離婚は「早いほうが経済的」なのはなぜか
結婚当初はおしどり夫婦。2人での楽しい生活はいつまでも続くと思った――。ところが最近では、えくぼまであばたに見えてくる始末。もう同じ家にいたくない。世間では離婚が増えている。離婚さえすれば、独身時代の自由を取り戻せるのでは……。
2016年1月に発表の人口動態統計では、婚姻件数63万5000組に対し、離婚件数は22万5000組。これだけの夫婦が離婚しているというデータを見ると「離婚して、輝かしい第二の人生のスタートを切るぞ!」と鼻息を荒くする男性もいることだろう。
■裁判は可能な限り回避。離婚するなら協議だ
ところが、現実はそう甘くない。
「離婚したい男性がまず認識しておくべきなのは、基本的に離婚は男性にとって不利だということです」
そう語るのは行政書士であり、男性専門の離婚・家庭問題の専門家でもある吉田重信氏だ。夫は妻に何らかのかたちで金を払う事例がほとんど。というのも離婚時の財産分与は、専業主婦(夫)の内助の功が認められて以降、夫婦で等分するのが原則だからだ。例外はあるが、夫婦の一方が医者や弁護士といった特殊な能力が必要とされるような職業についている場合や、財産が非常に多い場合などに限られる。しかも、妻側に離婚の原因があるようなケースであっても、等分するという結果が変わらないこともある。
それでも離婚に希望を抱くのであれば、話を進めよう。離婚には、4つのやり方がある。夫婦間の話し合いだけで済ませる協議離婚、家庭裁判所に離婚調停を申し立て、調停委員に間に入ってもらう調停離婚、調停が成立する見込みが低いときに、家裁が審判を下す審判離婚、そして家裁での調停が不成立になったのち、一般の裁判所で戦う裁判離婚だ。
吉田氏はこのうち協議離婚が最善の手段であり、裁判所に持ち込むのは得策でないという。それはなぜか。
「弁護士が『勝てます』と言っても、それは、あくまで法律上の勝ちにすぎません。裁判所で下された判決も、法律に基づいた裁判官の価値観による結論でしかない。法的な決着がついたとしても、夫婦の感情面での決着はないがしろにされがちです」(吉田氏)
弁護士や裁判官は、別れたあとのことまで考えてくれるわけではない。もつれたままの感情がネックになり、離婚後のトラブルにつながる危険がある。
たとえば、自分の言い分が聞き入れられなかった元妻が「風邪をひいた」「あなたに会いたがらない」と子どもを会わせようとしないなどという事態は容易に想像できる。だから、感情的な決着をつけるために、当事者同士で話し合ったほうが将来的にプラスになるというのが吉田氏の考えだ。
そのためには、離婚に際して、妻が何を求めているのかを理解しなければいけない。離婚まで事がこじれているのだから、並大抵の苦労ではないだろうが、輝かしい未来のために、ぐっとこらえて耳を傾けよう。
このとき注意すべきは、守ろうとしすぎないことだ。できるだけ払うお金を少なくしようとか、自分に有利な条件を取り付けようと考えるのは無理もないこと。ただし、離婚後の生活を考えれば、妻は妻で譲れない部分がある。その主張をはねつけようとするあなたの姿勢は、妻にはあさましいとしか映らない。だから離婚協議においては、自分のなかで優先順位をつけなければいけない。「自分は離婚することによってこうなりたい」と、目標を最初に決め、こだわるのはそこだけにする。切り捨てていいところは切り捨てるという思い切りが必要だ。「守るな、捨てていけ」とは吉田氏の弁である。払うべき犠牲はしっかり払うと腹をくくっていったほうが、むしろ話はトントン拍子で進むのだ。
「ただし、離婚後のことを現実的に考えるというのはなかなか難しいもの。メリット・デメリットや、ライフプランについて、離婚したいという意思を告げる前に私たちのような専門家に相談してもいいでしょう」(吉田氏)
■トクしたければ徹底的に資産を隠せ
さて、話がまとまりやすいにしても、負担は少ないに越したことはない。年金と退職金が半分持っていかれるのはしかたないにしても、何か方法はないものか。そこで考えたいのが、隠し資産、つまりはへそくりだ。
