タワマン住民が抱く劣等感と寿命の"相関"

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収入が高い人は都心部のタワーマンションなど、とかく高地価の“一等地”に住みたがる。しかし、その選択は自らの寿命を短くしてしまう可能性もある。その理由とは何か。

■「財産が害を生み、災いを招く媒介になる」

前回は、人の「命の体感時間」について「ジャネーの法則」をもとにお話しました。

この法則は、生涯のある時期における時間の心理的長さは年齢の逆数に比例する(年齢に反比例)というもの。これに従えば、人の「5歳から20歳」の期間と、「20歳から80歳」の期間の心理的な体感時間は等しい。つまり、人間は体感時間的に20歳までで人生の半分を終えているという内容でした。(参考:富裕層が人生を"積分"「もう蓄財やめた」http://president.jp/articles/-/22136)

この「衝撃的な事実」を知り、僕はお金の使い方・扱い方について考え直さざるをえませんでした。

永遠に腐ることのない「お金」とは異なり、人間はいずれ朽ち果てる肉体を持つはかない存在です。にもかかわらず、人は昔も今も、お金に執着します。「徒然草第38段」にはこうあります。

<名利に使はれて、閑かなる暇なく、一生を苦しむるこそ、愚かなれ。財多ければ、身を守るにまどし。害を賈ひ累を招く媒なり。(中略)大きなる車、肥えたる馬、金玉の飾りも、心あらん人は、うたて、愚かなりとぞ見るべき。金は山に棄て、玉は淵に投ぐべし。利に惑ふは、すぐれて愚かなる人なり>

文献を参考に私なりに意訳すると、こうなります。

<名誉や利益を得ることに追われて心休まる暇もなく一生を苦しむのは愚かだ。財産が多いと、そちらに気が行って自分の身を守ることにおろそかになる。財産が害を生み、災いを招く媒介になることもある。大きな車、立派な馬、宝飾品も理解ある人は愚かだと見るだろう。お金は山に捨て、宝飾品は川に投げるべきだ。お金・利益に惑うのは大変愚かな人だ>

▼人生は短い。お金をただ貯めるだけでは意味がない

「大きな車」「立派な馬」「宝飾品」といった“財産”。これらは、以前紹介したコーネル大学ジョンソンスクール教授のロバート・フランクが言う「地位財」**と言えるでしょう。所有すれば優越感を得られるでしょうが、こうしたモノに一生意識を向け、お金を投じていてはいけません。

**地位財=他人との比較優位によってはじめて価値の生まれるもの(例:所得、社会的地位、車、家など)

なぜなら、徒然草が言うようにそうした“財産”はかえって、「害を生み、災いを招く媒介になることもある」からであり、「名誉や利益を得ることに追われて心休まる暇もなく一生を苦しむのは愚か」だからです。しかも、前述したように、年を重ねるほどに人に残された命(体感時間)はすごいスピードで減っていくのです。前述の法則によれば、現在47歳の僕はすでに人生の8割を経過していることになります(人生80年として)。仮に、使い切れないほどお金や財産を所有していても、ほとんど意味がありません。

■死は平等だが、寿命には貧富の差がある

では、何に意識を向けてお金を投じるべきか。

それは、自分にとっての「本当の幸福」です。先述した「地位財」と対比していえば、「非地位財***」にこそ目を向けるべきなのです。

***非地位財=他人が何を持っているかどうかとは関係なく、それ自体に価値があり喜びを得ることができるもの(例:休暇、愛情、健康、自由、自主性、社会への帰属意識、良質な環境など)

以上を踏まえて今回は、体感時間ではなく人生の「物理的な時間」について、どう対処すべきか考えてみましょう。

しばしば「貧富や身分の違いはあっても誰にでも死は平等に訪れる」と言われます。本当でしょうか? 確かに死は平等ですが、寿命(いつ死ぬか)は貧富の差と関連があると僕には感じられます。調べてみると、やはりその通りでした。

