外資系投資銀行でバックオフィスを担う、有希、30歳。

港区の酸いも甘いも知り尽くした彼女に与えられた呼び名は、“港区おじさんコレクター”。

業界のスーパースターである勇人のお気に入りポジションを手に入れ、後一歩を踏み出さずに賢との甘い時間を楽しむ。時には慎吾のように銘柄整理も行い、月日をかけて和夫を育てる。

送り迎えがつくのなら、港区を飛び出すこともある。


騒がしい携帯画面。「未読スルー」は女性のマナー


14:00

有希のスマートフォンがメッセージで溢れ始める。
まどろみが襲ってくる午後は、男性の夜のアポ入れタイムだ。

―忙しい?時間あったらご飯でもどう?
―早くあがれそうなんだけど、今日何してる?
―今晩、暑気払いしない?

あえて携帯のメッセージのポップアップを許可している有希は、メッセージを開くことなく内容を確認し、即座に返信するもの以外は未読のままにする。

当日のお誘いの多くは、仕事の目処がついて「誰か」と飲みに行きたい。とか、お誘いを断られてしまって「誰か」と食事に行きたい。といった別に有希でなくても良いお誘いが多い。

行きたくない食事や、距離を置きたい男性に対しての返信は、しばらく寝かせておくに限る。「どうしました?」と返信をする頃には、既に他の「誰か」が確保されていることだろう。これで、相手に恨まれることもなくお誘いを断ることが出来る。

携帯を裏返そうとすると、LBOチームの晃からのメッセージが目に留まる。

―近々葉山の別荘にクルージングに行かない?良かったら友達も連れてきてよ。

晃とは、採用セミナーで一緒になってから、着々と交流を深めていたが、土日のお誘いは初めてだ。

―いいですね。いつにしましょう?

素早く返信し、誘う女子を思い浮かべる。うだるような暑さが来る前に、日差しを浴びながら甲板でシャンパンを飲むのは、夏の始まりに相応しい。

―来週末はどう?恵比寿駅から湘南新宿ラインで1時間。逗子駅からバスに乗って15分でつくから。葉山マリーナでBBQの準備して待ってるよ。

思いも寄らぬ返信だった。

港区圏内で生活が完結する有希にとって、送迎のない葉山は海外よりも遠い。時間をかけて現地に向かっても、晃以外に待ち受けるメンバーが楽しいとも限らない。しかも、クルーザーが陸に戻るまでの数時間、途中で帰るというオプションを持てないのは恐怖そのものだ。

楽しいかも分からない男性陣と海の上で軟禁状態になるのは、こちらからお断りだ。

有希は、安易に返信してしまった自分の行動を反省しつつ、来週末の天気予報に傘マークがないかチェックすべく、Yahoo!のお天気ページを立ち上げた。


そんな有希が港区から出る条件とは?


港区女子を港区から連れ出すのは容易ではない。

どんなに「別荘」や「クルーザー」といったニンジンを目の前にぶら下げても、1つのイベントで1日が潰れるよりも、都内で2つの予定を入れる選択肢が好まれる。

「送迎」、「友人と一緒」、「行けば必ず面白い」の3拍子が揃ってはじめて重い腰があがる。

しかしそんな有希が、港区を飛び出して遠征する唯一のイベントがある。

それは、遼一とのゴルフの時だ。

送迎がついているのはもちろん、遼一の開催する会は外れがない。それに学生時代の友人、今日子が一緒なのが何よりの決め手だ。

今日子は、有希の学生時代からの悪友で、ミスユニバース日本代表のファイナリストとして活躍した輝かしい経歴を持つ。スポーツ選手やアナウンサーとの繋がりも強く、有希に遼一を紹介してくれた友人だ。



「いやぁ〜。すっかりミーティングが長引いちゃいまして。折り返しが遅くなり、もぉ〜しわけございませんっ!」

先に午前のラウンドを終えた遼一が、大きな声で誰かと電話をしている。どうやら重要な顧客のようだ。

平日のゴルフ場は、嘘と偽りが漂う。

「会議」と偽り取引先に電話を入れる男性。「主婦友と習い事」と偽りゴルコンを楽しむ“昼顔”妻。「仕事」と偽り男女複数人で回る平日のゴルフ。

ペロリと舌を出しておどけた顔をする遼一を見て、有希と今日子のいたずら心に火がついた。電話をする遼一の横で豪快にエア・シューズ・クリーナーの音を立て始めた。

慌てて離れていく遼一を見て、有希と今日子はくすくす笑いながらクラブハウスへと向かった。

【港区おじさんコレクション】
名前:佐久間遼一
年齢:50歳
職業:不動産投資会社




「接待費」という打ち出の小槌を持つ港区おじさん。


遼一は、外資系コンサルティング会社から独立し、今や100名近い社員を抱える不動産投資会社の社長だ。会社の規模が大きくなり、右手となる副社長も手に入れた今、平日も土日も「仕事」の名目の下、ゴルフ三昧の生活を送っている。

