世界的に他の追随を許さない人気ナンバーワンスポーツと言えば、サッカーになると思うが、個人競技ではどうだろうか。五輪種目に照らすなら、陸上の男子100mだろう。正直、金メダルの価値はこの種目が一番重い。そこで日本人は10秒を切るか否かのラインで、桐生祥秀選手など何人かがしのぎを削っている。9秒台の誕生はスポーツ史に刻まれる画期的な話になるだろうが、個人競技ではゴルフ、テニスもこれに匹敵する価値があると思う。それぞれの4大メジャーを制覇することも、スポーツ史に名を刻まれるべき快挙になる。

 先日、全米オープンで2位タイに入った松山英樹選手は、そうした意味で本当に惜しかった。いつメジャー大会を制してもおかしくない。そう言いたくなるぐらいハイレベル、いいコンディションにある。本当に強そうに見える。世界ランクはこれで2位に上昇。テニスの錦織圭(6月19日現在9位)を、凌駕する存在と言ってもいい。

 日本一のスーパースター。そうした言い方に説得力を覚えずにはいられない。ところが、その割に松山は口数が少ない。大きな身体を持てあますような、控え目な態度が目に止まる。

 実力の割に控え目。垢抜けているとはいえないその地味な振る舞いを、物足りなく感じている人はいるはずだ。人前に出て、もっと明るく、ゴルフ界を盛り上げるために、広告塔として社交的に振る舞って欲しいと願うゴルフの業界人は多いに違いない。ゴルフの世界に詳しい人曰く「口数は一頃に比べれば、ずいぶん多くなった」そうだが、それは、昔のお相撲さんをイメージさせる「気は優しくて力持ち」的な、いま時の選手とは一線を画す、とびきり新鮮な存在に見える。

 ホームページやブログは見当たらないし、SNS等も積極的に利用している様子はない(キチンと調べたわけではないが)。松山はひたすら寡黙を貫いているが、そうした世間やメディアと距離を置いた状態で、トップが目前の2位の座にまでのし上がると、逆に凄みを覚える。特別感、カリスマ性が急速に芽生えてくる。その非今日的というべき振る舞いが、むしろ痛快で貴いものに見える。ひたすら競技に没頭する、嘘偽りのない本物の中の本物。広告的価値は、むしろ思い切りハネ上がったのではないか。従来のスーパースター像を覆した状態にあるのが、現在の松山だ。

 一方、日本のスポーツ界では、選手として注目される存在になるや、直ちに人が集まってくる。芸能界の匂いをプンプンさせた非スポーツ的な人たちも、その中には含まれる。選手は、選手としての道を究めつつ、それっぽい事務所に所属しながら、商品価値を高めてゆく。それがスポーツ選手のスタンダードになっている。イメージを大切にしながら世間と積極的に繋がろうとする。SNS等を駆使し、特段プレーとは関係ない何かを発信したり、またメディアを利用しながら、その価値を高めようとする。サッカー界も例外ではない。

 成績が、右肩上がりにあるうちはいいが、将来が確約されていないのがスポーツだ。芸能界の浮き沈みも激しいが、スポーツ界、サッカー界はそれ以上。ちょっとした怪我で、成績は簡単に落ちる。代表から外されたり、ベンチ要員に転落する。群がっていた人も、それに伴い数を減らす。頼るべきは選手としての自分自身。プレイそのものだ。そこに100%没頭する環境が用意されているのか。辻褄が合わなくなってきた選手を見るのは辛い。プレイより、SNSで発した文言の方が、注目を集めがちな選手とか。

 久保建英選手のことも、つい心配になるが、環境を巡る問題は、選手に限った話ではない。業界全体に蔓延している。例えばホーム戦過多の現象。親善試合にアウェー戦がほぼ存在しない理由は、商売上の都合と少なからぬ関係がある。興業はホーム戦では成立するが、アウェー戦では成立しにくい。2013年11月からかれこれ4年近くアウェー戦が行われていない現実に、強化ありきというより興業ありきの姿勢を垣間見ることが出来る。