「夫婦の口座はきっちり分けておくべき。給料が出たら、別に用意した生活費のための口座に払い込む。残りのお金はうまく妻から隠しながらへそくり。お金のことでもめたくないと、全部開けっぴろげにしている人は、離婚のときが大変です。正直者の負けになる」
そう語るのは離婚カウンセラーの岡野あつこ氏だ。裁判になったとしても、裁判所は調査機関ではないので、自ら資産調査に乗り出すことはしない。銀行口座を持っていることが妻にバレれば、妻の弁護士から裁判所経由で口座情報を開示させられることがある。しかし、妻には思いもよらない銀行や支店に口座を持てば、その危険は回避することができる。銀行ではなくタンス預金となると、さらに発見は困難だ。かつて岡野氏のもとを訪れた人の中には、給与明細を偽造したうえでパートナーに嘘の収入を伝え、差額を貯めるほどに徹底していた人もいたという。
■女にも離婚で負けない戦い方がある
もちろん、同じことは女性の立場からも言える。妻に財布を持たせて、あとはお任せという夫は、妻のへそくりに気づくことがほとんどない。一方で敏感な夫もいる。隠れてお金を貯めていることを見抜き、浪費しては妻を閉口させるような夫だ。「こんな夫とはもう一緒にいられない。だけど、自分は頑張って節約したのに、夫ばかりいい思いをしているのは悔しい」。妻は泣き寝入りするしかないのだろうか。
大丈夫、打つ手はある。夫と同じように浪費しているふりをするのだ。たとえば、友人が新しいバッグを買ったら、箱ごと1日だけ貸してもらい、「今まで我慢していたけれど、あなたがその気なら、私もがんがん使うから」と言って夫に見せびらかす。そんなことを何回か繰り返せば、離婚するときになって「へそくりなんかないわよ。全部使っちゃったもの」という嘘に真実味が増す。
共働きで、妻のほうが稼ぎが多い場合はどうか。働いている夫と専業主婦が資産を等分することは理解できるという人であっても、自分のほうが稼ぎが多く、しかも家事もこなしているとなれば、なぜ夫と等分にしなければいけないのかと思う人もいるだろう。しかし、現在のところ夫婦の家事分担については、裁判所は勘案してくれない。
「結婚するときに、家事も育児も分担するよう約束をするか、分担をしてくれる人を選ばない限り、どうしようもありません。夫を選んだ自分の責任と割り切るしかないんです」(岡野氏)
さらに悪いことに、専業主婦は財産分与で夫の厚生年金の半額を得られるが、働く女性には、適用されない。
「働いている女性は、離婚では不利なことが多い。女性にとっては理不尽ですが、共働きで、妻に不満がある男性は、離婚しても痛手を負いにくいというのが現状です」(岡野氏)
働いている女性は何としてもへそくりを貯めておきたいところだ。
正直者が損をするのは、財産についてだけではない。
たとえば、実は不倫をしているというとき。離婚を切り出した際に、隠しておくのはやましいからといってすべてを明らかにすれば、当然大問題になる。離婚成立までの時間は長くなり、多額の慰謝料を請求されるし、裁判においては、「ほかに好きな人ができた」というのは離婚を認める事由に該当しない。「相手に不倫されたから別れてほしい」という主張はできても、「私が不倫しているから別れてほしい」という主張は基本的に通らない。
そんなとき切り札になるのが別居だ。別居状態になれば、裁判所も夫婦関係が破綻しているとみなし、離婚が認められやすい。夫婦にまだ幼い子どもがいて、なおかつ相手が離婚したがっていない場合などは、それでも離婚成立まで時間がかかることがあるが、離婚協議がこじれてしまった場合は、早々に別居してしまおう。当然、そのあとは、どんな恋愛をしようが文句は言われない。ちなみに、別居してからの財産はそれぞれのものとなり、財産分与の対象外となる。
財産分与の対象になるのは、あくまでも婚姻関係が成立していた期間。それを考えると、より多く稼いでいるほうは、早く離婚したほうがトクに思える。専門家はどう見るか。
「どうやっても関係が修復できない状態ならそうでしょう。私のところに相談に来る人は相手が離婚に納得していない場合が多い。でも、客観的に話を聞いて、お金だけのために相手が離婚に応じないのだと判断したら情に惑わされずに離婚を薦めます」(岡野氏)
■離婚歴は怖くないバツイチよ、幸せに
