アストロズのユリエスキ・グリエル【写真:Getty Images】

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日本の経験がメジャー熱を後押し、“パイナップルヘアー”とハッスルプレーでファンの心を掴む

 快進撃を続けるアストロズの本拠球場ミニッツメイドパークには、週末ともなれば4万人を超えるファンが押し寄せる。51勝111敗でア・リーグ西地区最下位に沈んだ2013年は30球団で4番目に少ない1試合平均約2万人の観客動員だったことを考えれば、この4年でアストロズを取り巻く環境、そしてチームそのものも大きく様変わりした。

 試合前の打撃練習中に子供たちから一際大きな声援を送られる選手がいる。昨季からアストロズ入りした元DeNAのユリエスキ・グリエルだ。「ユリ」の愛称で親しまれるグリエルは、見事なまでに重力に逆らった“パイナップルヘアー”とハッスルプレーで大人気。ファンの呼び掛けやサインのリクエストにも屈託ない笑顔で応じる姿は、おなじみの光景になりつつある。

「目標としていた舞台で、思う存分野球に打ち込めることが幸せなんだ」と笑顔を絶やさないが、かつて“キューバの至宝”と呼ばれたグリエルにとって、ここまでの道のりは決して平坦だったわけではない。2016年2月に遠征先のドミニカ共和国から隣国ハイチへ亡命。同年6月にメジャー球団と契約が可能になる自由契約権を獲得した後、複数球団を対象に個別練習を行い、7月17日にアストロズと5年契約を結んだ。

1年足らずのDeNA在籍も「貴重な経験を積ませてもらった」

 時計の針を少し巻き戻してみよう。2013年にキューバ政府がスポーツ選手の国外派遣を認めたことを受け、翌2014年に巨人にはフレデリク・セペダ、ロッテにはアルフレド・デスパイネ、そしてDeNAにはグリエルがやってきた。5月からの途中入団ながら、62試合に出場して打率.305、11本塁打、30打点の成績。2015年も再びDeNAと再契約したが、結局来日せずに契約解除という後味の悪い去り方をした。

「球団やチームメイト、日本のファンはとても温かく接してくれたので、ああいう形になってしまったのは本当に残念」と声を落とすが、状況が複雑になってしまった原因の1つは、契約の主導権をキューバ政府が握っていたことにあるようだ。2014年にDeNAと契約を結んだ時も「政府の意向が強く働いていた」というが、結果的には「野球選手として貴重な経験を積ませてもらった」と振り返る。

「自分が初めてプロの野球選手としてプレーしたのが日本。意識の高い、激しい競争の中でプレーできたおかげで、日本に行く2年くらい前から興味を持っていたメジャー移籍への想いが強くなったんだ。

 日本でレベルの高いピッチャーと対戦できたことは大きな財産だね。印象に残っている投手は、大谷(日本ハム)、前田(現ドジャース)、則本(楽天)、金子(オリックス)の4人。制球の良さは素晴らしかったし、フォークには本当に手こずらされたよ。それでも、日本の投手をどうやって攻略するか試行錯誤した経験が、メジャーに来てからも確実に生きているって言えるね」

 昨年2月、弟ルルデスと2人、遠征先のドミニカ共和国で、亡命の仲介者に高額な金を支払い、母国を捨て、メジャー移籍の夢を追いかける決意をした。メジャー球団と契約できる権利を得た時点で32歳。選手として旬を過ぎているのでは、という声も正直多かったが、幸い複数球団が獲得に興味を示してくれた。その中で「自分にフィットする」と感じたのが、若手有望株がひしめくアストロズだった。

人気球団、高額条件のオファーも「アストロズを選んで本当によかった」

「人気球団からのオファーやもっと高額なオファーもあったけど、アストロズを選んで本当によかった。このチームの持つ雰囲気や、選手が互いを高め合おうという意識に、いい刺激を受けながら野球をプレーできているんだ。

 もちろん、メジャーでプレーすることは簡単なことじゃない。試合数も遠征も多い中で、コンディショニング管理をすることは難しいし、160キロに達しようかという剛速球に慣れるのにも時間が掛かる。だけど、そういったチャレンジに取り組めることも含めて幸せだと思うんだ」

 メジャー契約を結べたおかげで、両親を亡命させ、アメリカに呼び寄せる高額資金も賄えた。キューバからの移民が多いマイアミに、家族みんなで揃って暮らすという夢のような幸せも実現した。唯一の悩みは、メジャーでは大嫌いな飛行機での移動が日常茶飯事なこと。搭乗前に睡眠導入剤を飲んで熟睡し、恐怖をやり過ごすことに決めているが、手に入れた幸せの代償としては微々たるものに過ぎない。

 キューバ代表として、2004年アテネ五輪では金メダル、2008年北京五輪では銀メダルの成績を獲得。2006年第1回WBCでは準優勝を飾るなど、数々の大舞台を経験してきた。メジャーの頂点を決めるワールドシリーズがどんな舞台なのか、早く経験したい一心で、三塁から一塁へのコンバートも喜んで受けた。

「優勝を狙えるチーム。数年先までトップレベルで戦えるチームだから、楽しみしかないね」

 目標としていた舞台で野球ができる喜びに満面の笑みを浮かべながら、今日もまた、ハッスルプレーで勝利に貢献する。

佐藤直子●文 text by Naoko Sato