かつての北朝鮮社会で、地下経済を牛耳っていたのは在北朝鮮華僑だ。

1982年秋の訪朝の際の体験談を綴った「凍土の共和国」(金元祚著)によると、華僑は幹部を買収して自由に商売をし、政府の役人も社会安全部(現在の人民保安部、警察)の幹部も見て見ぬふりをしていた。

ところが、草の根市場経済が進展した今、彼らの立場はむしろ弱くなり、当局からの圧迫に苦しんでいる。中国当局は北朝鮮に協力し、自国に逃げ込んだ脱北者を強制送還しているのに、そういった「貸し借り」の義理は、北朝鮮には通用しないらしい。

(参考記事:中国で「アダルトビデオチャット」を強いられる脱北女性たち

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋によると、かなりの量の物品を販売目的で北朝鮮に持ち込む華僑に対して、当局は様々な形の上納金を求めている。

別の情報筋によると、華僑が中国に行くことが決まると、当局から「注文」が入る。

ある華僑は、当局者が海外渡航を許可する見返りとして、道の体育館に設置する運動器具を要求されたという。とりあえず要求に応じることにしたものの、計算してみたところ合計で5万元(約81万円)を軽く超えることがわかり青くなっているという。

こうした要求は一度や二度のことではない。例えば、建設現場で使うタイル500坪分、複合肥料2トンなどを要求され、7万元(約114万円)を使ったこともあるという。2014年には資金として40万元(約651万円)を持っていたが、度重なる要求に応じているうちに、20万元(約326万円)まで減ってしまったとのことだ。

だからと言って、要求を断るわけにもいかない。そんなことをすれば、道の保衛局(秘密警察)の外事課から渡航許可を出さないなどの嫌がらせを受けるからだ。事実上の「出国禁止通告」だ。

華僑たちは、商売がますますしづらいと不満の声を上げている。中朝関係もよくないため「このままでは、日本からの帰国者のようになるのではないか」という不安も聞かれるという。

日本から北朝鮮に帰国した在日朝鮮人は、日本に住む家族から物資や現金を得て、北朝鮮ではいい暮らしをしていたが、日本政府の独自制裁により苦しい立場に追い込まれた。

華僑に対する圧迫は年々厳しくなっており、北朝鮮を見限って中国に移住する人がますます増える可能性がある。香港の亜洲週刊によると、2万人だった在朝華僑の数は、現在では5400人(丹東市政府関係者)まで減っている。

北朝鮮当局は「国民の人権を侵害するな」との金正恩党委員長の命令を受けて、国民への締め付けをやや弱めているとの情報もあるが、華僑はその対象外のようだ。罪をなすりつけて逮捕し、ワイロをむしり取る手法を北朝鮮国民に対して使いづらくなった分、華僑からより多くを搾り取ろうとしているのかもしれない。