参院決算委員会で答弁する安倍晋三首相=6月5日、国会内(写真=時事通信フォト)

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通常国会が閉幕した。朝日新聞が社説で「国会の議論が空洞化してしまっている」と指摘する一方、読売新聞は「疑惑の追及ばかりが目立ったのは物足りなかった」と書く。各紙の意見が違うのはいい。しかし、ここまで違うのであれば、国会での議論は不十分だったのではないか。ジャーナリストの沙鴎一歩氏が問う――。

■読売社説は論理のすり替えだ

「通常国会閉幕 疑惑追及だけではもの足りない」。6月19日付読売新聞の社説の見出しだ。冒頭が「重要な法律の成立では成果があったが、疑惑の追及ばかりが目立ったのは物足りなかった」である。

やはり読売社説はどこか変だ。1強独裁の安倍晋三首相が力ずくで「共謀罪法」案の採決を強行したところに民主主義の根幹の問題があるのに、それを棚に上げて「物足りない」国会だという。論理のすり替えではないか。

対する朝日新聞は16日付の社説で共謀罪法の成立を「国会の歴史に重大な汚点を残しての制定である」と鋭く批判し、18日付で大きな1本社説を組み「国会の議論が空洞化してしまっている」と指摘する。

新聞ジャーナリズムには、反骨精神を持って権力を監視する役目がある。それがどうだろうか。読売は安倍政権擁護の御用新聞に成り下がっている。新聞ジャーナリズムの大きな危機である。

■日経でさえ「あまりに強引すぎる」と批判

さて今回は18日に閉幕した国会について各新聞の社説を見ていこう。興味深いのが16日付の日経新聞の社説だ。「最後は多数決で決めるのが国会のルールには違いない」と書き出し、「しかし与党の都合で法案審議の手続きを一部省略し、早期成立にこだわるような手法はあまりに強引すぎる」と手厳しく批判する。

保守的で企業や財界よりの日経が社説でここまで書く。それゆえおもしろいのである。

日経社説は「過去にも委員会採決を経ずに衆参の本会議で採決をした例はある。だがそれは野党が委員長ポストを握っていたり、各党が個々の議員に本会議採決での賛否を委ねたりするケースだった。与党が議事運営の主導権を確保していながら、審議の手続きを省略したのはどう考えてもおかしい」と今回の自民党の参院法務委員会での採決を省略する「中間報告」という手続きを使い、参院本会議で採決して共謀罪法を成立させた経緯のおかしさを明らかにしている。

社説の最後は「政府は今後も閉会中審査などに応じ、さまざまな疑問に丁寧に答えていく必要がある」と締めくくっているが、全くその通りでる。

■「民主主義の基本」とはなにか

もう一度16日付の朝日社説を見てみる。「捜査や刑事裁判にかかわる法案はしばしば深刻な対立を引き起こす。『治安の維持、安全の確保』という要請と、『市民の自由や権利、プライバシーの擁護』という要請とが、真っ向から衝突するからだ」と前置きしてから「2つの価値をどう両立させ、バランスをどこに求めるか」と読み手に考えさせる。

そのうえで「その際大切なのは、見解の異なる人の話も聞き、事実に即して意見を交わし、合意形成をめざす姿勢だ」と指摘する。この朝日の指摘は民主主義の基本であり、そのために国会での議論がある。

それを思うと、共謀罪法の強行採決は異常であった。朝日社説が述べているように「実行されなくとも計画段階から処罰できるようにするという、刑事法の転換につながる法案であるにもかかわらず」、問題が多すぎた。

毎日新聞(18日付)も「議論封じて国会閉鎖 これは議会政治の危機だ」との見出しを掲げ、まず「会期を延長しなかったのは、加計学園問題で、これ以上追及されたくないと首相や与党が考えたからにほかならない」と書く。さらに共謀罪法の審議については、参院法務委員会の採決を省略してまで成立を急いだ。奇策で自ら議論を封じるのは言論の自殺行為だと言っていい」と言い切る。

朝日社説と同様、毎日社説もまさに正論である。

■読売の論説委員のなかにもまっとうな記者がいる?

再び読売社説。16日付紙面で読売は「テロ準備罪成立 凶行を未然に防ぐ努力続けよ」という見出しの1本社説を掲載している。共謀罪法の成立を受けて「安倍首相は『国民の生命、財産を守るため、適切、効果的に運用していきたい』と語った」と書き、こうつなげる。

「犯罪の芽を事前に摘み取り、実行を食い止めることが、テロ対策の要諦である。『既遂』を処罰する日本の刑事法の原則に縛られたままでは、有効な手立てを講じられなければならない。テロ等準備罪が必要とされる所以である」

「摘発の対象となるのは、組織的犯罪集団だ。テロ集団のほか、暴力団、麻薬密売組織、人身売買組織、振り込め詐欺集団などが想定される」

「組織的犯罪集団の構成員や周辺社が、2人以上で重大犯罪を企てる。うち1人でも実行準備行為に走れば、その段階で全員を取り締まることができる。テロ集団の活動を根元から封じるための武器として、改正法を活用したい」

この読売社説もここまではいいだろう。しかし後半で「『一般人も処罰される』という野党の主張は、不安を煽るだけだったといわざるを得ない」「野党は『監視社会になる』とも批判した」「批判は的外れだ」などと主張する。果たして読売社説の通りなのだろうか。それならなぜ、朝日や毎日の社説は正反対の主張をするのか。私(沙鴎一歩)は、もっと時間をかけて国会などで議論する必要があったと思う。

16日読売社説の救いは、最後に続く次のくだりである。

「与党が、参院法務委員会での採決を省略し、審議経過などに関する委員長の『中間報告』で済ませたのは、乱暴な対応だった」「7月に東京都議選を控え、野党が徹底抗戦の構えを取ったため、採決時の騒動を避けようとしたというが、かえって与党の強引な国会運営が印象づけられた」「委員会できちんと結論を得たうえで本会議にかける手続きを踏むのが、本来の国会の姿だ」「18日の会期末が迫っていたが、会期を多少延長することは十分可能だったはずだ」「重要法案だからこそ、もっと丁寧に審議を尽くすことが与党には求められる」

これらの主張は納得できる。御用新聞と批判される読売新聞社の論説委員(議論して社説を書くのは論説委員の仕事)の中にも、ものごとの是非をきちんと判断できる論説委員がいるということなのだろう。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)