少額決済を携帯電話で行う「モバイル決済」。日本のモバイル決済の代表格が「モバイルSuica」だ。これまではフィーチャーフォンやAndroidスマートフォン向けのサービスだったが、2016年秋に日本上陸した「アップルペイ」もモバイルSuicaに対応。iPhoneやAppleWatchでも改札を通れるようになった。

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携帯電話でお金が支払えるモバイル決済。日本銀行は今年6月のレポートで、日本での利用率が6.0%なのに対し、中国は98.3%だと書いた。なぜ中国はモバイル決済の先進国になったのか。そして世界一だったはずの日本は、なぜ後進国になってしまったのか――。

年間の電子マネー利用額399億ドル(2015年)と、世界で一番電子マネーが普及している国、日本。10年以上前から、携帯電話をかざすだけで買い物ができる「おサイフケータイ」や、改札を通れる「モバイルSuica」といった仕組みがある日本は、かつて、“世界でもっともモバイル決済が進んだ国”だった。

ところが、2017年6月20日に日本銀行が発表した調査レポート「モバイル決済の現状と課題」(http://www.boj.or.jp/research/brp/psr/psrb170620.htm/)には、日本のモバイル決済の利用率が6.0%なのに対し、中国は98.3%という驚きの数字が出ている。中国の数値は「人民網日本語版」の報道によるもので単純比較はできないが、その差は大きい。日本はいつの間に、モバイル決済の後進国になってしまったのだろうか?

■なぜ日本では6%の人たちしかモバイル決済を使わないのか

日本において、モバイル決済とはフェリカ(FeliCa)またはNFCを使った決済とほぼイコールと言っていい。前者がいわゆる「おサイフケータイ」、後者が2016年に日本でもスタートした「アップルペイ(ApplePay)」などだ。同レポートによると、日本では決済機能を搭載した携帯電話の数はこの10年増え続けており、2017年3月時点では3000万台を超えている。

利用できる端末はこのように増えている半面、実際にモバイル決済を利用する人は日本には6.0%しかいない(2016年11月に日銀が行ったアンケート調査の数字)。主なユーザーは20代から50代の男性が多く、60代以上だとそもそもモバイル決済について認知していない人も多い。そして、店頭でモバイル決済が利用されるのは都市部が多い。

インフラが整っているにも関わらずモバイル決済を利用する人が少ない理由について、レポートでは(1)モバイル決済を利用できるようにする初期設定(アプリのダウンロードやカード情報登録など)が難しい、(2)機種変更時の作業が煩雑、(3)支払いは現金でしたい、といった理由を挙げている。つまり、使うのが難しい/面倒な上に、現金やクレジットカードといった、すでに普及している支払い方法を上回る利便性が感じられないということになる。さらに日本のモバイル決済は基本的に、ICカードで代用できるものばかりで、あえてスマートフォンを使うメリットが少ない。

中国のモバイル決済は「QRコード+スマホアプリ」が主流

一方、中国で利用されているモバイル決済は「Alipay(支付宝、アリペイ)」「WeChat Pay(微信支付、ウィーチャットペイ)」が二大勢力となっている。日銀のレポートで98.3%となっているのは都市部の消費者を対象にした調査結果なので、中国全土ではもっと少ない数字になるはずだが、日本よりモバイル決済の利用者が多いことは間違いない。

もともと中国ではオンラインショッピングやチャットサービスの利用が盛んで、アリペイやウィーチャットペイの利用に必要なアカウントを多くの人が持っていたこと、さらにここ3〜4年でスマートフォンが爆発的に普及したこともあって利用が一気に進んだ。設定も日本のおサイフケータイに比べて簡単で、通常のスマートフォン用アプリをインストールするのとあまり変わらない。

店舗側の負担も軽い。おサイフケータイやアップルペイで決済できるようにするには専用の端末を置かなくてはならないが、アリペイやウィーチャットペイを店舗で使いたい場合はQRコードの印刷された紙を置いておくだけでいい(写真)。

