昨年、チェッカーフラッグまで残りわずか3分で潰(つい)えた、トヨタの「ル・マン24時間初制覇」の夢。その「夢の続き」を現実にすべく、必勝態勢で今年のル・マンに臨んだトヨタチームを待っていたのは、またしても「悪夢」だった。


トラブルが続く中、トヨタ8号車が追い上げを見せるも・・・・・・ 7号車の小林可夢偉が予選で3分14秒791というコースレコードを叩き出し、ライバルのポルシェを沈黙させたトヨタ。土曜日の15時に始まった決勝レースでも、LMP1Hクラスの全車が2度目のピットインを終えた時点でのオーダーは、トヨタ7号車→トヨタ8号車→ポルシェ1号車→ポルシェ2号車→トヨタ9号車の順だった。序盤から3分20秒前後のハイペースで飛ばす7号車が、トップ集団を引っ張る形でレースの主導権を握っていたことは間違いない。

 スタートから約3時間半後には、ライバルのポルシェ2号車が前輪のモータートラブルで予定外のピットインを強いられ、モーターの交換作業に約1時間を要して大きく後退した。じわじわとリードを広げるトップのトヨタ7号車を筆頭に、残るポルシェ1号車を3台のトヨタが包囲する形で夜を迎え、念願のル・マン初勝利に向けてトヨタが盤石の態勢を築いたかと思われた。

 ところが、レースが間もなく8時間を迎えようとしていた22時47分、トヨタを取り巻く状況が一気に暗転する。まずは中嶋一貴、セバスチャン・ブエミ、アンソニー・デビッドソン組のトヨタ8号車に、ポルシェ2号車と同様の「前輪モーター」の問題が発生し、ブエミが緊急ピットイン。モーターやバッテリーなど、ハイブリッドシステムの交換のため、ピット作業に1時間59分を要して優勝争いから脱落してしまう。

 続いて、日付が変わったばかりの0時44分には、他のマシンの事故でセーフティカーが導入されている間にステファン・サラザンから小林可夢偉へのドライバー交代を終え、コースに復帰しようとしたトヨタの7号車がクラッチトラブルに見舞われてストップ。なんとかモーターの力だけでピットまで7号車を連れ帰ろうと必死の努力を試みる可夢偉だったが、その奮闘空しく、約20分後にマシンを止めてリタイアした。

 悲劇はこれで終わらない。1時13分にはニコラス・ラピエール、国本雄資 ホセ・マリア・ロペス組のトヨタ9号車が、ラピエールのドライブ中にストレートエンドで後方からLMP2クラスのマシンに追突され、リヤタイヤとマシン後部を大破させてしまう。こちらもピットに戻ることができず、レース距離のわずか3分の1を過ぎたところでトヨタ勢の2台がリタイアし、トヨタ初優勝の夢が遠のいてしまうことになった。

 レース後、可夢偉は「ガックリ? なんとでも書いてください。今の気持ちなんて言葉にできないですよ」と無念を口にした。

「夜に入ってから、2位のポルシェとの差が1分ぐらいに開いて僕の順番が来たので、『自分たちのペースも、周りの様子も分かってきた。クルマが十分に速いんだから、無理に縁石に乗り上げたりしないで、リスクを冒さずに落ち着いて自分たちのレースをやろう』とみんなで話していた直後に、何の前ぶれもなくクラッチが壊れてしまったんです。

 去年は本当に勝てるか分からない部分もあったけれど、今年はトラブルが起きるまで、これ以上ないル・マンでのレースウィークを過ごしていたと思うし、実際に勝てるレースができていた。走り続けていればチャンスはあったはずなのに、まさかピットに帰ることすらできないなんて……」

 8号車の中嶋も、「トラブルが出たのがスタートから約8時間後とあまりにも早すぎて、悔しい以前に戦ったという実感すらない。(トラブルが出た)場所といい、タイミングといい、ツイていない・・・・・・と言うのには余りにも・・・・・・」と言葉を詰まらせた。

