加計学園が計画していた「獣医学部」の新設を巡って、様々な行政文書が発見、確認され、議論になっています。

 本稿を記している至近では6月19日にNHK「クローズアップ現代+」が報じた「新文書」について20日、文部科学省からも同一文書が省内でも見つかったと発表されました。

 官邸からは「個人のメモ」云々とのコメントが出ているようですが、職掌にあたって担当官が作成し部署共有されたものであれば、法的には行政文書の扱いになるでしょう。

 ここで議論になっているのは2016年の10月に官房副長官が文科省局長に対面で圧力、云々という内容ですが、国の「国家戦略特別区域」の選定にまつわって、おかしなやり取りがあったとすれば、トンでもありません。

 「国家戦略特別区域諮問会議」には閣僚などのほか5人の民間議員が参加しています。私が長年存じ上げる方が少なくありません。例えば坂村健さんは18年間同じ部署で仕事してきた同僚で、誠実な人となりもよく知っています。

 報道を見ていると、いろいろな記載があり、乱暴なものも少なくないように思いますので、公文書として公開されている1次資料を基に、問題点を整理してみたいと思います。

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今治はこうして選ばれた

 まず、内閣府が発表している、国家戦略特区の全貌を見てみましょう。
 

から転載


 第1次指定が赤丸で6か所、第2次指定は青丸の3か所、第3次指定は緑の丸で1か所に見え、それが広島県と今治市、問題になっている獣医学部の案件に相当します。

 これ以外に東京圏の拡大で千葉市、高年齢者の活躍や介護サービスに特化して北九州市が福岡市に追加されて、合計3件。現時点で延べ12件が指定されています。

 広島、今治はあくまで「観光・教育・創業などの国際交流・ビッグデータ活用特区」であって、これに相当しない施策は政策目的に合致しません。まずこの基本を押えておきましょう。明記されている官邸のホームページもリンクしておきます。

 私も長年、大小様々の諮問委員などを務めてきました。こういう際は必要な資料を現物確認するのが一番と思います。

 第3次指定は「地方創成特区・第2弾」とされているもので、平成27年=2015年12月15日、第18回国家戦略特別区域諮問会議に議事があり、議事録も配布資料も公開されています。ここでは「配布資料2-2」を、諮問委員的な観点から確認してみましょう。

 対象区域は広島県と愛媛県今治市で、「しまなみ海道」でつながる両地域で、「多様な外国人材を積極的に受け入れ」「産官学の保有するビッグデータを活用し」「刊行・教育・創業のイノヴェーション創出」と記されています。

 前回このコラムで国連の2030年アジェンダ「SDGs」を紹介しました。

 このような国際アジェンダをガイドラインとして、日本の学術セクターとして国際協力の体制のもと、研究教育を進めていくのが、私も籍を置く国立大学法人のミッションで、日常の大学業務でこうした話題に触れているため、私たちはこの種の文書や文言に敏感です。

 そもそも特区とは、「国家戦略特別区域法 平成25年2月13日法律第107号」に基づくもので、大学の戦略パーソンはこうした条文の一つひとつに留意しつつ、特に国際協力などについては国連のガイドラインやアジェンダなどにも細心の注意を払いながら施策を立案していきます。この「国家戦略特区法」第一条を引いてみます。

特区法 第一条(目的)

 この法律は、我が国を取り巻く国際経済環境(ゴチック筆者)の変化その他の経済社会情勢の変化に対応(同前)して、我が国の経済社会の活力の向上及び持続的発展(同前)を図るためには、国が定めた国家戦略特別区域において、経済社会の構造改革を重点的に推進することにより、産業の国際競争力(同前)を強化するとともに、国際的な経済活動の拠点を形成(同前)することが重要であることに鑑み、国家戦略特別区域に関し、規制改革その他の施策を総合的かつ集中的に推進するために必要な事項を定め、もって国民経済の発展及び国民生活の向上に寄与することを目的とする。

 いま、特区法条文でゴチックに改めた部分のすべてが、国際機関との連携や持続的開発への綿密な配慮が必要であることを示しています。

 実際、そういう底意があってこの法律自体が作られているので国際性、特に国際経済環境、国際社会情勢に配慮した産業国際競争力の持続的発展を可能にする経済活動拠点形成が特区の命と言っても過言ではありません。