中国のモバイル決済の特徴について、モバイル決済ジャーナリストの鈴木淳也さんはこう話す。「中国でブームとなっているQRコード決済の特徴は、個人間送金における相手のアカウントのQRコードを読み取って指定の金額を送金するという仕組みをそのまま店舗決済へと適用した点にあります。つまり同じ送金サービスのアカウントさえあれば誰でもどんな店舗でも投資や特別な審査なしに利用できる利便性があります。これが従来の加盟店方式の電子マネーやクレジットカード決済と大きく異なります。またアリペイとウィーチャットペイの送金手数料は、個人や小規模な店舗であればほぼ無料に近く、利用のハードルが非常に低いことも挙げられます。両サービスを提供するアリババ(Ant Financial)とテンセント(Tencent)はインターネット企業であり、手数料収入よりもユーザーの行動データやマーケティングデータ収集に主眼を置いています。これが銀聯などの既存の金融サービスを展開する事業者とのビジネスモデルとの違いとなり、今回のような普及度の差になって現れているのだと考えます」

また、中国のモバイル決済には、個人間送金が行える機能があり、この特徴も普及に一役買っている。「QRコード決済は、相手もアカウントを持っていれば送金や決済が行えるため、大勢が使えば使うほど便利になるという傾向があり、それが特に都市部での『コンビニから露天まで、どこでも使える』という事情につながっています。現金を扱わないので釣り銭の支払いもなく処理がスムーズですから、特に行列になりやすい商店ほど利用が進んでいるのではないでしょうか。実際、深センのスターバックスでは地域交通の電子マネーの代わりにQRコード決済の取り扱いを開始した店舗もあるようです」(鈴木氏)

モバイル決済ならではのサービスとして、中国都市部では近年、簡単に借りられて乗り捨て自由なレンタサイクルサービスが一般化している。利用料金はモバイル決済で支払える。深センの「モバイク(mobike)」などが代表例だ。日本でも都市型のレンタサイクルはあるが、利便性は中国のものに劣る。

■日本でこのままモバイル決済が普及しないとどうなる?

早くからインフラを整備してきたが、電子マネーの利用はICカードを使う人が多く、モバイル決済は普及していない日本と、QRコード+スマートフォンアプリを組み合わせ、ユーザーも店舗も簡易に使えるモバイル決済が爆発的に普及している中国。日本のモバイル決済事情は約10年間ほぼ止まったままという状況だが、このまま日本でモバイル決済が普及しなかったとしたら、今後どんなデメリットがあるのだろうか。

「目下の問題はインバウンドです。例えばモバイル決済に慣れた中国からの旅行客が日本を訪れたとき、やはり同じ決済手段が使えないと不便に感じることはあるでしょう。また日本ではフェリカ技術を使った電子マネーでインフラが整備されていることもあり、互換性のない海外のアップルペイといったモバイル決済手段をそのまま持ち込んでも、日本で決済できる場所はそれほど多くありません。観光立国を目指すうえで、これらは機会損失にもなります」(鈴木氏)

2020年の東京オリンピックに向けて、日本政府は今後外国人観光客の誘致に今まで以上に力を入れる方針だ。日本もモバイル決済の普及を目指すべきなのだろうか。その場合、おサイフケータイやアップルペイといった既存のインフラを伸ばすべきなのか、それとも中国のようにシンプルな方法を探るべきなのか。

「サービスが普及した背景が中国と日本で異なるため、日本が必ずしも同じ道を目指す必要はないと考えます。設備投資は7年という周期があり、タイミングが重要です。現状、日本の決済インフラは2017〜2018年にこの更新サイクルがやってきており、次の更新タイミングである2025年を目処にしたインフラ投資を行うべきです。現在コンビニが実証実験を進めているRFIDタグ導入などが好例ですが、来たるべき労働人口減少時代に備え、流通を含めた構造改革を進めている段階です」(鈴木氏)

(プレジデントオンライン編集部 吉岡 綾乃)