ビジネスクラスは高すぎる

 あくまでも個人的な好き嫌いの話として聞いていただきたい。

 飛行機で移動するときはエコノミークラスに乗る。仕事先がビジネスクラスを用意してくれるときは躊躇なくそちらを利用するが、自腹のときは絶対にエコノミー。目的地がどんなに遠くでもエコノミーで行く。

 個人的な感覚として、ビジネスクラスはあまりにも値段が高い。サービスの違いに比べて価格の差がありすぎると思う。せいぜい十数時間の「快適」のためにそれだけのお金を支払う気にはとうていなれない。確かに座席はゆったりしていて眠りやすい。ただし、実質的な意味のある違いはそれぐらいしかない。

 食事が美味しいという人がいるが、それはエコノミーの食事と比較するからだ。ビジネスの食事が美味しいのではなくて、エコノミーの機内食が不味いのである。現在の日本で生活している限り、きっちりと不味いものを食べる機会は滅多にない。エコノミークラスの機内食は例外として希少な存在である。

 所詮は機内という制約の中で用意される食事、ビジネスクラスといっても「普通に美味しい」だけの話。飛行機の中ぐらい食事を抜いて、降りてからゆっくりと美味しいものを食べればいい。はるかに安い価格で、ずっと美味しいものが食べられる。フライトが長くてどうしてもお腹がすいてしまう場合は、おむすびやお弁当を買って乗るに限る。


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ファーストクラスの意味不明

 一度だけファーストクラスというのに乗ったことがある。ある航空会社の経営諮問委員をしているときのこと、年に1回タダの航空券が支給され、しかもクラスはファースト、という特典があった。

 はじめて乗ったファーストクラス、それはそれは快適なものであった。ただし、自腹でファーストに乗ることはこれまでもこれからも絶対にないと断言できる。

 ファーストとビジネスとのサービスの質の違いは、ビジネスとエコノミーのそれよりさらに小さい。しかも価格の差はビジネスとエコノミーのそれよりさらに大きい。こんな非合理な選択は真っ平ご免、カネを払ってでも勘弁してもらいたいと思う。

 しかも、わりと驚いたのはファーストクラスには実に下品な乗客が多いということ。やたらと客室乗務員に威張り散らしたり、大声で文句を言ったり、無理難題を押しつけたりしているおじさま&おばさまが散見された。たった1回だけのファーストクラス体験、たまたまこのときがそうだっただけかもしれないが、サービスは上等にしても、雰囲気はエコノミーのほうがずっと上品だった。

フライトよりもホテル


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 ファーストは論外にしても、僕がビジネスを高いと思う最大の理由は、ホテルの価格との比較にある。ビジネスとエコノミーの価格の差分を、旅行先の宿泊費に使えば、世界中のどこの都市でも相当に贅沢なホテルに泊まれる。

 例えばロンドンに1週間滞在するとする。ビジネスクラスで往復し、不便な立地で部屋も狭い廉価なホテルに泊まる。これがプランA。エコノミーの割引運賃で往復し、メイフェアの中心にあってサービスも最上等なクラリッジズに泊まる。これがプランB。きちんと計算したわけではないが、毎朝クラリッジズの食堂で贅沢な朝食を食べたとしても、プランAの方が高くつくと思う。

 ま、ビジネスクラスの人はクラリッジズのような高級ホテルに泊まるだろうから、現実にプランAを実行する人はまずいないのだが、それにしても、合わせて24時間程度のちょっとした快適に支払うコストが、1週間連日続く大きな快適のコストを上回るというのはいかにも間尺に合わない。ということで、航空券をケチっても、予算の許す範囲でなるべく上等なホテルに泊まるというのが僕の好みだ。

自腹でも乗るグリーン車

 飛行機のビジネスクラスはどう考えても割高だが、これがグリーン車となるとわりとスキ。新幹線で東京-大阪のような数時間かかる移動をするときは、自腹でもグリーン車に乗ることがある。

 僕は乗り物の中で眠るのが苦手なので、移動中はだいたい仕事をしている。仕事の種目でいうと、とくに多いのが原稿書きやゲラの推敲作業である。こういう仕事は新幹線の中でやるのに適している。仕事に集中しているうちに、気づいたときには目的地に着いている。

 とりわけイイのが文春オンラインの原稿書き。東京-大阪の2時間半で、うまくすれば1本書き上げられる(ちなみにこの原稿は東京-宇都宮往復の新幹線の中で書いている)。

 本や資料を横に置いてPCで作業をするとなると、グリーン車の広さがありがたい。しかも、飛行機のエコノミーとビジネスの価格差を考えれば、普通車とグリーン車の価格差はたいしたことはない。実質的な価値の差を考えると、グリーン車はわりと理にかなった出費のように思えてくる。


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モノの価値は相対的にしか認識できない

 何が言いたいのかというと、ようするに人間はほとんどの場合、モノやサービスの価値を相対的に認識しているということだ。あるものに価値を認識し、その代価として何がしかのおカネを払う。購買とはそういうことだ。

 この購買の意思決定プロセスで、顧客が対象について「絶対的な価値」を把握するということはほとんどない。必ず何らかの比較対象、すなわち「準拠点」を(半ば無意識のうちに)設定し、それと比べて高いとか安いとか得だとか損だとか判断し、選択し、購買の意思決定をしているのである。

 ビジネスクラスの食事はエコノミーに比べて確かに美味しい。ただし、それは機内食という狭いカテゴリーで考えるからであって、街の上質のレストランを準拠点とすれば、それほど美味しいというわけではない。いくら寝心地がいいといっても、ホテルを準拠点にしてしまえば、数千円で泊まれるカプセルホテルの方が寝心地はいい(と思う。泊まったことはないけれど)。