 レースはその後、LMP1Hクラスで唯一「無傷」のポルシェ1号車が着々とリードを広げ、勝利をほぼ手中にしたかと思われたが、悪夢に見舞われたのは、ポルシェも例外ではなかった。ゴールまで残りあと4時間というところで、アンドレ・ロッテラーがドライブするポルシェ1号車が油圧低下の症状と共にスローダウン。電気モーターだけでピットにたどり着こうと、ノロノロとマシンを走らせ続けたロッテラーだが、最後はコースサイドにマシンを止め、こちらも無念のリタイアとなる。

 これで下位カテゴリーのLMP2勢が上位を独占するという予想外の展開となったが、序盤のトラブルで大きく遅れていたポルシェの2号車が終盤にかけて猛スパートをかけ、レース終了1時間前に総合首位を奪還した。トヨタ勢で唯一生き残った中嶋、ブエミ、デビッドソン組のトヨタ8号車も猛追を見せたものの、こちらはポルシェ2号車の2倍となる約2時間にわたったピット作業の影響が大きく、9位でフィニッシュするのがやっとだった。

 結局、奇跡的な追い上げを見せたポルシェ2号車(ティモ・ベルンハルト、アール・バンバー、ブレンドン・ハートレー組)が優勝し、ポルシェはル・マン3連覇と通算19勝を達成。2位には、香港映画スターであるジャッキー・チェンがオーナーを務める、ジャッキー・チェンDCレーシングの38号車(ホー・ピン・タン、トーマス・ルーレント、オリバー・ジャービス組)、3位にバイヨン・レベリオンチームの13号車(ネルソン・ピケ・Jr、デイビッド・ハイネマイヤー・ハンソン、マティアス・ビッケ組)が入り、総合順位の2位、3位をLMP2クラスが占めるという、異例の表彰台となった。

 トヨタのGR開発部長で、ハイブリッドプロジェクトリーダーでもある村田久武氏は「この結果をどう受け止めますかと言われても、正直、今は受け止められない。来年頑張ってくださいと言われて、『はい、頑張ります』とは能天気に答えられない」と肩を落としながらも、こう続けた。

「ただ、全部が悪かったわけじゃない。クルマは間違いなく速かったし、ル・マンの歴史に残るラップタイムでポールポジションも取れた。自分たちが目指していたクルマの方向が間違っていなかったことだけは確認できました。今年のル・マンに向けてすべてやり切ったつもりでいたのに、まだ自分たちの想定外の条件があって、結果的にはやり切れていなかった・・・・・・ということなんだと思います。

 でも、僕たちは全知全能の神じゃないから、すべてをやり切るなんて、本当はできるはずはない。それを承知で、それでも『すべてをやり切ろう』と思って努力し続けることが大事なんです。今回はうちのクルマだけじゃなく、ポルシェも壊れた。『24時間、スプリントレースを続けるのが今のル・マン』って、口では簡単に言えますけど、うちもポルシェも本当にギリギリのところで、文字通り死力を尽くして戦っているのが今のル・マンLMP1Hクラスだということを、今年のレースは象徴していたと思います」

 今年は初めて、トヨタの豊田章男社長がル・マン24時間の現場を訪れていた。残念な結果に終わったレース後には「これでまた、自分の『負けず嫌い』に火がついた。今回は社長としてチームに寄り添うことができたが、今後はモリゾウ(豊田社長がドライバーとして競技に参加する際に使う名前)としてもチームに寄り添いたい」と、ル・マン挑戦への支援を表明した。

 2年連続で悪夢のようなレースを経験したが、トヨタのル・マン制覇という「夢」が終わったわけではない。次の「24時間」を歓声の中で迎えるための、長いようで短い新たな1年が、ここから始まろうとしている。

■モータースポーツ 記事一覧>>