「上場企業の社長」というステータスが好きな女性も多いが、有希は「非上場企業の社長」の方がよっぽど好きだ。

会社の財務状況を四半期に一度開示しなければならない上場企業より、非上場企業のほうが経費のゆとりも大きく、グレーゾーンのゴルフのプレー代だっておかかえの税理士が「接待費」に計上するために悪戦苦闘してくれる。おかげさまで有希のプレー代はいつだってタダだ。

それに最近では色んな「上場企業の社長」のネタを狙って目を光らせている週刊誌の記者にすっぱ抜かれるくらいなら、自由な非上場企業の社長といる方がよっぽど安心だ。


ホールインワン!大盤振る舞いの港区おじさん。


「はーい。乗って乗って!発車しますよぉ〜。」

遼一とのゴルフは、出発する時から面白い。

男性がそれぞれに自慢の自家用車で女の子をピックアップに来てくれる時もあれば、ハイヤー数台で向かうこともある。今日は、後部回転のサロンバスで、行きから宴会のようだ。

シャンパンを口に含みつつも、ここから始まる4時間の勝負に向けて有希は飲み過ぎないように気を付けて来た。




グリーンの上でのおねだりタイム。




「ナイスオン!いいね〜今日子ちゃん、うまくなったね!」

遼一が手を叩く。今日のプレー場所は、『大箱根カントリークラブ』。仙石原高原近くにあるフェアウェイの広い、いわゆる接待向きのゴルフ場で、適度なアップダウンと綺麗な見晴らしが特徴だ。

「え〜嬉しい!今日スコア100切ったら、何かいいことあるかなぁ?」

今日子が急に猫なで声を出し始める。

「100切ったら、欲しかったバッグ買ってあげよう!でも、切れなかったら何してもらおうかなぁ?」

遼一の大盤振る舞いにすっかりやる気の今日子だが、有希はやれやれと眉をしかめる。

「それにしても、有希ちゃんって、お金とか物とか興味ないよね〜」

ティーショットに立つ今日子を見送りながら、遼一が呟く。

「実はそんなことないですよ。でも秘密。佐久間さんが今日スコア90切ったら教えてあげます。」

池ポチャしてしまい、悔しがっている今日子に笑いかけながら、有希はレディース・ティーへと向かった。



コンペの後、成績発表と共に祝賀会が開かれる。

朝から宴状態なことに加え、日差しにあたりすっかり酔いが回ったメンバーを避け、有希は端の席に腰掛けていた。

「今日、俺89だったから。約束通り教えてもらってもいい?有希ちゃん今日スコアも良かったし、何でも買ってあげるよ!」

遼一がそっと有希の隣に近づく。有希は、赤ら顔の遼一を上目遣いに見上げる。

「本当ですかー?私、今度ビジネスを始めたいんです。少しでいいんで、出資者になってもらえませんか?」

バッグと会社への出資では桁が違う。ちょっと驚いた顔をした遼一だったが、

「よーし。じゃあ、ここにいるみんなで有希ちゃんのビジネスのために資金を募ろう!」

大きな声で友人の経営者に声をかけ始めた。

―これだから、遼一は本当に好き。

有希は、にっこり微笑むと、輪の中に駆け寄った。


有希の脳内評価:★★★★☆(5つ星中4つ星)


•長時間のゴルフに数回付き合った甲斐もあり、目的の出資までもう一歩。次は遼一の知り合いの社長に繋いでもらうよう依頼したい。

•バスでの遠征は、距離を縮めるには難易度が高い。次回ゴルフは自家用車かハイヤーでの送迎が好ましい。おねだりは、今日子に委託予定。

•今日子や連れてきたモデル仲間に甘いところには幻滅。大口出資者としてレピュテーション・リスクがないか、念のため確認したい。

•モデルが相手だとやはり、ルックスで劣る自分に反省。仕事ばかりでなく、自分に投資する時間も作りたい。

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お行儀の悪い港区女子へ、しつけ係の港区おじさん

【これまでの港区おじさんコレクション】
Vol.1:港区おじさんを「コレクション」しポートフォリオを組む女、現る
Vol.2:バッグは新作なのに、男は中古品?港区女子と港区おじさんの関係。その矛盾
Vol.3:ボロボロになった私を、仕事で救ってくれた港区おじさん
Vol.4:現代版・光源氏プロジェクト。冴えなかった男を素敵な港区おじさんに育てる方法