1980年、広州動物園のパンダ・珊珊と宝玲が福岡動物園に貸し出され、2カ月間公開、日本各界や国民の間で人気を博した。

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1980年、広州動物園のパンダ・珊珊(シャンシャン、メス)と宝玲(バオリン、オス)が福岡動物園に貸し出され、2カ月間公開、日本各界や国民の間で人気を博した。広州のパンダが日本を訪問したのはその時が初めてで、今に至るまでその1回限りとなっている。今回、広州動物園を訪問し、当時パンダに付き添って日本の動物園に行った、パンダ館の元飼育員・黄翠蓮さんを取材。福岡でのパンダの生活や、パンダ5頭を飼育したエピソードなどを聞いた。広州日報が伝えた。

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黄さんによると、福岡動物園は当時、150平方メートルの風通しの良いオープン式のパンダ館を建設した。「公開期間中、飛行機で1時間かかる沖縄から新鮮なダイサンチクやリョクチク、マチクなどを福岡へ取り寄せ、珊珊と宝玲のエサにした」という。

福岡に着くと、珊珊と宝玲はすぐに現地の気候に適応したといい、黄さんは、「広州は暑い。パンダは暑がりで、福岡のほうが涼しいから、パンダはそこがとても気に入っていた」と笑顔で振り返った。

福岡動物園で2カ月公開され、珊珊と宝玲は「アイドル」的存在となった。「当時、動物園は大賑わいで、毎日祭りのようだった。本当に人が多くてすごかった」と黄さん。

70年代、広州動物園はパンダ5頭を飼育し、黄さんともう一人の先輩飼育員が一緒に世話をしていた。黄さんは初めはパンダの世話について何も知らず、先輩に教えてもらって、少しずつパンダの事を理解するようになったという。黄さんは当時の仕事を振り返り、「エサの笹をあげるのが一番しんどかった。パンダ1頭に付き1日約5キロの笹を食べる。全てのパンダにお腹いっぱい食べてもらうために、毎日50キロくらい準備しなければならなかった」と語った。(提供/人民網日本語版・編集KN)