日本でも離婚や再婚が当たり前になりつつあり、それに伴った変化が起こっている。その一つは、裁判所の意識。離婚関係の裁判が増加し、裁判所が混んできたためなのか、早く離婚したほうがいいと説得するようになってきたそうだ。
「特に女性裁判官は、その傾向がより強い印象。『もうどうせダメなんだから、早く離婚して幸せを勝ち取りなさい』という感じでしょうか」(岡野氏)
もう一つが「バツイチ」に対する世間の評価の変化だ。
「20年前には離婚しようものなら大騒ぎでしたし、離婚歴のある人は何か問題があるに違いないというふうに見られていました。でも最近は、前のパートナーと相性が悪かっただけだろうと思われる。むしろ『バツイチ』はモテるんです」(岡野氏)
岡野氏の話によれば、一度結婚生活を体験しているのだから極端なわがままは言わないだろうし、結婚できたからには大きな問題がある人ではないとみなされるという。つまり離婚が保証書のような働きをしてくれるのだ。しかもバツイチ女性はバツイチ男性とくらべても、人気が高いという。
「一回どん底を経験した強さと美しさが兼ね備えられて、人の心の痛みもわかる女性はステキじゃないですか。だから離婚した女性は、自信を失わないでほしいですね」(岡野氏)
やられっぱなしではなく、「好き勝手にはさせない」「自分で決めた一点だけは守る」と心に決め、やりきったという感触を得ることができれば、離婚で後悔することはなさそうだ。そして「よーし、あんな奴より幸せになってやる」と、貪欲に幸せを求める姿勢は、離婚後の人生をより豊かにしてくれることだろう。
▼あなたは無事、離婚できるか? 離婚適性チェック
(当てはまる項目は?)
1. 1人でいることが苦痛でない
2. 自分に対して悪い感情を持っていたり、低い評価をしてくる人間に対しても誠実な態度がとれる
3. 子どもを一人親にさせてもいいという覚悟がある
4. これだけは譲れないというポリシーを持っている
5. 住むところを確保できる
6. 当座の生活費がある
7. 自分で生活費をねん出する目算がある
8. 健康に自信がある
9. 親身になって相談に乗ってくれる家族や友人がいる
10. 離婚を後悔しないという強い意志がある
出所:岡野あつこ著『妻のための離婚とお金の話』より引用
▼離婚適性チェック解説
この質問は、離婚するのであればすべてYESであるべきことばかり。理想を言えば、離婚するならすべてYESであることが望ましいのだ。YESが少なかった人は、考え直してみるべきかもしれない。それぞれの質問の意味は以下の通り。
●質問1〜2
精神的に大人であるかどうかというチェック。寂しがり屋で一人でいることが苦痛な人間は離婚してもあまりいい結果は得られない。
●質問3〜4
原因はなんであれ、子どもや周りの人を傷つけてしまうのが離婚。自分自身にその覚悟があるかどうかを問うのがこの質問だ。どうして離婚したのか子どもに問われたときに、ポリシーをしっかり持っていれば答えられるはず。人に言っても納得のいくような説明ができるか、考えてみよう。
●質問5〜9
離婚してから生活ができるかどうかの基本的なチェック。これをクリアしていなければ、結局離婚しても行き詰まる。特に質問9に関しては精神的に苦しいとき、頼れる人がいるかは大事な問題だ。
●質問10
改めてこの問いに戸惑っているようでは、離婚があなたにとって最良の選択肢かどうかわからない。固い決心を持って離婚しよう。
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離婚カウンセラー。夫婦や家族、特に離婚関係において26年間で3万件以上の相談実績あり。自身の経験などから相談者に寄り添ったアドバイスを行う。テレビ、講演など多方面で活躍。近著に『貴女が離婚を決める前にしなければならない8つのこと』。
行政書士。明和事務所代表、2級ファイナンシャルプランニング技能士。自身の経験も踏まえたノウハウを駆使して男性向けの離婚、男女問題を専門的に手がける。著書に『プロが本音で書いた男のための離婚の本』がある。
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(ジャーナリスト 唐仁原 俊博)