頭の堅い企業からイノベーションを起こすには?

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コンセプト設計やアイデア出し、プロトタイプの作成、ユーザーテスト──新規事業開発やサービスの改良には、いくつものプロセスが存在し、多くの時間とコストを要する。

とりわけ、日本の企業はアクションを起こすまでに時間がかかってしまう。何度も議論を重ねでアイデアを決め、上司の許可を得る。そこから、ようやくプロジェクトが動き出すため、結果的に検証まで数週間から数カ月経ってしまっていた……。こうしたケースがよく起こる。

新規事業開発やサービスの改良をスピーディーに進めるフレームワークがある。それが「SPRINT(以下、スプリント)」だ。これまで、GmailやGoogle Chromeといったサービスの新規開発や改良に使われてきた。

たった5日間でプロトタイプを構築し、テストする

スプリントとは、コンセプト設計やアイデア出し、プロトタイプの作成、ユーザーテストといった新規事業開発やサービスの改良における開発プロセスを、1週間でやり遂げるというもの。チームに参加する最大7人。メンバーを決め、彼らのスケジュールを1週間分、確保してもらう。

スプリントによる開発に集中するため、通常の業務は行わない。PCやスマートフォン、タブレットといったデバイスも持ち込み禁止だ。

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月曜日はまず、このプロジェクトを通して、どんな課題を解決したいのか、長期的な目標を定める。

火曜日は、月曜日に決めたものを軸にアイデアを発散させる。ただし、ブレーンストーミングは行わず、メンバーがそれぞれアイデアをスケッチしていく。

水曜日はどのアイデアを試すのか、意思決定を行う。先入観や固定観念でアイデアが選ばれないように、アイデアは匿名で掲示し、タイマーをセット。限られた時間内で評価していく。

木曜日は、水曜日に決めたアイデアのプロトタイプをつくる。そして金曜日は、ターゲットに近しいユーザー5名にプロトタイプを見せながら、質問を投げかけつつ、反応を観察する。こうして1週間の間に全てのプロセスを終えることで、素早くフィードバックが得られ、実際に形にしていくかどうかが決められる、というわけだ。

米国ではフェイスブックやエアビーアンドビー、スラックといった革新的なサービスを生み出す企業で、このスプリントが活用されている。ただし、米国の環境とは異なる日本の企業でスプリントは導入、活用されるのか。

今回、スプリントの生みの親である、元GV(グーグル・ベンチャーズ)のデザインパートナーのジェイク・ナップ氏に話を伺った。聞き手はgrooves代表取締役 池見幸浩氏。

大きな企業からムーブメントを起こしていく

──イノベーションを生むための考え方として、日本では「リーン・スタートアップ」や「デザイン・シンキング」を取り入れる企業も増えています。スプリントは、この2つの考え方とどのような違いがありますか?

ジェイク:リーン・スタートアップもデザイン・シンキングも素晴らしい考え方で、新しいアイデアを効率的に生み出すという点では共通しています。スプリントは、これら2つの考え方をより実践しやすくするプロセスの一つだと考えています。

開発の現場でよく耳にするのは、リーン・スタートアップやデザイン・シンキングを実践するのが難しいということ。スプリントは、開発の現場で実践しやすいように設計しています。

──スプリントは日本の大企業にこそ、有益なフレームワークだと思いました。ただし、日本の大企業、特に古い業界では新しいものを受け入れない、という風潮があります。どうすれば、旧態依然とした大企業でもスプリントが活用されると思いますか?

ジェイク:企業の経営層や幹部から、「スプリントっていう良いフレームワークがあるから使ってみてよ」と言われれば、あっという間に全社的に活用されると思います。ただし、現実はそう簡単ではありません。まずは小さなチームで試験的に活用していき、少しずつ価値を感じてもらいながら、全社的な活用につながっていくパターンが多いようです。

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──アメリカの大企業での活用事例はありますか。

ジェイク:プルデンシャル生命保険やKLMオランダ航空など、大企業でスプリントを活用してくれるケースも増えています。事例は「Sprint Stories」というサイトにまとめています。

──現在、groovesでは日本国内の地方銀行とアライアンスを組み、優秀な人材を地方の企業に紹介する取り組みを進めています。実際に地方を訪れてみると、そこには優秀な人たちがたくさんいます。彼らがスプリントのことを知り、効率よく働いていけば、日本ももっと面白くなると思うのですが、どうやってITリテラシーがそれほど高くない人、テックエリートではない人たちに広めていけばいいでしょうか?

