ヒップホップ界って男性社会だから、なめられたくないって思ってた。YURIKAの原動力

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行動を起こす源──。それが原動力。

世間からは「なんで?」と思われることでも、本人に聞くときちんと理由がある。そんな個人の「原動力」に迫ります。

──いつごろからラップを始めたの?

「大学から。私、生まれも育ちも都内で、中高女子校だったんだよね。もう女子校に飽きちゃって。それで、横浜にある共学の大学に入ったの。横浜って楽しそうだったし」

──環境ががらっと変わったんだね。

「商業系の大学だったから、同級生はほとんど男の子。そのなかで、ヒップホップが好きだったり、地方でDJやってたりっていう子たちがいて、仲良くなったの。

その当時『ASAYAN』っていうテレビ番組に姉妹のラッパー『Heartsdales(ハーツデイルズ)』が出てたんだけど、すごくかっこよくて。ある日、みんなでカラオケ行ったときに歌ってみたんだ。そしたら案外うまく歌えて。『あ、これはイケるな』って思った(笑)。それからみんなでラップやろうよってなったんだよね」

──それがラップを始めたきっかけなんだね。

「みんなでお金出し合って録音機材を買って、曲を作ってた。そのころ関内に『NINE』っていうクラブがあって、そこにみんなで行って音源をオーガナイザーに渡したんだ。そしたら『出てみない?』ってなって。そこで出たのが私の初ステージ」

──すごい。トントン拍子。

「始まりはラフだった。女性ひとりじゃなかなかラップ始めようってならないけど、まわりの仲間がいたおかげで、初めの一歩を踏み出せた感じかな」

──たしかに仲間となら心強いね。

「それ以来、横浜でちょこちょこイベントしてた。みんな割と横浜で出てるほうが多かったんだけど、私はせっかくなら都内でも挑戦したい! って思うようになったんだ。それで、大学卒業するかしないかぐらいのタイミングで、都内のクラブにもよく通うようになったの」

──横浜からの東京進出!

「そんなとき、HIRORONくんっていうDJに出会ったんだ。彼はすごく私のことを評価してくれてたんだけど、そのときの私はまだ一枚もアルバムを出してなかったから、名刺代わりになるものは何もなくて。それなら...ってふたりで作ったのが、ファーストアルバム『The Ordinaries Of Life』。自費制作だった」

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──そこで初めてラッパー・YURIKAが形となって世に出たんだね。

「そう。HIRORONくんは、KEN THE 390(ケンザサンキューマル)さんのバックDJをやってて。その縁もあって、KEN THE 390さんに知ってもらえるようになったの。そのうち、KEN THE 390さんが主催しているイベント『超・ライブへの道』でジェネレーション枠として出してもらうようになって。そこからKEN THE 390さんが立ち上げたレーベル『DREAM BOY』に入らないかって誘ってもらったんだ」

──すごい!

「私が加入したタイミングで、まずはデビューアルバムを作ろうってなって。5日間スタジオにこもって作り続けたから、タイトルは『5DAYS AT THE GAME CENTER』。それでいまにつながってる」

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──ラッパーとしての道を本格的に歩き出したんだね。ラップを始めたときって、まわりの反応はどうだったの?

「親はやっぱり心配してた。深夜でクラブっていったら、良いイメージはないしね。だから、安心させるためにも何か結果を出したいってずっと思ってた。『DREAM BOY』に入って、アルバムを出したり、テレビやラジオに出演したりして、目に見える結果を出すようになったら納得してくれたよ」

──そうなんだ。

「2014年にセカンドアルバム『Adiantum』を作ったタイミングで、初めてワンマンライブをやったんだ。どうせならちゃんとした舞台でたくさんの人に見て欲しいっていう思いがあったから、渋谷にある『Club Asia』を貸し切ったの」

──思い切ったね。どれくらいのキャパシティなの?

「だいたい300人くらいかな。友だちや家族、いろいろな人に声をかけて観にきてもらったよ。ワンマンライブを作り上げるのは、大変な分やりがいもあるから、どうしてもやりたかったんだ。そのときに親も呼んだの。私はここまでやってきたよっていうのを見せたかった。迷惑もかけてきたから恩返しだと思ってね。そしたら、私のライブを観て泣いてて、私までもらい泣きしたの」」

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──きっとすごくうれしかったんだね! ワンマンライブって、やっぱり緊張するの?

「もうちょー緊張! 何か月も前から、何の曲を歌うかとか構成はどうするかを決めなくちゃいけなくて、もうそのときから緊張してた。当日人は入るかな、何人来てくれるかなって、始まる直前までドキドキだよね。こんな大きいところ貸し切ったのに、ガラガラだったらカッコつかないし。一週間前なんてもう死ぬよ。あれは本当想像を絶する」

──結果は?