スタンフォード大学のChetty Rとハーバード大学のCutler Dらは、収入と寿命の関係について2016年4月に『The Journal of the American Medical Association(略称:JAMA)』(米国医師会雑誌)に発表しました。

Chettyらは1999年から2014年までのアメリカの14億人分の納税記録を収入データとして使い、死亡データは社会保障局の死亡記録を使って収入と寿命の関係について調べました。(参考:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27063997)

▼収入が多ければ寿命は延びる

膨大な数の調査を分析すると、世帯収入が上がるにつれて寿命が延びていることがわかりました。以前の原稿で、「収入と幸福度の関係」について、ある一定の所得にまで上昇すると「幸福度の上がり方はゼロになる」というノーベル経済学賞受賞者プリンストン大学のダニエル・カーネマン教授の研究を紹介しました。収入が上がっても幸福度が“停滞”する時期がやってくるのです。(参考:あ然!低所得者と富裕層の「1」はこんなに違うhttp://president.jp/articles/-/21883)

しかし、「収入と寿命の関係」について言えば、世帯収入をパーセンタイル(全体を100として小さいほうから数えて何番目になるのかを示す数値)で取った場合の上位40%にあたる7万4000ドルを超えても、上位20%の11万5000ドルになっても寿命は延び続け、収入階層最上位の200万ドルまで寿命は直線的に延び、頭打ちは生じませんでした(参考:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4866586/figure/F2/)

男女ともに、収入が高い人は低い人に比べて長寿なのは明らかでした。収入上位1%は下位1%より男性で14.6年長生き、女性で10.1年長生きでした。また、通常女性のほうが男性より寿命は長いものですが、収入が上がるにつれて「男女の余命の差」は縮まっていました。

■「教育年数が短い人」「所得が少ない人」は死亡リスク1.5〜2倍

こうした結果から「人の命はお金で買えない」という“定説”は必ずしも正しいとは言えなさそうです。ただし、「何にお金を使えば寿命が延びるか」については慎重に考えていく必要がありますが。

また、この収入の差による平均余命の格差は、時系列で追ってみると年を追うごとに拡大傾向にあります。2001年から2014年で見ると、男性の場合、収入階層上位25%の年間の平均余命の延びが0.20年であったのに対して、下位25%のそれは0.08年。女性の場合、収入階層上位25%の年間の平均余命の延びが0.23年であったのに対して、下位25%のそれは0.10年と収入階層の高い人のほうが男女ともに平均余命の伸びが大きく、収入による寿命の格差は拡大傾向にあると言えます(参考:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4866586/figure/F3/)

Chettyらが、収入階層下位25%が“短命”であることについて、相関関係があると判断できたのは「喫煙、肥満などの保健行動(健康を維持・向上するためにとる行動)など」で、相関しないと結論づけたのは、「医療へのアクセス、環境汚染、収入の格差(ジニ係数)、社会的つながり、労働市場の状況など」でした。

日本での実証データについても見てみましょう。

2009年〜2013年度の文部科学省科学研究費による新学術領域研究をまとめたレポート(日本の「健康社会格差」の実態を知ろう)の概要は次のようなものです。

http://mental.m.u-tokyo.ac.jp/sdh/pdf/messagetopeople.pdf
・教育年数が短い人は教育年数が長い人より死亡リスクが1.5倍高い
・所得が少ない人は所得が多い人より死亡リスクが2倍近く高い

▼劣等感(相対的剝奪感)が健康をむしばむ可能性

学歴、職業、所得など社会経済的地位が高い人は長生きして、そうでない人は不健康で短命な人が多くなる傾向を「健康格差」と呼び、この原因について研究が始まっています。

レポートでは、なぜ学歴や所得と健康状態が関係するかについて、いくつかの仮説をあげていますが、その中に「相対的剝奪仮説」というものがでてきます。他人と比べて自分は豊かでないという劣等感(相対的剝奪感)は、現実に健康をむしばむ可能性があるという仮説です。

