なぜ地方で活躍する人が増えているのか?

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もう「地方再生」するという呼び方はやめたらどうだろう。なぜなら、日本の未来を先取りする動きが各地で芽吹いており、従来型の地域振興策や、ゆるキャラ、B級グルメ、商店街の活性化に代表される「再生」から、明らかにフェーズが変わってきたからだ。

最大の理由が「人」だ。堂野智史は2003年に産学官民の「関西ネットワークシステム」を立ち上げ、全国の団体と連携してきたが、「層が厚くなった」と言う。

「いままで地方のリーダーをリスト化すると、知った人たちがいつも並んでいました。しかし、今回、いたるところで新たなリーダーが頭角を現しています」

なぜ地方で活躍する人が増えたのか。大きな理由に、外的環境と内的環境のふたつの変化がある。まず、外的環境の変化を見てみよう。内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局参事官の村上敬亮は、こんな兆候に注目している。

「内閣府の『プロフェッショナル人材事業』という制度で、1年間に1000人のプロ人材が地方に還流しました。多くは東京の大手企業で働いていた方々。地方で活躍したいと思っている人材は、まだまだたくさん控えている状態です」

新天地に一人旅立つというより、人口減少がリアリティを増してきたこともあり、政府、地元金融機関、人材ビジネスなどが連携。制度と連携機能により、地方に移って活動できるエコシステムが整備され始めたといえるだろう。

また、各地域で起業支援や産業創出支援を行ってきたトーマツベンチャーサポートの前田亮斗はこう話す。

「地方が好きというより、自分が必要とされる活躍の場を求めて、エリートたちが地方に挑戦をしに行っています。そこが従来の地方再生との大きな違いです」

社会実験の場として考えたとき、利害関係者の多い東京では難しい。一方、規模や人々への影響度を測りやすく、乗り越えるべき課題が明確な地方は挑戦しやすい。さらに、「ひとつの地域でモデル化できると、同じ人口規模や同じ課題をもった地域は数多くあるので、モデル地域を横展開しやすい」と、前田は言う。

神山町のグリーンバレー、鯖江市、鎌倉市や、慶應義塾大学と連携する鶴岡市などに、国内外から視察が多いのも、世界中に似た人口規模や課題の地域が多いからだ。モデル化に成功した立役者は、他の地域に移って指導したり、地域のつなぎ役になったりできる。つまり、ビジネスチャンスが一気に広がる可能性を秘めているのだ。

実はもうひとつ、取材班が全国に飛んで気づいた点がある。それは共通するリーダー像だ。慶應義塾大学SFC研究所所長の飯盛義徳は、「一見、リーダーに見えないような、少し引いた雰囲気の人がリーダーになっているケースをよく見かける」と言う。

「地域づくりというのは、場づくりです。うまく雰囲気をつくり、地域の方々と仲良く議論しながら、人をつなぎ、お互い学びあう場をつくれるのが第一歩。そうして、新しい価値を見いだして、プラットフォームをつくりだしているのです」

聞く耳をもち、価値の再発見ができることが重要。親分肌の性格が求められているわけではない。これもイノベーターを流入しやすくした要因だろう。

次に、「人」の内的環境要因である。それは価値観の変化といっていい。多くの社会起業家を育成してきたETIC代表理事の宮城治男は、地方への人の流れは、「一時的なブームではなく、この20年ずっと伸びている」と指摘する。

「むしろいままで少なすぎた。都会の生活を捨てて地方に移り住むのは、変わり者と呼ばれ、優秀な学生は右へ倣えで大きな組織に入りたがってきた。しかし、そうした生き方に満足しない価値観の層が増えました。そこに東日本大震災が発生し、潜在的可能性を持っていた人たちが、動き始めたのです。被災地には人や資源が集中し、新しい取り組みが行われていますが、この現象は被災地だけでなく、他の地域にも移っていくと思います」

