3Dプリンターでネイルチップを作ろう。このアイデアの最初の壁は、“社内”にあったと語る東芝の千木良康子(ちぎら・やすこ)さん。

「なぜ東芝がネイル事業を?」という壁をどのように乗り越えたのでしょうか。モチベーションの維持や周りを巻き込む方法についても聞きました。

第1回:このままでいいの?「会社に行くのが仕事」と感じてしまう貴女へ
第2回:アイデアは“よく聞くもの”が9割「ホントにできるの?」を形にする方法

社内プレゼンで、何度も却下され続けても

--「電機メーカーが作るネイルチップ」という異色のアイデアは、どのように事業化が進められたのですか?

千木良康子さん(以下、千木良):まず、アイデアを以前所属していたデザインセンターの同僚に持ちかけました。初めのメンバーは私を含めた3人。ランチミーティングを繰り返してコンセプトを固めていきました。

スタートアップ制度に採択された後は、まず実際に3Dプリンターでネイルチップが作れるのかを検証する目的で、少額の資金を得ることができました。サービスとしての仕組みを練り上げていく中で、メンバー自身のサービスに対する確信は深まっていきました。

3Dプリンターで制作されたネイルチップ(編集部撮影)

--順調に進むとワクワクしますよね。

千木良:そうですね。5か月ほど経った頃、ネイルのデザインや装飾を任せる外部パートナーの協力が得られることも決まりました。そこで、最終的に東芝はどのように関わるのか、東芝がやる理由はどこにあるのかという、出口を考える瞬間がやってきたんです。

--もう動いているから大丈夫だというわけではなかったんですね。

千木良:そうなんです。事業として社内で通すためのシナリオ作りや、強い戦略作りに半年ほどかかりました。それがなかなかタフでしたね……(笑)。

--出しては却下され、を繰り返すわけですよね。しんどそうです……。

千木良:でも、時間をかけた分、徐々に仲間や応援してくれる人が増えたという面もありました。昨年の11月に行われたTOSHIBA OPEN INNOVATION FAIRという東芝のICTソリューションの展示会に出展し、そこで興味を示してくれた媒体が取り上げてくれて、社外からの反応があったことも追い風になりました。

大事なのは、売り込みより「困ってるアピール」

--展示会がきっかけになったんですね。

千木良:はい。社内の展示責任者がすごく協力してくれて、アドバイスをくれたことが大きかったです。

--どんなアドバイス?

千木良:はじめはブースに来てくださった方々に「私たちの事業について聞いてください」という感じで話をしていたのですが、それを見て「オープンネイルはまだ未完成なのだから説明の仕方を、『私たちは、こんなことに困っています』というトーンにしなさい」と。すると、お客さんたちが「それならばうちの商品が応用できるかもしれない」とか「僕だったらこうするかな」とアドバイスをくれるようになりました。

関心を持ってくれた方が「へぇ」で終わらず、自分事にして一緒にやることを考えてくれていると感じました。だからなおさら「なぜ東芝がやるのか」をクリアして、世に出せる状態にしなければ、と。

--出口は見つかりましたか?

千木良:つまり、東芝のどんな技術を使えば社会的に意義があるのか。まずは、コアとなる立体画像認識の技術です。そこに製造業としての強みを掛け合わせる。すると、1か月の納期を生産技術やこれまでの知見を持ってさらに短くしていくという努力ができます。

早く、正確に、安く作れるというモノづくりの世界に落とし込めば、東芝がやる意義がある。その切り口で着目してもらえば、次はどのように利益を出すかという話ができますから、そこからはスムーズでしたね。

どんなことでも、0を1にするのは大変

--どうしてそんなにGOを出すのに時間がかかってしまうんでしょうか。

千木良:そうですね。ひとつあげるなら、新しいことに対する免疫がないから。東芝は創業から140年の間に、メインの事業を脈々とやってきています。ということは、新卒で入社してから定年退職するまで同じ事業にしか携わっていない人もいるんです。だけど、そこが何兆円という売り上げを出すわけですから社内的には地位が高い。

新しいビジネスモデルや、今回のネイルのような違った業界に手を出すのは、前例が少ない分、難しくなってしまうんですよね。

--でもスピードが落ちちゃうのはもったいないような……。

千木良:コンピュータ事業でさえ、はじめは大変だったようですよ。いまでこそ、もっと小さいものを作ろうとか、もっと早く動くものにしようとか、デザインを若い人にうけるように変えてみようとか色々試せる。でも、初めてコンピュータを作って売るというゼロからのスタートはすごく苦労があったと聞いています。時代や企業規模に関わらず、ゼロから1を作る大変さは変わらないと思いますね。

「未来の普通」を作るために前に出る勇気を持つ

--オープンネイルを何としてもやるぞと原動力になったものは?