たとえば慢性的なストレスは、ホルモン分泌や自律神経のバランスを崩し、脳の構造や機能を変えます。また同時に、健康に悪い生活習慣をあらためることが難しくなり、酒やたばこなどの嗜好品への依存を続けてしまうリスクがあります。その慢性的なストレスの原因のひとつが劣等感(相対的剝奪感)なのではないかということです。

■住む場所を間違えると、ストレスで短命化する可能性

劣等感(相対的剝奪感)が慢性的ストレスを作り出し、健康を害し、結果的に短命化をもたらす。では、この劣等感は何が原因で生じるのか。

以下に紹介する調査は直接的な健康問題から少し話がそれますが、人が劣等感や優越感を抱くメカニズムを知ることができます。

バーモント大学経済学部アソシエイトプロフェッサーのサラ・ソルニックと、ハーバード大学公衆衛生大学院教授のデビッド・ヘメンウェイは、ハーバード大学の学生と職員に、下記のような質問をしました(参考:高収入でも「他人の幸福は飯がまずい」人は富裕層になれない http://president.jp/articles/-/20185)。

Q:下記の2つの世界が存在するとしてどちらの世界を選ぶか?
(1)自分は収入が5万ドルで他のすべての人は収入が2万5000ドルの世界
(2)自分は収入が10万ドルで他のすべての人は収入が20万ドルの世界

結果は、56%の学生が(1)を選びました。仮に、人が単にお金持ちになりたいのなら、(1)と(2)から選ぶ場合、絶対額の多い(2)を選んでもいいように思います。ところが、(1)を選ぶというのは、人がたとえ絶対的収入が減っても相対的収入(周囲と比べての収入)を重視しているということを示しています。つまり、「人はお金持ちになりたいのではなく、他人よりお金持ちでいたいだけだ」という傾向が見てとれたのです。

▼タワマンや一等地に住む住居費は「死に金」になるのか

人は本能的に優越感を感じたい。そして、劣等感を感じたくない。

他人より収入が少ないことは、劣等感のひとつと言えるかもしれません。そこで、人によっては劣等感を抱きにくくなるようにお金の使い方を工夫をします。たとえば、住む場所です。自分より高い収入の人々が住むエリアではなく、自分より低い収入層が多くいるエリアに住む。自分が周囲より低いと、それがストレスの原因になる場合がある。だから、そんな環境を避けて、相対的に優位な環境(劣等感を抱かない家賃の低いエリア)を選ぶことによってストレスを軽減して自己防衛している人もいるかもしれません。

そうした選択が、物理的な命の長さにつながっている可能性もあります。逆に言えば、一等地に住む「顕示的消費」をして高い住居費を支払っているにもかかわらず、次第に周囲の高収入層に劣等感を抱き、それが慢性的なストレスになる。悪くすると、それが物理的な命の時間に関わってくるリスクさえある。これでは、せっかくお金を使っても、「ムダ金」「死に金」となってしまいます。

以前、ボストン大学社会学教授のジュリエット.B.ショア教授が、アメリカの大企業で正規雇用者として働く人々(中流階級および中流階級上層)を対象にした調査についてお話しました(参考:「みっともなく生きる」これが富裕層への近道だ http://president.jp/articles/-/16400)。

その調査では、2つの興味深い傾向が判明しました。

(1)自分より貧しい人に囲まれて生活すれば、どんどん豊かになる(お金が貯まる)。
(2)逆に、自分があこがれていたり、こうなりたいと思っていたりする上位集団に囲まれて生活し、そうした集団に無理してついていこうとすると、貯金はどんどん減る。

これによって、貧しい人に囲まれて暮らすことにより、豊かになるということだけではなく、ストレスによる寿命の短縮からも解放されるという側面があることもわかります。

自分に上昇志向があるがゆえ、高収入層の住む都心部のタワーマンションやブランド的な立地に住もうとすることが、実は短命につながるとすれば……。住む場所(住居に関するお金の使い方)については経済問題以上に命の問題として、より慎重になるべきなのかもしれません。

次回は先述の「相対的剝奪感」についてさらに掘り下げていきます。

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(行政書士・不動産投資顧問 金森 重樹)