すっかり一般化した鉄道趣味界で
細部に特化したスペシャリストが出現


「乗り鉄」「撮り鉄」「女子鉄」「呑み鉄」など、ここ4〜5年のあいだに、鉄道をこよなく愛する趣味が、確実に市民権を得た。かつては、「鉄ちゃん」というと、オタクの代表的存在として見られ、「『鉄(てつ)』であることを明かさず生きる」日陰者然としたオーラを発散していたのだ。
テレビ、雑誌、インターネットなどのメディアで「鉄ドル(鉄道アイドル)」や「ママ鉄」が台頭してきたのと同タイミングで、鉄道趣味を題材としたテレビ番組や雑誌特集、ドラマなどが組まれるようになり、「鉄オタ」も誰はばかることなく街を歩けるようになったという。

鉄道趣味が一般的なホビーとなり、エッジがとれた一方で、極度に先鋭化したスペシャリストが登場している。「保安装置」「車両運用」「非電化」「甲種輸送」「配給回送」などに執着を燃やすヘビーユーザーである。鉄道に興味をしめさない一般層「非鉄(ひてつ)」にしてみれば、「ATS? 甲種? 配給? ナニそれ?」といったところ。「知らなくていいかも」と一蹴されること間違いなしである。

ここ最近は、万人受けする「鉄トピ(鉄道トピックス)」と、玄人(くろうと)受けする「鉄トピ」の、ふたつの流れが見られる。玄人受けする話題に、「にわか鉄」や「これから鉄」が意外なほど惹きつけられるというトレンドも顕著。その一例を探った。

国内の全路線を乗りつくした猛者(もさ)が
高みを求めて非正規「鉄物件」を行脚


©西崎さいき

 

「国内には、1,000カ所を超える『非正規の乗降施設』が点在する。

かつて、JR埼京線(赤羽線)板橋駅では、貨物列車が行きかう姿が見られた。セメント工場や倉庫が駅の南側にあった関係で、貨物列車が発着できる引き込み線と駅が存在していた。いま、そのセメント工場や、倉庫の跡地にはマンションなどが建っている。

歴史に埋もれてしまった非正規乗降施設の現役当時の写真と、現状を照合していく作業はじつにたのしい。橋脚やトンネルなど、現役当時の痕跡が残る廃駅や廃線跡も数多く、このような施設をめぐって散策するのは、日ごろの憂さを晴らしてくれ、まさに至福のひととき」
(非正規施設スペシャリスト)  

細分化、スペシャリスト化していく鉄道趣味の世界で、注目されているカテゴリーのひとつに、「地図にない鉄道施設を追う」というたのしみ方がある。「非鉄」にとっては、思わず後ずさりしてしまいそうな話だが、「鉄」のなかにはヨダレがとまらなくなる者もいるのだ。

時刻表や地図に載っていない線路や駅といった特殊物件を、ひたすら追いかける「鉄」である。「貨物線」(原則として旅客列車が乗り入れない貨物列車の専用路線)や「引き込み線」(貨物輸送や車両輸送のために鉄道路線から分岐する形で設置された非旅客路線)、「信号場」(信号施設と分機器で構成される鉄道施設)や「臨時駅」(特定の季節、期間のみ営業する駅)、「仮乗降場」(地域住民の利便性を確保するために地方の鉄道管理局の裁量で設置された簡易な駅)といった「鉄物件」が興味の対象なのだ。

「非正規の乗降施設」を追いかけるスペシャリストに共通するのは、時刻表に掲載されている鉄道路線をすべて乗りつくす鉄道界屈指の荒行(あらぎょう)こと「全線完乗」達成者が多い点。
国内の鉄道全路線を踏破し、高みを求めて、「地図にない線路や駅もすべて訪ねてみたい」との超人的な欲求を抑えきれなくなってしまうものらしい。非正規施設スペシャリストのひとりは、「時刻表や地図に掲載されていない『幻の鉄道施設』を聖地巡礼するのが、いまアツい」と話す。

 

非正規鉄物件のスペシャリストが語る
地図にない駅のつきない魅力


「知られざる乗降施設である『信号場』『臨時駅』『仮乗降場』など、『地図にない駅』を紹介する本邦初のコンプリートガイド」である宝島社新書『カラー版 地図にない駅』の監修者、牛山隆信氏は、非正規施設を巡礼する魅力について語る。

「もともと、クルマでは乗り入れることができないような山奥の『秘境駅』を探訪しているうちに、人目につかず、打ち捨てられたような鉄道施設に対して興味がわきあがってきました」
(牛山氏)

地図や時刻表に載っていない「鉄物件」を訪れる旅で、「この写真に記録されているように、北海道には駅舎ばかりか、ホームまでもが板張りの簡素な施設が多数あります。どれも味わい深く、わびさびを感じさせて魅力的なんです」とのこと。

途中であきらめることなく、ここまで読んでしまったアナタは、非正規「鉄物件」を探訪する素質の持ち主かもしれない。ひとりでも、グループでもたのしめる非正規「鉄物件」をめぐるブームのビッグウエーブは、もうそこまで来ている。

『カラー版 地図にない駅』