日本でアップルやダイソン生まれない理由

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■機能的価値だけでは利益が出ない

iPhoneやMacを生み出したアップルと、掃除機や空調家電で知られるダイソン。いずれの企業も顧客価値の高い商品をつくり出すことによって高収益を挙げています。一方、日本にも優れたものづくりの力を持った企業が数多く存在するにもかかわらず、その多くが低収益に苦しんでいます。なぜ、このような違いが生じているのでしょうか。その理由は、多くの日本企業が依然として「機能的価値」のみを重視したものづくりをしているからです。

機能的価値とは、商品の技術的な数字や仕様によって表せる価値のことです。従来、製造業がつくり出す価値は、機能的価値が主体でした。しかし、過去20年の間に、2つの大きな変化が起きました。第1に、主にエレクトロニクス産業を中心に、モジュール化や標準化が進んだことで新規参入が容易になったことです。商品の仕様や機能の高さだけでは、すぐに他社に模倣されてしまい、差別化ができなくなりました。機能的価値だけでは、過当競争にさらされ、利益に結びつきにくくなったのです。

第2に、顧客が求める価値が高度化したことです。それは、カタログに書かれた仕様や機能を超え、顧客が実際に使用する際に生まれる価値です。消費財であれば、使いやすさやデザインなど、感性や情緒に訴える価値、生産財であれば、顧客企業のソリューション(問題解決)に結びつく価値です。このような価値を、機能的価値と対比して「意味的価値」と呼んでいます。機能的価値が数字や仕様で客観的に表せる価値(形式知)であるのに対して、意味的価値は、顧客が主観的に意味づける価値(暗黙知)です。

■iPhoneの「使いやすさ」とは

この2つの変化により、現在は製造業にとって、機能的価値よりも意味的価値の創出が重要になっています。アップルやダイソンは、この意味的価値を創出することによって、高い商品競争力を維持しています。それに対して、多くの日本企業はいまだに機能的価値にとらわれているため、高業績に結びつかないのです。

象徴的な例がスマートフォンです。iPhoneと競合商品を機能だけで比較した場合、iPhoneでなければできないことはほとんどありません。むしろ、以前は日本製の商品のほうが、防水やテレビ、非接触ICカードなどが搭載され高機能でした。それでも、他社製品より高価なiPhoneが売れるのは、ストレスなく気持ちいい使いやすさや、美しいデザインなどに、消費者が価格差以上の価値を感じているからです。こうした価値は、カタログで表される機能や仕様ではわかりません。

日本でも、アップルやダイソンと同様に高い顧客価値を生み出しているのが自動車産業です。自動車はスペックだけでなく、デザインや品質感、操安性など顧客の主観的な好みが重要です。そのため、日本の自動車メーカーは早くから意味的価値の創出に取り組み、高い国際競争力を維持してきました。

ここまで意味的価値の重要性について述べましたが、大切なのは、機能的価値と意味的価値を融合した、相乗効果としての価値づくりです。例えばiPhoneは、アルミを削り出したユニボディの美しいデザインだけが重要なわけではありません。商品コンセプトやユーザビリティ、機能などを含めた、統合的な価値として高く評価されています。このような、機能的価値と意味的価値を統合した価値づくりをいかに行うかが、日本の製造業が競争力を取り戻すためのカギと言えます。

■問題提起は新たな価値を探索すること

消費財において、機能的価値と意味的価値の統合的価値を考えるための枠組みが、SEDA(シーダ)モデルです。図のように、サイエンス(Science)、エンジニアリング(Engineering)、デザイン(Design)、アート(Art)の4つの視点から構想します。横軸は機能的価値と意味的価値の対比で、縦軸は問題解決と問題提起で分類します。問題解決が既存の知識を活用・深化させることであるのに対して、問題提起は新たな価値を探索することです。長期的な競争力に結びつけるには、目前の問題解決だけでなく、新たな価値を探索することが重要です。

この2つの軸により、機能的価値の問題解決がエンジニアリングで問題提起がサイエンス、意味的価値の問題解決がデザインで問題提起がアートと位置づけられます。デザインとアートの違いは、顧客の主観的な要望までも理解し、商品に反映させるのがデザインで、顧客が意味づける内容の新たな提案がアートです。

顧客価値の高い商品を生み出すには、これら4つを統合した価値の創出が求められます。第1に、サイエンスとエンジニアリングによって実現される機能的価値と、アートとデザインが貢献する意味的価値を融合させなければなりません。第2に、商品として具体的な問題を解決するエンジニアリングとデザインに加えて、問題提起を担うサイエンスとアートとの間でも融合的に価値を創出することが理想です。

なかでも、商品の成功において必要条件と言えるのが、エンジニアリングとデザインの統合的価値です。2つを融合させることで、消費者がその商品を所有し、使用する際の満足度や喜び(ユーザーエクスペリエンス=UX)が高まります。

■エンジニアとデザイナーが一体となるには

アップルは、創立当初からエンジニアリングとデザインを統合しUXの向上に取り組んできました。1983年に、一般向けのパソコンに初めてマウスを使ったグラフィカル・ユーザー・インターフェース(GUI)を導入し、使いやすさを劇的に向上させました。その姿勢はiPhoneにも受け継がれています。また、創業者のスティーブ・ジョブズはアートへのこだわりが強く、独自の信念をもとに、常に新たな価値を提案し、競合商品とは一線を画してきました。

ダイソンも、エンジニアリングとデザインの統合に独自のアプローチで取り組んできた企業です。統合的価値を創出するにはエンジニアとデザイナーの共創が必要です。しかし、客観的な視点から理詰めで考えるエンジニアと、人間の主観的な感性を重んじるデザイナーでは、問題解決の方法が異なるため、共創は容易ではありません。この問題を解消するため、同社では商品開発に取り組む主要な技術者の多くを、デザインとエンジニアリング両方の教育を受けた「デザインエンジニア」にすることによって、使いやすく見た目もいい商品の開発に成功しています。

■「魂動」のデザイン哲学を追求

日本企業において、SEDAモデルによる統合的価値づくりを実践して成功しているのがマツダです。意味的価値を重視し、エンジニアとデザイナーが一体となって商品開発に取り組んでいます。さらに、サイエンス領域では従来の常識にとらわれない画期的なエンジン(スカイアクティブ)を開発、アート領域では生命感を感じさせる「魂動」のデザイン哲学を追求し、高い顧客価値を実現しています。

このような統合的価値を創出するには、基礎研究から設計開発、製造、デザイン、マーケティング、営業まで、すべての分野が共創することが求められます。かつて、日本の製造企業は設計開発と生産技術をうまく統合させることで、生産性や品質において国際的な競争優位を誇りました。こうした機能的組織の壁を越えた協業を、今後はエンジニアリングとデザイン、さらにはマーケティングや営業との間でも進めていく必要があります。同時に、意味的価値を含めた統合的価値を創出できる人材の育成・登用や、その価値を評価・意思決定できる文化の構築も求められます。また、教育のあり方も見直すべきでしょう。根強く存在する理系と文系の垣根を取り払い、エンジニアリングとデザインの両方を学べるような環境が求められます。

(一橋大学イノベーション研究センター センター長 教授 延岡 健太郎 構成=増田忠英 写真=時事通信フォト)