来月7月にドイツで開かれるG20では日韓首脳会談を行う方向で両国が調整中だ。実現すれば、安倍首相と韓国の文在寅大統領の初顔合わせとなるが、この晴れ舞台にもう一人、注目すべき人物が登場する。

 6月18日に外相に任命された康京和氏、62歳だ。

 韓国憲政史上初の女性の外相であり、ノンキャリア出身としては14年ぶり、鳴り物入りでの大抜擢人事だった。

 康外相の任命は野党の反対を押し切った強行的なものだった。

 任命前には「政局緊張」などというニュースが物々しく流れ、その日の話題は康外相一色となった。文大統領が康外相にこだわった理由は何だったのか――。韓国の全国紙記者が言う。

「文大統領は公約で男女同数の組閣を謳っていて、その象徴が康京和氏でした。女性抜擢、非外務考試(ノンキャリア)という目玉をどうしても捨て切れなかったのでしょう。

 長官(大臣)人事は、国会の承認に代わって人事聴聞会での報告書の採択が必要になります。しかし、康氏の場合は、娘のための偽装転入(学区のため、住所を他人から借りること)、脱税、不動産投機疑惑が俎上にのぼり、野党が猛反発。『道徳性を上回る資質を見出せなかった』として報告書は採択されなかった。にもかかわらず強行任命されるのは過去にもまれで、文大統領は固守していた野党との協力という立場を危うくしても、どうしても自身の夢である“改革”にこだわったと見られます」


康京和氏 ©共同通信社

彼女こそ「スーパーウーマン」

 康外相は、1955年ソウルに生まれ、無類のバイク好きとしても知られる夫は名門、延世大学の名誉教授だ。3人の子女(娘2人、息子1人)を持つ母親でもある。その経歴は、30代前半で独身の会社員(女性)が、「よき夫に恵まれて、子育てもして、国際舞台で働いて、女性が手に入れたいものを全部持っている。努力もあったのかもしれないけど、家庭環境も用意されていたみたいに揃っていて、嫉妬も届かない感じ。彼女こそスーパーウーマン。女性だからだめなんていう声もあったから、ともかくがんばってほしい」と話すように、華麗だ。

 夫と出会った延世大学政治外交学部を卒業後、KBSの国際放送でプロデューサー兼アナウンサーとして活躍。実は康外相の父親はKBSの看板アナウンサーで、米国の国営放送VOAへも派遣された。当時、康外相は9歳で、以来12歳頃までを米国で過ごしている。また、その父親は朝鮮戦争で韓国に避難した失郷民で、離散家族の当事者でもあり、文大統領の父親とは同じ境遇でもある。

 KBSで働いた後、大学教授の夫の留学に伴い米国に渡り、米マサチューセッツ大学コミュニケーション学科で修士と博士を取得。帰国後は国会議長国際担当秘書官を8年間務め、97年からは金大中元大統領の通訳を務めた。その時の「ネイティブ顔負け」(前出記者)の英語の実力を買われ、98年、国際専門家として外交通商部に特別採用枠で採用されている。

 外相候補として名前が挙がると、過去の国際舞台での写真がメディアにあふれたが、なかでも、98年に金元大統領とクリントン元大統領の首脳会談で通訳を務めた際、現在のトレードマークの白髪ではない漆黒のショートカットの姿が話題になった。

 2001年に国連に派遣。「人権専門家」といわれる経験はこの時代に培ったもので、代表部公使参事官を皮切りに06年には国際連合人権高等弁務官事務所(OHCHR)副代表に任命されて、韓国人女性として国連の最高職に上り詰めた伝説の女性として知られるようになった。潘基文前事務総長時代には、国連人道問題調整事務所(OCHA)の事務次長補を務め、日本の国連のHPにも2015年3月に福島県相馬市を訪れた時の姿が掲載されている。事務総長からの信任が厚いといわれ、現在のアントニオ・グテーレス事務総長からも事務総長引継ぎチーム長、政策特別補佐として重用された。これは昨年の話だ。


2015年3月に東日本大震災で被災した福島県相馬市を訪問した康京和氏。 (写真: OCHA HPより)

二国間外交での経験不足が懸念される

 外交専門家は康外相をこう見立てる。

「野党の反発はもっともで、外交問題山積みの難しい時期に女性で乗り切れるのかという声も少なからずある。しかし、なにより国連という国際舞台で働いて多国間外交には手腕があるとはいえ、二国間外交での経験不足は、現在韓国が置かれている状況(日韓、米韓、中韓問題)において適任者かといわれるとやはり、首を傾げざるを得ない。また、潘前国連事務総長と同じく、長い間韓国にいなかったため、韓国の官僚文化に馴染みもない。

