時の手順、いつでもどこへでも出向ける引き取りと搬送、などなど。モットーは『どんなときでも答えはイエス』です」

最近では、夜の8時に彼自身がクルマを引き取り、戻ってから洗車して、そのクルマを翌朝8時に再び顧客の下へ届けたこともあったという。

またべつのドライバーは、自身の所有するフェラーリ575Mが故障した直後でありながら、修理に充てるはずだった休日を返上して、フランス北部のランスまで、顧客の930ターボを届けに行ったこともあるという。

全ては、アーンショーが掲げるモットーに忠実であるためだ。

そうそう、これだけ豪華なクルマに混じって、大衆車のメトロがここに置かれているのも、顧客第一主義のなせる業だ。

「状態は完璧にしてあります。お客様にとっては、センチメンタルな理由で大事にしているクルマですから。なんでも、お母様の愛車だったそうです」

これこそ、クルマ愛だ。アーンショーが大切にしているのは、まさにそれなのである。