一方、地方在住の人も価値観を変化させている。外国人旅行者が増えて、外の視点が入ることで、自分が住む地域を「捉え直し」することを始めたからだ。

外的要因と内的要因の変化するタイミングがぴたっと一致したのが「現在地点」ならば、未来に向かってどう進むのか。XPJP代表の渡邉賢一は、「地方創生」が「地球シフト化」すると言う。地方を「非・都会」ではなく、地球サイズで位置づけていく新しいビジネスが誕生しているからだ。

地方と海外が意外なテーマで結びつく。例えば、ハーバード大学医学部大学院と日本の温泉。これは公衆衛生の学者が「日本の温泉と長寿」の関連性を研究するという切り口だ。観光ではない、温泉ツアーである。

あるいは、食料自給率が低い中東国や魚種が少ないアメリカ西海岸と、衰退する日本の漁港。魚種の多さが世界トップレベルの日本の近海から、高度な冷凍技術をもつ企業と組み、舌の肥えた人々に魚と漁食文化を届ける。魚の消費量を上げたい政府の国家戦略がそこに重なる。

渡邉の仕事は、官僚、企業、地域、海外という異なる領域を”翻訳”して、ひとつの提案書にまとめあげることだ。これが「地球シフト化」に昇華されていく。

「例えば鶴岡市には、昔からの山伏の伝統食で野草があります」と、渡邉は言う。

鶴岡には約50の在来作物が継承されている。市は産学官民による鶴岡食文化創造都市推進協議会を設立し、14年にユネスコ創造都市ネットワーク(食文化部門)への加盟が認められていた。翌15年には、鶴岡市はミラノ国際博覧会に出展しており、この「食文化」に、渡邉は「教育」という切り口を掛け合わせていく。

彼はイタリア食科学大学に行き、食の研究者たちに、「出羽三山の伝統的な精進料理の源流と、ガストロノミー(食と文化の考察)の進化について、研究しませんか?」と持ちかけたのだ。さらに辻調理師専門学校を絡めた。辻調グループもイタリア食科学大学も、調理師の養成だけでなく、食をテーマに地域プロデュースできる人材を教育している。

次に、ミラノから定期的に鶴岡市を訪問するプログラムをつくる必要があり、政府に政策提案を行った。農水省がやろうとしていたプロジェクトと合致。ここに民泊などの民間業者も掛け合わせていく。こうして、「爆買いを当て込んだ観光政策ではなく、地方の隠れた資産を武器にして、地域を舞台にしたソーシャルデザイン」が誕生したのだ。現在、イタリア食科学大学では、鶴岡市を食のフィールド・ミュージアムとして捉え、鶴岡で日本の食文化研究を実施している。

こうした仕事のポイントは、世界的なトレンドを見極めることだ。大きな潮流に「ポスト資本主義」がある。これは、「クラフトシフト」「エシカルシフト」「ヘルシーシフト」という3つのキーワードに分解できる。クラフトは、手づくりや「何度も手直しして使う」といったもので、衣服でいえば、ファストファッションと逆の流れだ。また、エシカルは児童労働や劣悪な労働環境のなかでつくられた製品を消費しないという、倫理を重視した価値観である。

では、「ヘルシー」の潮流は何か。渡邉はオピニオンリーダー的なシェフに聞き取りを行うなかで、鶴岡の山伏の伝統食に注目しているシェフに出会った。それが、ユネスコの提唱する「多様性のある食文化」と重なった。

「大規模農園による大量生産よりも、オーガニックや、食べられる種類を増やした方が健康によいという発想です。山伏の伝統食はまさにオーガニック。これを世界とどう結びつけるかを考えました」

価値を再発見して、地球規模で見ていく。そこに政府の政策を重ねる新しい手法を、「GR(government relationship)」という。GRで、社会性のある公的プロジェクトに進化できる。

地方創生の「未来形」とは、すべての垣根を取り払い、地方がもつテーマを切り口にした、日本の因数分解といえるだろう。この因数分解にチャレンジする若者たちが、いま、登場し始めているのだ。