千木良:単純に幼いころに抱いた、「人に喜んでもらいたいという思い」です。喜びには新規性も含まれると思っているので、あっと驚かせることがしたいと思ったんです。かといって一過性のブームでもつまらない。せっかく人生をかけてモノづくりの仕事をするなら、あっと驚く「未来の普通」を切りひらきたいと思っています。

--悩みはありませんでしたか?

千木良:悩みというか、自分自身の課題ですがチームビルディングの中で、どうリーダーシップをとっていくかには苦心しました。特に最初は、会社の中でやっていることではあるけれど、業務外のことなので、どう進めていくか正解がありませんでしたから。

--どんなところに気をつけましたか?

千木良:ひとりよがりにならない、という意識は常にしていました。前例のないものなので、想像で進めていかないといけない部分も多くて。だから、「こう思う」と伝えるだけでは、うまく折り合えない時がありました。その度に、みんなが「これならイメージできる」と思えるような具体的な策まで提示して、ひとつずつ共有し、トライしていきました。

あと、みんなが迷った時は、まず私が第1歩を踏み出す。アイデアが出た時に「危ないんじゃない?」って慎重になる人は必ずいるんですよ。でもそこを、「まずは少しだけやってみようよ!」と。いざ進むと、壁にぶつかって「痛い!ぶつかった!」ってこともあるんですけど(笑)。こっちじゃなかったね、違う方向に進もうかと判断することができる。

--勇敢ですね。

千木良:前に出なければ何も生まれませんから。失敗できないと思ったらリスクは取れないですよね。でも、新しいことの場合はリスクを取らないと必ず失敗する。ならばできることをとにかくやってみる。いつもの仕事だったらブレーキを踏みたくなる場面でアクセルを踏むのは怖いですが、それで目の前がどんどん拓けていくとだんだん病みつきになって、チームに一体感が出ていったんです。

信頼しても期待はしない

--ついて行きたくなるリーダーですね。

千木良:どうかな。そうだといいですけど(笑)。メンバーと接するときには「信頼と期待は違う」って念頭に置いていました。

--どういうことですか?

千木良:たとえば、期待っていうのは、自分が相手にこうあってほしいとか、こうしてくれるだろうと思っている状態で、それをしてくれないとがっかりしてしまう。その結果、期待はずれなことが起こると相手や期待した自分を責めてしまうんです。じゃあ信頼はというと、自分が思っていた通りではないかもしれないけど、相手はその人にできることをやってくれると信じること。

--でも、期待したくなりますよね。

千木良:そうですね。でも、期待できるのって、ある程度定型化された仕事で、たとえばこのぐらいのお給料で、あなたはこんなスキルを持っているからこれをしてくださいというような、自由度の低い枠組みの上に成り立つものだと思うんです。

新しいことをする時は、自由度が高すぎて、期待できる枠組みがないから、信頼しかないんです。当然、信頼関係は相互ですから築くには時間がかかりますが、地道に向き合うしかないなと思いました。実際、信頼関係ができてくるとものすごいパワーが生まれるんですよね。たまらなく楽しいと思える瞬間です。

自主的に参加しているという気持ちを作る

--その具体的な方法が知りたいです。

千木良:ありきたりですが、ミーティングの時間に遅刻しないとか、約束したことは必ず実行する、タスクをきちんと議事録にして渡すとか、報告を欠かさないとか、基本的なことを誠実にやりました。メンバーには、やらされ仕事にならないように、渡したタスクには自分で期限を設定してもらうようにしました。

--自主性も大事にしたとか。

千木良:はい。仕事として参加してもらっているわけではないから、フォローの仕方は特に難しかったのですが、自ら設定した期限までに間に合わなかったら、原因を聞いていました。「他の業務が忙しい」ということが理由にされがちですが、実は初めてのことであるがために具体的なTODOに落とせず後回しになっていることに気付きました。これが期待しすぎのサイン。私自身も具体的に指示できないことをメンバーに丸投げしていたということです。

こういう場合には、自分も手を動かしてやるべきことが明確になるまで一緒に考えさせてもらうことにしていました。ラフなプロトタイプを作ったり、できるだけ具体的に可視化したり。やらされ仕事ではなく、自分自身でジョインしているという感覚がチームのモチベーションを上げるので、そういう場面ほど大事にしましたね。

オープンネイルのプロジェクトは、今まだリリースされたばかりです。これからはしっかり利益を出せるよう、ますますメンバーと力を合わせて頑張っていきたいです。

(取材・文:ウートピ編集部・安次富陽子、写真:池田真理)