 2015年12月の文書に戻りましょう。広島県と今治市、つまり県と市を並べるといういかにも内閣レベルのアクロバティックな特区指定の政策課題として

1 創業人材を含めた高度外国人材の集積の推進
2 雇用ルールの明確化によるグローバル企業・新規さ企業への支援
3 地場製造業や新たなホスピタリティ・サービス産業の活性化
4 スポーツ・教育面における国際交流拠点の整備
5 観光分野における先進的な「自治体間連携モデル」の推進

 が挙げられています。つまり、こうした政策課題を解決する「観光・教育・創業などの国際交流・ビッグデータ活用特区」でなければならないわけです。以下、表現を崩して言うなら、

1 優れた外人をたくさん連れて来て働いてもらう
2 多国籍的な起業・展開の応援
3 地場にも配慮
4 スポーツ・教育の国際センター
5 柔軟な新観光地創生

 これらがミッションであって、国内外の諸情勢に鑑みつつ、国家レベルの戦略としてグローバルに勝ちに出られる新体制を作っていこう、そのために「国際交流・ビッグデータ活用特区」に指定し財政も出動という話になります。

 文書では以下「4 事業に関する基本的事項」として<雇用・労働><土地再生・まちづくり><医療><その他>などの項目が並びますが、目を引くのは<教育>として1か条だけ

<教育> 国際教育拠点の整備(獣医師系(ライフサイエンスなどの新たに対応すべき分野))

 と記されていることです。



 

 なぜかこの文書では日付に●が付されていますが、念のため、この会議資料が配布されたのは平成27年=2015年12月15日です。

 今からまる1年6か月前の話で、大きな枠組みで特区として認定するかどうか、という諮問会議の席で、なぜか教育については「獣医師系」という極めて具体的な記載がなされている点に目が留まります。

 念のため、同じ会議の同様の議事に関する配布資料を確認してみましょう。平成26年3月28日に開催された第四回諮問会議で配布された資料3-2には「東京圏」「関西圏」「新潟県新潟市」「兵庫県養父市」「福岡県福岡市」「沖縄県」の6特区の認定に関する「政策課題」「事業に関する基本的事項」が記されています。

 しかし「教育」への言及があるのは「関西圏」だけで、

<教育>
・国際ビジネスを支える人材の育成[公設民営学校]

 という幅広の記載があります。

 私たちが学識経験者として何らかの諮問委員会に出席するとき、配布資料は概してこのように一般的な記載のものが多く、すでに準備されているものですから、プロセスその他によほど疑義がない限り、率直に言って「No」を言うことはあまりありません。

 特区諮問会議の委員から、特段の圧力を受けたことなどない、との声明が出ていましたが、そのとおりだろうと思います。資料が配布され、説明があり、粛々と議事が進行するのが普通です。

 ただ、今治のケースでは、「獣医師系」とやたら細かな指定があるな、と気づくように思います。添え書きとして「未踏ライフサイエンス」と添え書きがあるので、ああ、地元には何か事情か準備があるのだろうなと思いつつ、その場で議事に棹差すようなことはまずないでしょう。

 坂村さん以下、諮問会議の民間議員・有識者に、特段の他意や圧力、おかしなことがあったとは全く思っていません。

 もっと言ってしまうなら、こういう文書が机に上がる時点では、すでに現場が99%。汗をかいて準備しているわけですから、あからさまにおかしなことがない限り、有識者からストップをかけるようなことはありません。

 私自身、批判を受けるかもしれませんが、この種の円卓で普通に粛々と進むものについて、この20年間、ノーと言ったことがありません。

 さて、ここで問うべきことはただ1つで、国家戦略特区として広島・愛媛の「しまなみ海道」のエリアをグローバル化し、外国人・外国企業も多数呼び込んで「国際交流・ビッグデータ活用」を作ろうというとき、どうして「教育」について「獣医師系<未踏ライフサイエンス>」に限局されるのか、という点でしょう。