「おかげさまで成功しました!」

──おめでとうございます! ワンマンライブって、やっぱり緊張する?

「緊張は毎回する。いつも出てるライブでも、人が全然いなくても。やっぱりステージ出ると違う顔になるんだと思う。ヒップホップラッパーってサバサバ強めなイメージなんだけど、本当の私は意外とそうじゃなくて」

──と、いうと?

「私は自己分析でいくと、けっこうやってあげたくなっちゃうタイプ。恋愛体質だし、暇さえあれば会いたいってなるの」

──尽くしたい派だ。

「そう。尽くしたくなっちゃうのがいけないところなんだけど。だから、本当の自分とステージに立ってる"YURIKA"はぜんぜん違う。私の曲をひも解いていくと『YURIKAめっちゃ女子だね!』って言われるもん(笑)」

──その女子な部分は曲にも反映されてるの?

「うん、私の曲は全部実体験に基づいてたり、普段思ってることを書いてる。恋愛って結局は他人同士でしょう? 家族でもない人と価値観を合わせて一緒にいるってすごく大変なわけよ。ストレスも使うし。でも、だからこそいろいろなことを感じられるんだよね。そういう面では、恋愛体質なのも曲につながるからいいなって思う」

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「私、ラップを始めたころは、すごくとんがってたんだ。ゴリゴリ。もうマーダーモード(笑)。なめられたくないっていう反骨心があったんだよね。

その当時、女性ラッパーって本当に少なかったの。すでに活躍してたラッパーのCOMA-CHIさんに似てるねってよく言われてたんだけど、誰かと比べられるのが嫌で、自分だけのオリジナル見つけていかなきゃなって思ってた。それから、海外のラッパーとか勉強してたんだ。そのときにニッキー・ミナージュを知って」

──ニッキーはすごく有名だね。

「彼女ってポップにもいけるし、歌も歌えるし、なのにめちゃくちゃハードなラップを歌う。で、ただのラップじゃなくてすごく表情豊か。私もそういうのがやりたい! って思って、研究していたら、だんだんCOMA-CHIさんと比べられることはなくなったな。

ヒップホップ界って男性社会だから、私はなめられたくないって思ってたの。だから、『女性だってできるから』って気持ちで毎回ステージに出てた」

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──女性ラッパーとして何か悔しい体験したことはある?

「前、ライブするためにクラブに行ったのね。そこで、『飲みに来たのー?』って男の子にナンパされて。『俺これからライブだから見てってよ!』って言ってきたの。女性ラッパーだからって軽視されているのが悔しかった。ちょうどその男の子のあとに私の出番があったから、『こいつに見せたろかー』ってもう燃えたね。結局、私のライブが終わったあとに謝ってきた」

──かっこいい!! 最高だね。じゃあ、女性ラッパーを軽視していた世間の目が変わってきたのは?

「やっぱりファーストアルバム出したときかな。『私ってこういう人間なんだよ』っていうのを表現したら、『YURIKAイケてるね!』って見直されるようになったんだ。そのころから女性ラッパーも増えてきて、世間も注目してくれるようになった。それから悔しい思いをすることはなくなってきたかな」

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──いまは有名な女性ラッパーたくさんいるもんね。やっぱり女性同士仲は良いの?

「MARIAは同じ歳だからよく話すかな。LIPSTORM(リップストーム)は一緒に曲やってるし、仲良くしてもらってる。でも、男性ラッパーとも仲良いよ。音楽って、才能もそうなんだけど、結局大切なのは横のつながり。スキルだけじゃなくて人間性が大事だと思うんだよね。

どんなにかっこいい曲作っていても、性格が悪くてすましてるやつは私はぜんぜん好きじゃない。だったら、その人柄が出てて、普段も中身のある、あったかいやつのほうが一緒に音楽やりたいって思う」

──すごく熱い。そういう仲間を大切にしようっていう思いは昔から強かったの?

「年齢を重ねたっていうのもあるけど、ヒップホップの世界を生きていくうちに、横のつながりを意識するようになったな。人のことを大事にしてると、それが自分に返ってくるの。それは音楽だけじゃなくてね。

親だっていつまでも健康っていう歳じゃなくなってきたし。そうなると、これまでしあわせに育ててきてくれた分、自分もまわりの人たちをしあわせにしていきたくなってきた。いまは、出会った人のことは一生懸命大切にしたいんだ」

[YURIKA Official Site, Twitter, Instagram]

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撮影・取材/グリッティ編集部

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