内閣支持率が急落し、政局が流動化し始めた。安倍内閣は外交・防衛では成果を上げたが、経済政策は空振りに終わり、3期目をやっても展望がない。自民党でも「脱アベノミクス勉強会」が始まり、そのメンバーが石破茂氏や野田毅氏など40人いるので、マスコミは政局がらみで面白おかしく報じている。

 しかし今の情勢では、安倍政権に代わることは難しい。金融政策も財政政策も弾を撃ち尽くしたので、アベノミクスに代わるマクロ経済政策を打ち出す政治的資源がないからだ。かといって消費増税や緊縮財政を打ち出しても、選挙には勝てない。日本経済を建て直す対策はないのだろうか?

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デフレの原因は「長期停滞」か

 対策を考えるには、まず現状を正しく認識する必要がある。日本経済の停滞の原因として、人口(特に労働人口)の減少や高齢化がよく指摘されるが、こうした人口要因は2000年代に急に起こったわけではなく、人口減少だけで20年近くもゼロ金利が続くことは考えにくい。

 ゼロ金利は、2000年代前半には不良債権処理に失敗した日本に固有の問題として世界から嘲笑されたが、2010年代に欧米の不良債権問題で同じような症状が起こり、日本は世界のトップランナーとして注目されるようになった。

 この原因を需要不足による長期停滞と考えたのが、ローレンス・サマーズ(ハーバード大学教授)である。彼が指摘するのは、多くの先進国でゼロ金利になっているという事実だ。これはインフレにもデフレにもならない自然利子率がゼロより低いことを示唆する。これがマイナスになっていると、名目金利がゼロでも高すぎる。日本がこのような長期停滞に陥っているという話はよく聞かれる。

 だが、自然利子率は資金需給が均衡する水準なので、それがマイナスだということは資金需要が供給を下回っていることを意味し、需要が不足するのは長期停滞が原因だ――という循環論法になってしまう。

 慢性的な需要不足による長期停滞論は古くからあり、1930年代の大恐慌の時代にはケインズやハンセンも長期停滞論を唱えたが、第2次大戦で大恐慌は終わり、戦後の成長で長期停滞論は忘れられた。

 サマーズもこれは認識しており、人口増加率や技術進歩の減退が原因だというが、ハンセンもすでにこの原因を指摘していた。彼らの処方箋は基本的にみな同じで、ゼロ金利では金融政策はきかないので財政拡大しかないということだ。

「貯蓄過剰」をもたらす地下経済

 これに対してベン・バーナンキ(前FRB議長)が提唱するのが、貯蓄過剰である。世界経済は貯蓄過剰で低金利になり、そのため物価が上がらないので賃金が上がらず、そのため消費が増えないので物価が上がらない・・・という「悪い均衡」に陥っているという。

 ここでも金融政策は無効なので、減税か財政政策による「ヘリコプターマネー」で財政赤字を拡大して「よい均衡」にジャンプすればいいというのが、6月5月に日銀で講演したバーナンキの提案だが、安倍政権には相手にされなかった。そんな危険をおかすほど、日本経済は危機的な状況ではないからだ。

 サマーズとバーナンキの認識には共通点がある。世界的に投資が過小になっているという事実だ。金利は投資と貯蓄が一致するように決まるので、投資(資金需要)が貯蓄(資金供給)より少ないと金利が下がる(極端な場合にはマイナスになる)ことは当然だ。だが、新興国が旺盛に投資しているのに奇妙な話である。

 この謎を解く鍵は、こうした投資と貯蓄の統計が地下経済を含んでいないことにある。地下経済というのは「パナマ文書」でも分かるように、マフィアやテロリストだけの話だけではない。タックスヘイブン(租税回避地)には、図のように世界の総資産の約8%がある、とトマ・ピケティは推定している。これは日本のGDP(国内総生産)の1.5倍だ。

富裕国の資産と債務(出所:『21世紀の資本』、トマ・ピケティ)


 地下経済の資産は課税を逃れているが、収益は得ている。たとえばアメリカの大富豪がケイマン諸島の地下銀行に保有している金融資産は、彼の(課税対象になる)財産にはカウントされていないが、地下銀行はその資金を麻薬の売買などに使っているかもしれない。もちろんその売り上げも統計には出てこない。

 このため統計で把握しやすい貯蓄に対して、正確な数字の出せない投資が少なく見えていると思われる。金利が低いのは、公式の経済よりも地下経済のほうが、はるかに収益率が高くなったからだろう。これはグローバル化とハイテク化で資本逃避が容易になった1990年代から拡大した。

「法人税ゼロ」で日本はよみがえる

 地下経済は数字が確認できないのであまり議論されないが、ケネス・ロゴフ(ハーバード大学教授)も近著『現金の呪い』で重大な問題だと警告している。彼の推定によると、アメリカのGDPの7.1%、日本のGDPの9.2%が地下経済だという。これを是正することは容易ではないが、ロゴフのいうように高額紙幣を廃止することも一案だろう。

 もっと根本的な是正策は、法人税を下げてキャッシュフロー課税に切り替えることだ。法人税は本社の所在地で課税されるので、税率が40%と高いアメリカ企業の投資を途上国に移転する「空洞化」の効果をもつ。これによってグローバル企業の効率は上がるが、単純労働者の賃金が下がって所得格差が拡大する。

 トランプ大統領の検討した「国境調整税」のようにキャッシュフローに課税して法人税を減税すると、資本逃避が減って国内投資が増える。もし法人税をゼロにしたらアメリカがタックスヘイブンになり、世界中から投資が集中する――と共和党のライアン下院議長は提案している。

 同じことは日本にもいえる。国税としての法人税をなくして法人事業税(地方税)に一本化したら、各地方が法人事業税を下げて台湾や韓国と競争できる。その財源は消費税の地方分をやめて国税にし、消費税を引き上げればいいのだ。税収中立でも、アジアに逃避していた製造業が国内に戻ってくる効果は大きい。

 日本経済の現状を長期停滞とあきらめる前に、政府にできることはまだある。金融緩和も財政拡大もだめだったが、税制改革の可能性はある。安倍政権の次をめざす政治家は、政局ではなく政策で闘ってほしい。

筆者:池田 信夫