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text:Andrew Frankel(アンドリュー・フランケル)

 

「スーパーカー」の定義

スーパーカーの定義は人それぞれで、実はコンセンサスがない。となれば、最初のスーパーカーが何か、特定するのも難しい。

最近、AUTOCARのバックナンバーに目を通していたら、1938年のラゴンダV12の試乗記事に、スーパーカーという文言を見つけた。しかし、それはちょっと古すぎるとご指摘を受けそうだ。

この呼び名が現在のような意味合いで一般化したのは1970年代だと思われるが、それは1960年代半ば以降に生産された一部のクルマを指すものだった。

しかし、個人的な見解を述べさせてもらえば、真に初のスーパーカーはガルウイングのメルセデス・ベンツ300SLだろう。それから63年後に登場した後継者とも言うべきメルセデスAMG GT Rと並べても、むしろそれを圧倒するほどのオーラを感じさせる。

この初代SLは、ロードカーの限界に関するわれわれの認識をリセットした最初のクルマだといえる。1954年当時にもハイパフォーマンスカーは存在したが、それは緩い法規のおかげで公道を走ることを許されたレーシングカーだった。しかし、SLはそうではなかった。

実際、スーパーカーの要件は、その当時の水準を大きく凌ぐパフォーマンスを備えるだけでなく、あくまでストリートユースを念頭に置いて設計されていることが求められる。

加えて、エキゾチックなスタイリングやずば抜けて高い価格、ピュアなドライビングプレジャーを与えてくれることも備わっていれば、誰もがスーパーカーだと認めるものとなる。

セダンやワゴン、最近ではSUVにも、途轍もない動力性能を備えたものはある。しかし、ロバに縞柄を描いても虎にはならないように、いかに高性能でもそれらをスーパーカーと呼ぶことはできない。

AMG GTと300SLは、同じメーカーが生み出したFRレイアウトの2シーターだという以上に、スーパーカーとして正しいアプローチを取っている点が共通する。どちらも実用性が高いわけではないが、長時間乗っていても苦痛ではないのだ。

それらが、もっと身近なスポーツカーに動力性能と存在感だけで勝っているレースマシンであれば、そうはいかないところだ。

それどころか、どちらも一日中でもドライブを楽しみたくなるようなクルマである。高速道路を流していても、我慢を強いられるどころか、むしろそれを楽しめる。

また、その先に辿り着いた山あいのワインディングロードでも、ほかでは味わえないようなレベルのエンターテインメントをもたらしてくれる。

プライオリティはあくまで公道にあるわけだ。とはいえ、一旦サーキットに持ち込めば、同時代のいかなるクルマにも負けない走りをみせてくれる。

300SLからAMG GT Rに至る進化をグラフにすると、緩やかな上昇曲線となるだろう。

300SLの次の時代を切り拓いた3メーカー

300SLの次にルールを作ったのは、ランボルギーニ・ミウラだった。ガルウイングのSL以降、その手のスーパーカーが次々に生まれた。フェラーリ250GTやアストン マーティンDB4、そしてジャガーE-タイプ。

そして1966年、ミウラがそのフォーマットをすっかり書き換えた。V12をリアミッドに横置きし、そこにセンセーショナルなルックスをまとったのだ。これは半世紀以上経ったいまでも続く、スーパーカーの文法の基本となっている。

だが、スーパーカーのスペックには現実とかけ離れたものもあり、それがいつもながら物ごとを不透明にする。イタリア勢の示す数字がまっとうだといえるなら、ほかもそういうことになるところだ。

しかし、例えばE-タイプのスペック表に記された265psという数字はグロス値で、現在の表示に用いられるネット値に換算すると無視できないほど目減りする。

そしてまた、この手のクルマのテストに供される個体は、市販されているものと異なる「広報チューン」が施されている場合も往々にしてあり、ユーザーの誰もが手にできるパフォーマンスとは言い難い。

1961年のロードテストで約241km/hを記録したE-タイプは、レース仕様に近いものだったというのが真実だ。ミウラSVにしても、本当に380ps出ていたのかは疑わしく、それはフェラーリにもいえることだ。初期のBBは最高速度約303km/hを謳ったが、ある雑誌が行ったテストでは約262km/hに留まった。

そうした先達の存在こそあるものの、現在のようなスーパーカーの元祖はといえば、ランボルギーニ・カウンタックであると断じても異論はないだろう。

常識外れのルックス、V12の叫び、打倒フェラーリへの執念など、そのキャラクターはあまりにも強烈だ。とはいえ、特筆するほどの技術的な進歩はない。1980年代半ばに、スーパーカーは飛躍的な発展を遂げるのだが、それを成したのはランボルギーニでもフェラーリでもなかった。