 それが1年半も前の時点で、原案承認が通常の諮問会議のテーブルに上がっていることには、公平に見て一抹の疑問を持たざるを得ません。

 獣医師系の学部新設にあたっては、獣医師会から人員定足の現状が強調されて報道されていますが、京都産業大学からの新設案は却下されており、その理由として近畿圏ではすでに大阪府立大学(定員40人)がカバーしているという点が挙げられているようです。

 その論法で考えるなら、山陽地方は山口大学(定員30人)、山陰地方は鳥取大学が定員35人)全国で930人の年定員でほぼ平衡に達し、現実には少子高齢化に伴って定員割れも起こしている状況と報じられます。

 ある種の袋小路に達しており、高度な研究教育が実施できず世界水準から取り残されているという関係有識者の発言も目にしました。そういう実態もあるのだろうと思います。

 と同時に、現在計画されている岡山理科大学獣医学部構想では

獣医学科 160人
獣医保険看護学科 60人
専任教員 約70人

 という大きな規模が伝えられます。これを「国際学術教育拠点」として展開し、従来ではカバーできていなかった最先端ライフサイエンスの戦略ベースとして運営、成功をもたらす必要が、特区としてこの事業を行ううえでは義務づけられています。

 少なくとも文科省の設置審議では、そうした点がチェックされ、8月に決定が出る予定とのこと・・・。

 ここで思うのですが、この戦略拠点は、どこの国からどういう人を呼び寄せ、どのように育て、どこで活躍させるという考えなのか、諮問会議の配布資料をすべて確認してみましたが、私にはさっぱり分かりませんでした。

 日本国内の獣医師の供給状況については農林水産省の獣医師国家試験の結果発表が参考になります。

至近の第68回獣医師国家試験(平成28年度)は2月14-15日に実施

受験者数 新卒1028人 既卒(浪人) 258人 その他10人 合計1296人
合格者数 新卒 899人 既卒(浪人) 98人 その他 3人 合計 1000人
合格率  新卒87.5% 既卒(浪人) 38%人 その他 30% 合計 77.2%

 毎年ほぼこのような推移で安定しているのが分かります。

 業界として、これで需給が安定しており、特段問題がないと新設に反対があったのは、さもありなんと思います。ここで一大学教授職として思うのは、学生の進路であり就職、将来生活の安定です。

 獣医師の年間定員が1000人であるなか、昨年度で言えば留年者を含めすでに1028人の新卒、250人以上の浪人生など1.3倍の競争率となっている獣医師国家試験で、仮に160人、完全に純増で獣医学部出身者新社会人を日本の大学組織が世の中に送り出すとすると、専門学部は出たけれど職業就労できないという、構造不良的な人材育成の体制を組むことになるのが気にかかります。

 現状、まともに勉強している新卒者は87.5%の合格率ですから10人に9人は合格するのが獣医師国家試験ですが、仮に初年度、新卒で160人、正味で受験生が増え、同数の現役合格者数とすると、合格率は75.6%程度に落ちてしまいます。

 つまり4人に1人は最低1年は浪人することになる。

 獣医師不足が社会問題となり、農水省が獣医師試験合格者数を増やすといったことがあれば、分からなくもない話なのですが、文科省としては寡聞にしてそのような連絡を農水省からもらってはいない・・・。

 前事務次官が言っているのは、こういうことなのではないでしょうか?

 つまり、資源と設備をかけて高度な専門教育を施す獣医師養成において、ちょうど戦後のベビーブームで大学が乱立した際、社会の要請と無関係に音大や美大を濫造し、結果的にそれらを卒業しても仕事として音楽や芸術で食べていけない若い世代を大量に作った・・・。

 私たちの分野の抱える構造問題によく似た問題を新たに起こしてしまうのではないか?

 この対照は医師国家試験の結果と見比べるとき、なおさら際立つように思います。

 すなわち、同様に昨年度のデータを基にすれば

医師国家試験合格者数 第111回 平成29年2月11-12日

新卒 出願者 9124人 受験者数 8828人 合格者数 8104人 合格率 91.8% 
全体 出願者 9959人 受験者数 9618人 合格者数 8533人 合格率 88.7%

 すなわち、高度な専門教育の実施コストをかけて人材育成するわけですから、合格率約9割のラインを大きく割り込むような学生定員、ニーズのないところに専門大学を設け、構造的な限界から学んだはいいけれど、その職業に就けない若者を、毎年数百の単位で生み出すような判断は、行政としてとてもではないが、できる話ではないのではないか?