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ジェイク:このフレームワークがアメリカで広まっていったのは、グーグルで始まったことが大きな要因だと思っています。世界的にも尊敬されていて、多くの人が関心を持っている会社が活用している。そしてそこから、GmailやGoogle Chromeといったサービスが生まれました。

日本の場合、ソフトバンクや任天堂など国内で尊敬されている会社がスプリントを導入し、成果を挙げていけば、普及していくでしょう。地方銀行は、その地方では有名な企業ですから、そこでの活用が進めば、地方にも広まっていくと思います。ぜひ、池見さん、布教活動をよろしくお願いします(笑)。

導入・活用のポイントは「タイミング」

──大企業や地方の企業がスプリントを導入、活用する際に何か気をつけるべきポイントはありますか?

ジェイク:スプリントは月曜日、火曜日にあらゆるソリューションを検討し、水曜日にチームとして良い判断を下していく。そういう仕組みです。ハイテクなものは一切いりません。コンピューターをつけることなく、スプリントを実践できるのです。注意しなければいけないポイントはありません。

唯一、ユーザーテストをするときに、スカイプなどのオンライン通話サービスを使うかどうか迷うところですが、おそらくやり方はあるはずです。

例えば、「Sprint Stories」にこんな事例があります。イギリスの町役場で書類を提出しに来る人が、試作品として置いてある機械をどう使うか検証する際、彼らはビデオでユーザーの行動を見る代わりに、役所で新聞を読むふりをしながらモニタリングしていたんです。デジタル機器を一切使わなくとも、スプリントを最後まで実行する方法はあると思います。

──スプリントは5日間連続でチームメンバー全員の時間を確保しなければならないと本に書かれています。これを実行するのはとても難しいと思うのですが、どうやってメンバーを説得すべきですか?

ジェイク:タイミングが重要です。現在、携わっているプロジェクトの最終段階に差しかかっているタイミングで、全員の作業を止めてしまうのはよくありません。しかし、プロジェクト初期段階でメンバーに「ここで5日間確保すれば、6カ月、1年分の仕事をしたことになる」と説明してみてください。

自分自身、初めてスプリントを活用したときは、そうやって周りを説得しました。1回経験してしまえば、2回目以降は受け入れてもらいやすいです。

──日本では、仕事の生産性をあげていくことが大企業、地方企業を含めて大きな課題となっています。スプリントは生産性を上げていくために、とても有効な手段だと思うのですが、ジェイクさん自身はスプリントの本質的な価値はどこにあるとお考えですか。

ジェイク:多くの人が生産性というものについて、カルト的な信念を持っているように感じます。もっと生産性をあげなければいけない、もっと色々なことやらないといけない……自分自身もその意識を持ちながら、長い間仕事をしてきました。でも、数年前に何か大事なものが抜けているんじゃないか、と思ったんです。

会社で一番重要な仕事ができているわけでもない。無駄な作業が多く、自分の時間が奪われていっている。だからこそ、今取り組んでいるものを効率よく行い、最高の結果を出せるようにしよう、と。そのために生まれたのがスプリントです。

何でもやれるようになろうと考えるのではなく、1日1つのことを最高のクオリティに高める。スプリントは、そのための最適なツールなのです。

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ジェイク・ナップ◎元GV(旧グーグル・ベンチャーズ)のデザインパートナー。グーグルにて、革新的な開発プロセスであるスプリントを考案、命名、GVではそのメソッドを改良し、完成させた。スプリントの生みの親。同メソッドは、Facebookやマッキンゼー・アンド・カンパニー、Airbnbなどの企業、コロンビア大学などの教育現場の他、政府機関や非営利団体で使われるようになった。ジェイク自身、100回以上のスプリントを行なっている。現在、世界で最も背の高いデザイナーの一人である。『SPRINT 最速仕事術――あらゆる仕事がうまくいく最も合理的な方法』(ダイヤモンド社刊)

池見幸浩◎grooves代表取締役。1977年生まれ。関西外国語大学卒業後、大手ITベンチャーで会長室、内部監査室長など歴任し、その後上場企業のオーナー系資産管理会社にて就業。経営ノウハウを学んだ後、2004年株式会社groovesを設立。以降HR×Technologyを中心に求人情報流通システム「クラウドエージェント」の運営やHRTech研究所の創設、エンジニア向けスキルDB「Forkwell」などをHR領域で様々な事業を展開。