韓国大統領候補の文在寅氏(YONHAP NEWS/アフロ)

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 韓国の文在寅大統領は米紙ワシントン・ポストとの単独インタビューで、慰安婦問題をめぐる2015年12月の日韓合意に関し、「問題解決のための核心は日本が法的責任を認め、公式謝罪をすることだ」と主張するとともに、この理由について、「韓国国民が合意を受け入れておらず、特に被害者が合意に反対している」と指摘した。

 しかし、日本政府は昨年末、元慰安婦の人道的支援のために、韓国政府が設立した財団に10億円を拠出。財団の資金は一部、元慰安婦に支給されることになっており、昨年末時点で生存者の7割にあたる34人が受け入れを表明している。このため、文氏の「特に被害者が合意に反対している」との指摘は的外れであることは明らかだ。

 ただ、韓国国民の7割は合意に批判的なので、新政権が発足したばかりの文氏にとって、文氏の支持層を中心とする韓国民の動向をうかがいながら、反日感情を刺激しないことがまず肝心だ。さらに日韓関係がこじれて外交問題化することも回避して、事態が収束する方向に持っていきたいところだろう。

 とはいえ、もともと反日感情が強い韓国だけに、日韓関係の大きな火種となっている慰安婦問題の円満な解決は至難の業。かじ取りを間違えると、大統領就任早々、文政権の政治基盤弱体化および米国を中心とする国際社会から孤立する恐れが濃厚だ。

●「2国間関係の発展を阻止するつもりはない」

 文氏が同紙の単独インタビューを受けたのは、今月末に訪米して、トランプ米大統領と会談することが決まっているためだ。会談を前に、トランプ政権サイドや米国民に文氏の対米政策や、米国内でも関心が高まっている北朝鮮情勢と文新政権の対北政策の概要を伝えることに主眼を置いているのは明らかだ。
 
 それを象徴するように、文氏の慰安婦問題に関する発言は同紙の22の質問中、最後の22問目だ。それもA4用紙でわずか6行であり、発言の時間はほんの1〜2分ほどの短いものだ。

 インタビューでは、日本に関する部分はこの1問だけなので、大手新聞を含む日本メディアは、この問題を報じるしかなかったといえる。どういう内容なのか。ちなみに稚拙を承知で、筆者が全文を翻訳する。

「前政権時、日本との慰安婦問題に関する合意は韓国民、特に犠牲者には受け入れられていない。彼らは合意に反対している。この問題解決のための日本にとっての核心は、法的な責任をとることと(政府による)公式な謝罪をすることだ。しかし、われわれはこの問題で、韓国と日本の2国間関係の発展を阻止するつもりはない」

 この文氏の発言のなかでもっとも重要な発言は、最後の「しかし、われわれはこの問題で、韓国と日本の2国間関係の発展を阻止するつもりはない」という部分だと考えられる。

 文氏は日韓の2国間関係を悪化させずに、どのようにして慰安婦問題を解決するべきなのかについては言及していない。筆者が質問者ならば、その部分をじっくりと質問したのだが、時間が迫っていたのか、同紙記者が慰安婦問題についてさほど関心がなかったのか、これだけの回答でインタビューを切り上げてしまったのは、日本側からみれば、惜しいというよりも、ジャーナリストとしての怠慢だと映るのは当然だろう。

●米大統領との考え方の違いは明確

 実は、慰安婦問題については、安倍首相の特使として今月12日に訪韓した二階俊博自民党幹事長との会談で、文氏は詳細に語っている。そのなかで、文氏は「韓国の国民が受け入れられないのが現実だ。より多くの時間が必要だ」と強調。ただ、合意の再交渉は求めず、慰安婦問題を切り離して、北朝鮮対応で日韓協力を進める姿勢を示している。

 さらに、文氏は「歴史問題は知恵を集めて解決し、他の問題は発展させていかなければならない」と述べて、対北朝鮮問題について日本と協力する考えを表明し、日韓首脳が相互訪問する「シャトル外交」の再開についても改めて実現を求めている。

 このような文氏の発言をみてみると、何がなんでも慰安婦問題合意を拒否するという姿勢でないことがわかる。それは、合意の再交渉を求めていないことからも明白だ。なぜならば、文氏は大統領選では「日本の法的な責任と公式の謝罪が盛り込まれていない合意は無効で、正しい合意になるよう日本との再交渉を促したい」と述べるなど、再交渉が必要との立場を示してきたからだ。

 韓国国内では再交渉を求める声が多く、これまでみてきたように、文大統領も合意には否定的な考えを表明しているが、「再交渉」という外交的な用語として公式に発表する場合、対日関係に少なからぬ影響を与えかねないと判断しているといえよう。

 岸田文雄外相と21日、初めて電話会談した韓国の康京和外相も、文氏と同じ立場だ。慰安婦問題に関し康氏は「韓国国民が合意を受け入れられない」などと主張しながらも、「日韓関係を未来志向で発展させていくことの重要性については、両外相間でしっかりと一致した」(岸田氏)からだ。

 つまり、韓国側は「合意を認めるにはやぶさかではないが、韓国国民の支持がなければ難しいし、文政権が認めれば、世論の反対から政権の支持基盤が揺らいでしまう。それは、発足したばかりの文政権にとっては命取りになる」と考えているとしても不思議ではない。

 しかも、文氏は政権発足直後から、北朝鮮との協調姿勢を強調しており、対北問題について強い懸念を抱いているトランプ米大統領との考え方の違いがはっきりとしつつある。

●「月光政策」

 文氏は15日、「北朝鮮が核・ミサイル挑発を中断すれば、条件なしに対話に出る」と発言したほか、12日にも「北朝鮮を含む北東アジアでサッカーW杯を共催できれば」とも述べている。「18年の平昌五輪で、一部競技や聖火リレーの北朝鮮開催を検討している」と伝えられているほか、文氏は7月3日にソウルで国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長と会談する際、南北での「共催」案も提案するとの情報もある。

 これは、かつての廬武鉉政権の際の「太陽政策」の焼き直しであり、同政権で大統領秘書室長を務めた文氏の意向が強く働いているのは確実だ。韓国メディアは、このような政策を文(ムン)氏の名前を文字って、「月光政策」と呼んでいるほどであり、トランプ政権とはまったく逆の考え方といえよう。

 このようななかで、トランプ氏と親しい関係を築いている安倍首相との関係が険悪になれば、対米関係にも影響しかねないと文氏が考えても不思議ではないだけに、慰安婦問題などの火種を抱えた対日関係について、文氏は今後当分、当たらず触らずの微妙な姿勢をとることになると考えられるのである。
(文=相馬勝/ジャーナリスト)