ランボルギーニでもフェラーリでもない「あの」メーカー

そう、ポルシェである。959で、スーパーカーのルールを打ち壊したのだ。ベースはスーパーカー未満のクルマで、四輪駆動を備え、これまでのスーパーカーの基準からすると信じられないことだがリアシートさえそこにはあった。

そして、当時のライバルたちが超えることのできなかった約290km/hの壁を、450psの959はやすやすと越え、約317km/hに到達したのだ。

この技術競争にフェラーリは全く違うアプローチで挑んだ。その回答となるF40は、類を見ないほどシンプルで簡素なスーパーカーだが、実際に約322km/hに届く能力のある、初のロードカーとなった。

いまでも、F40こそが史上最も偉大なロードカーだというジャーナリストも多いが、ラ フェラーリが登場するまでは、わたしもそう信じてやまなかったことを告白しよう。



その後は混沌に満ちたスーパーカー第3期に入る。もはや、なんでもありといってもよかった。さまざまな方向から、これまでにないほどエキゾチックなクルマの計画が立ち上がったのである。

ジャガーは220mph(354km/h)を目指したモンスター、XJ220の市販化を発表。イタリア人のロマーノ・アルティオリは、ブガッティの商標権を手に入れ、自身が究極のロードカーだと信じる一台を造るべく新会社を興した。

その一方でマクラーレンのロン・デニスは、1988年のイタリアGPを終えてフライトを待つリナーテ空港の出発ロビーで、ゴードン・マーレーと語り合っていた。もちろん、歴史を変えることになるあのクルマのアイデアについてだ。

そのアイデアが具現化されたとき、世の中は必ずしもそれらを歓迎できる状況にはなかった。現在ほどガソリンを浪費するクルマを敵視する風潮はなかったが、世界経済は後退しているさなかで、株主や労働者たちはこれ見よがしな富の象徴を、賢明な商品だとは見なさなかったのである。

£403,000(5,697万円)のXJ220は商業的に失敗し、それは£285,500(4,036万円)のブガッティEB110GTにしても同じ。多くの同類が同じ道をたどったのである。

小さく、緻密で、実用に堪えうるマクラーレンF1は成功したのではないか、といわれるかもしれないが、基本的にはジャガーやブガッティと同じだ。

ロードカーの性能の水準をこれまでにないほど引き上げたとはいえ、彼らはこの過激で先進的なスーパーカーの販売に苦戦した。しかも£634,500(8,970万円)という桁外れの金額ながら、1台造るごとに赤字が累積したといわれ、公道仕様の生産は64台に留まったのである。

それ以降、スーパーカーの進化は鈍った。止まりはしなかったが、F50やエンツォ・フェラーリは著しく速さを増したわけではなく、市販車の性能はもはや頭打ちかと思われたほどだ。

しかし、それは間違いだった。次に状況を打破したのは、フォルクスワーゲン傘下で再生を果たしたブガッティである。

1000ps/トンの時代はすぐそこへ

長い開発期間と多額の開発コストを費やし、2005年についに姿を現したヴェイロンは、16気筒4ターボで1001psを叩き出し、253mph(約407km/h)という前人未踏の領域へ足を踏み入れたのだ。

それは、もはやスーパーカーを越える存在だ。登場時にはウルトラカーやメガカーなどとも呼ばれたが、現在ではハイパーカーという通り名が定着し、新たなジャンルを形成しつつある。

しかも、ハイパーカーはさらなる一歩を踏み出した。フェラーリやポルシェ、そしてマクラーレンは、そこにハイブリッド技術を持ち込んだのだ。

ラ フェラーリ、ポルシェ918スパイダー、マクラーレンP1である。



いずれも、最高出力ではヴェイロンに及ばないが、それはさして問題ではない。比較的軽量かつコンパクトで、現実的な性能は別格だ。

もはや行き着くところまで行った感のある超高性能車の世界だが、それでもわれわれはさらなるステップアップを待ち望み、それが目の前に迫っていることを知っている。

待機中のハイパーカーは多数あり、その担い手にはパガーニやケーニグセグといったニッチなメーカーも含まれる。ブガッティの新型車であるシロンは完成し、右足で1500psを解放するドライバーとの出会いを待っている。

1トンあたり1000psというパワー・ウェイト・レシオや、F1用ユニットをそのまま積んだロードカーなど、まだ誰も成し得ていない領域はあるが、それもアストン マーティン・ヴァルキリーとメルセデスAMGプロジェクト・ワンがそこに届こうとしている。

今もって25年前のマクラーレンF1こそが最高のスーパーカーだ、などという考えに囚われていては真実を見誤る。スーパーカーは進化を続けている。

はたして、いまから25年後はどうなっているか。それは想像すらつかない。