23日、韓国・中央日報は、1980年代に世界シェアの50%を超えるなど隆盛を極めた日本の半導体産業がその後没落した背景には、韓国サムスン電子による「果敢な投資」があったと報じた。資料写真。

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2017年6月23日、韓国・中央日報は、1980年代に世界シェアの50%を超えるなど隆盛を極めた日本の半導体産業がその後没落した背景には、韓国サムスン電子による「果敢な投資」があったと報じた。

89年まで東芝、NEC、米テキサス・インスツルメンツ(TI)に次いで市場シェア4位だったサムスン電子は、90年にシェア12.9%を確保し東芝(14.7%)に次ぐ2位となった。この急進撃の背景には大きな経営判断があったという。

88年当時、業界はDRAM(随時書き込み型メモリ)の集積率拡大競争に明け暮れていた。1メガDRAMまでは記憶セルを平面構造にする技術に優位性があったが、4メガDRAMからは、さらに集積度を高めるために立体構造技術を採用する必要があった。

当時、立体構造DRAMには、半導体チップを作るシリコンウエハー(高純度のシリコンを1ミリ厚程度の板状に切断したもの)を掘り込み、その中に構造を重ねる「トレンチ構造」と、シリコンウエハーの上に直接構造を重ねていく「スタック構造」の2方式が有力視されていたが、世界の半導体業界はそのどちらを採用するかで揺れていた。

サムスン電子でも同様に方式決定が急がれていたが、こうした中、グループの李健熙(イ・ゴンヒ)会長は、ある技術担当者からの「トレンチは欠陥が発生した場合にお手上げです」と報告を受け、その場でスタック方式で行くことを指示したという。

この指示の後には巨額投資が続いた。同社は91年に4500億ウォン(約440億円)、92年には8000億ウォン(約780億円)を投入、その結果、半導体市場進出10年目の92年、DRAM市場シェア世界1位の座を獲得した。

一方、90年代半ばの日本半導体産業の没落は加速。97年から「シリコンサイクル」(半導体産業の周期)の大不況が押し寄せ、日本企業は一様に業績悪化に陥った。2003年には三菱電機の半導体部門がエルピーダに吸収され、富士通は1999年、東芝は2001年に汎用DRAM事業から撤退した。

半導体宗主国日本と後発国韓国の地位逆転は、DRAMに続きNAND型フラッシュメモリ(不揮発性記憶素子を用いたメモリ)でも現実化したと、記事は指摘する。サムスン電子は研究開発に巨額を投じ一歩先んじた技術開発を行って大量生産で価格を下げると、他メーカーは追随が不可能になった。サムスンは2002年にNAND型フラッシュメモリでも世界シェア1位となり、その後、一度もその座を明け渡していない。

16年現在、世界半導体市場シェアで日本は7%、韓国はDRAM、NAND型フラッシュメモリでそれぞれ50%以上のシェアを獲得し1位の座を守っている。

この報道を受け、韓国のネットユーザーからは「やはり財閥オーナーの迅速な判断は有効なんだね」「韓国はオーナー1人が投資の責任を持つけど、日本は投資決定の根拠や、その手続きにも問題ないことが求められる」など、日韓の投資スタイルの違いに関連した意見が寄せられた。

一方で、「でも主要な製造装置は日本製やアメリカ製だけど…」「製造装置も全て国産化できたらいいね」など製造装置に関連した意見や、「技術力の流出を常に注意せねばならない」「追い上げてくる中国には注意が必要」など懸念を訴える声もみられた。(翻訳・編集/三田)