 「岩盤規制」という言葉があります。

 ある時期の野放図な大学院重点化で、30歳を過ぎるまで専門人として生活しながら、最終的に職がなく、中年に至って不利な転身を余儀なくされる多くの元大学院生の青年たちを見てきた一教授職として、本当に社会の活性化につながる、未来に責任をもった人材育成になっているのか、疑問を呈する余地が相当たくさんあるように私は思いました。

 外してはならない重要なタガもあります。そうでないと生活が成立せず、本当に困った状態に陥ってしまう高度な専門能力を持つ若者が量産されてしまいます。実際、現実はそうなっている。

 そういうなか、そこで学んだ青年たちの未来に「持続可能」な責任を持って施策を立案、完遂することこそが、特区に限らず文教政策の本質的な精神であると、私は思います。

 皆さんは、国家試験の数字や、専門を学んだはずなのに、当該の職にあぶれてしまう青年が必ず何百人も出てしまうのが分かっている未来を、どのようにお考えになりますか?

 やり直しが幾度でも利く海外と違い、日本の社会風土はとても硬直的で「やり直し」を考える青年に冷たいのは、ポスドク諸君の生活を見ても痛感しています。

 私も教授業18年となり、最初の院生たちはすでに40歳を超えました。その一人ひとりに夢もあれば生活もあった。

 国際的な人材育成拠点と銘打って推進されているはずの施策です。長期にわたって若者たちの未来に責任を持つ政策とは何か。またもう1つ、この施策の基本条件は「国際交流・ビッグデータ活用拠点」特区であることです。

 新しい獣医学部には、ビッグデータ活用の、相当きちんとした部署と人員、設備とシステムが準備されていることが義務づけられているはずです。

 実は私自身、18年前に東京大学の「知識構造化」という、当時はビッグデータなどという言葉は存在せず「ネットワーク型情報基盤」と呼んでいましたが、このデータマイニングシステムの開発を担当しましたので、この種のことがどの程度大変かは体験的に知っています。

 それが 今言われている70人の教員スタッフの中の何人に相当するのか知りませんが、また規模によりますが、経験的には基本システムで常勤で最低4人程度(教授職、実務の専従SE、事務責任者、会計担当者)は必須、データ展開のスケールによって5〜10人程度の常勤非常勤スタッフがいなければこの種の案件で 世界に発信、その分野で牽引する「国際交流・ビッグデータ活用拠点」を作るのは難しいと思います。

 8月の設置審、私が委員なら、まずこの点を見ます。また万が一、「「国際交流・ビッグデータ活用拠点」としての備えがきちんとしていない、単なる国内調整しか念頭にない獣医学部であれば、政策の基本要件を満たしていませんから、異論なく設置は見送り、不許可の決定を出すのが、正しい審査姿勢と思います。

 念のため、首相官邸のHPをもう一度リンクしておきます。

 「加計学園は獣医学部を出たジュニアのために200億円もかけてわざわざこんなものを作るのか?」というゴシップ的な批判がすでに報道でもネットでもあふれています。

 「観光・教育・創業などの国際交流・ビッグデータ活用特区」としての要件を満たしていれば、正面から否定して、審査に耐えることができるでしょう。それがなければ、政策の前提条件を満たしておらず、忖度うんぬんで政策趣旨との外れは説明つきませんので、この事案は見直し・・・廃案となる可能性があるでしょう。

 私も、こうした関連の国際学術戦略連携、情報システム構築といった公務に20年近く携わってきましたので、実質ある特区展開を期待しますし(特区制度そのものをいきなりひっくり返すような、あきれた呆案には言及する気にもなりません)、政策から外れた執行が1円も許されないのは、特区といえども例外ではありません。決算を念頭におけば会計検査院の観点で厳密なチェック が問われてくるでしょう。

 そうでなければ、従来真面目に仕事して、煩瑣を極めるルールに莫大な時間を費やさせられてきた大学教員も、関係事務担当者も、全く浮かばれません。

 ご苦労の当事者を含む仮想読者に向けて、データを含め真摯にお話しするつもりで、本稿を書きました。

(つづく)

筆者:伊東 乾