 文大統領はまた康外相を『慰安婦問題の適任者』として推していたが、任命される前に元慰安婦ハルモニ(おばあさん)と会うなど、政治的なパフォーマンスもありポピュリズム外交に入るのではないかという懸念もぬぐいきれない」

 前出の記者はこう解説する。

「外交部内では本音かどうかは分からないが『状況を正確に把握して理解し判断するという外相の資質はある』と康外相を歓迎する雰囲気もあるようです。朴前大統領時の尹炳世前外相はアメリカンスクールで、これまでトップは北米局出身で固められていたため、例えばジャパンスクール出身者などはどちらかというと日の目を見ない雰囲気だった。派閥のない康外相が部内をどう調整していくかが鍵となる。ヘタを打てば足を引っ張られる可能性がないとはいえない」

康外相の慰安婦合意の認識

 気になるのは康外相の慰安婦合意の認識だ。

 人事聴聞会では、「人権蹂躙においてもっとも核となるのは被害者中心の法的責任と賠償だがこの部分において合意は不十分だった」としながらも、「合意が存在しているのもひとつの現実。合意を守るべきことも国際社会の慣行」と話すなど曖昧な立場を見せた。

 長官就任後の記者との懇談会では、「私たちの政策的協議と分析がなければならない。それをもとに日本と疎通・対話を持続すべきと考える」とし、慰安婦問題と他の案件は切り離して進めるツートラック戦略を主張するなど絞切り型な答えで、真意は読めない。

 ただ、康外相は、人事聴聞会の席には元慰安婦ハルモニからもらったバッジをジャケットの襟につけて現れていて、先の記者懇談会では「人権専門家」という表現をたびたび使っていた。


©getty

 前出記者の話。

「今の韓国は、米国とのTHAAD(高高度迎撃ミサイル)配置を巡る問題、中国との葛藤、北朝鮮の核問題と課題が山積みで、日本との慰安婦合意問題は優先順位ではこれらの次になる。文大統領が慰安婦合意の過程をまずは検証すると言っていたように、山積みとなっている課題をこなしながら、その間に慰安婦合意の検証を時間をかけて行っていくとみられていて、康外相もこれに沿った発言をしたと見られます。しかし、国内政治がどう動くかによって予想より早く慰安婦問題が浮上する可能性もある」

 北朝鮮の核問題については、人事聴聞会では「韓米周辺国との協議がさらに切実で重要」とし、「核武装の道を放棄し対話の道に入れば安全と経済的発展などが保障されるという点をさまざまなチャネルを通して(北朝鮮に)伝えるべき」と答弁。また、北朝鮮住民との交流はすべきという立場を明らかにし、「ただ、方法においては国際社会の北朝鮮制裁というフレームがあるためこれを毀損しない範囲ですべき」と話した。

「人権専門家」としての立場

 先の記者懇では、真っ先に北朝鮮問題に触れ、「人権専門家として、国際社会において韓国に対する期待を知っている私としては北朝鮮の人権と関連して2008年以降(国連総会で北朝鮮人権決議案に)賛成した基調を維持すべきと考える」とし、人権専門家の顔を覗かせた。「特に父親が以北道民(朝鮮戦争時、北朝鮮から韓国に来た人たち)であるため北朝鮮の人権には特に関心があるといわれています」(同前)。

 しかし、北朝鮮については人権を語れば事は前に進まない。

 文大統領は6月15日、南北会談17周年記念式典で、「北朝鮮が核とミサイルの追加挑発を中断すれば北朝鮮と条件なく対話に臨めることを明らかにする」と宣言。さらに、統一外交安保特別補佐官として渡米した文正仁・延世大学名誉特任教授が、「北朝鮮が核を凍結すれば朝鮮半島で行われている韓米合同軍事訓練と米軍の戦略兵器を縮小する用意もある」と爆弾発言をし、物議を醸した。


6月12日、二階俊博氏と会談した文在寅大統領

 トランプ米大統領がTHAAD配置遅延に激怒しているという報道も流れる中、19日に北朝鮮に1年5カ月拘束されていた米国人大学生のオットー・ワームビア氏が死亡したことにも関連して、文大統領は米テレビ局などで自身の発言も含めた釈明に追われた。しかし、ここでも条件付きとしながらも「北朝鮮と対話する」という姿勢は崩していなかった。

 外相就任後自ら「韓米首脳会談の準備が急務」と語ったように、康外相の外交デビューは数日後(29日)に迫った。

 準備期間も短いながら、そのとり巻く環境はかなり厳しい。

 そして、人権専門家を自負する康外相はこれから北朝鮮に宥和的な大統領府とどうすり合わせていくのだろうか。

(菅野 朋子)