 しかも、あからさまな比較対象として、大幅に割安なエコノミークラスが存在している。このようにいくつかの準拠点を参照した上で、僕はビジネスクラスを「明らかに割に合わない商品」として認識しているわけだ。だから買わない。


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 僕はホテルについてはわりと支出を厭わないほうなのだが、これにしても「ビジネスクラスに乗った場合のエコノミーとの価格差」を準拠点に置いているからそう思うのかもしれない。高いビジネスクラスに乗ることを考えれば、そのおカネを1週間ずっと寝泊まりするホテルに使ったほうが得のような気がしているだけで、そのホテルそのものがそれだけの価値があるかどうかを考えているわけではない。きっちり探せば、もっと安くて快適で便利な場所にあるホテルもあるはずだ。それでも、「ビジネスに乗ることを考えれば……」という思考回路で宿泊については財布の紐が緩くなる。

 グリーン車を「お買い得」と感じるのも、飛行機のビジネスクラスと比べれば普通車との価格差が小さく見えるからだ。ビジネスクラスの運賃があれほど高くなかったら、僕はグリーン車を選ぶこともなかったかもしれない。

「ちょっと酔っちゃったし、終電もなくなっちゃったし……」。女性には言い訳が必要なのだが、このことは購買の意思決定にも当てはまる。アタマの中で組み立てる「買う理由」が肝心なのである。理由(reason)のありようによっては、高いものでも「お買い得」(reasonable)となるし、たいした価格でなくても「無駄遣いだからやめておこう」ということになる。

準拠点操作の戦略

 だとすると、売る側の立場で考えれば、自分の売るものを顧客に何と比較させるか、準拠点の持たせどころが商売のひとつのカギになるということだ。どのみち顧客は準拠点との比較でその商品の価値を認識するのだから、自分の売り物と相対化したときに明らかに正のギャップが強く出るように準拠点を操作する――ここに競争戦略の一つの要諦がある。

 ここで強調したいのは、準拠点の置き所は同じ業界で競争している他社の商品やサービスに限らないということだ。やれ競争だ、差別化だというと同業他社に目が向きがちだが、むしろ直接の競合関係にある業界から少し外れたところに準拠点を持たせたほうがいい。

 同じ業界であれば、競合他社はどこもコストパフォーマンスの改善に血道を上げている。航空業界の例でいえば、どこもコストの制約の中でビジネスクラスのサービスの質を精一杯よくしようと取り組んでいるわけで、ここに準拠点を置いてしまうと、顧客に大きなギャップを感じさせるのは難しくなる。

 直接の競合関係にはないけれど、顧客の使用文脈やこれまでに蓄積された経験の中できっちりつながっている――こういうところに準拠点を持たせるのが優れた戦略である。


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海苔弁専門店の秀逸な戦略

 鳴り物入りでオープンした「GINZA SIX」。オープン前の内覧会に呼んでいただいたので一通り見て回った。上から下までゴージャスなブランドのオンパレードで、僕の消費生活とはほとんど無縁の場所だった。

 個人的には特段興味は持てなかったが、ちょっとイイなと思ったのは、食べ物だけでなく、「中川政七商店」のような和モノを売っているお店が目立つということ。海外からの観光客がターゲットのど真ん中であることを考えると、「ジャパン・クオリティ」の魅力を発信する場所としては貴重である。

 GINZA SIX には241のブランドが出店している。その中で僕がダントツに面白いと思った店がある。それは地下2階にある「刷毛じょうゆ 海苔弁 山登り」。これは実に巧い商売だと感心した。

 ほとんどの人がほかほか弁当の海苔弁を食べたことがあるだろう。ご飯の上にお醤油を塗った海苔を敷き、塩鮭を焼いたのとか竹輪を揚げたのとかが載っていて、きんぴらとかのちょっとしたおかずがついているというあれである。安くてお腹も満足するので、僕も学生時代にはよく食べた。

「刷毛じょうゆ 海苔弁 山登り」はこの海苔弁専門店である。上質なお米をたいたご飯の上に、香りや風味、箸切れに優れた一番摘みの有明海苔に自家製の割り醤油を塗ったものを載せる。おかずもみんなが知っている塩鮭や竹輪の磯辺揚げだが(他のおかずも選べる)、もちろん上等上質なものを使っている。

 これは美味しいに決まっているのだが、より重要なポイントは、顧客がフツーの海苔弁をあからさまな準拠点にしているということにある。海苔弁を嫌いという人はあまりいない。みんなが好きで食べたことがある海苔弁を上等な素材で作って提供する。食べたいと思うのが人情である。で、食べてみれば、どう転んでもフツーの海苔弁とくらべて美味しい。顧客は大きなギャップを感じる。値段は1000円ぐらいするけれど、作れば作るだけ売れているらしい。


「刷毛じょうゆ 海苔弁 山登り」(HPより)

 これは準拠点の操作が顧客の商品に対する価値認識を大きく左右するという好例だ。高級デパートの地下食品売り場ともなれば、美味しいお弁当が勢ぞろいしているに決まっている。同じフロアに並んでいる他店の商品を準拠点にしてしまえば、お客に明らかな差別的価値を認識させるのは困難になる。

 そこで多くの人が経験したことがあり、しかも素材にはまったく力が入っていないフツーの海苔弁へと準拠点をシフトさせる。高級ではあるけれど、海苔弁は海苔弁である。同じフロアにある他の高級お弁当よりは値段も安い。お客にとっては大いに納得の消費となる。商売の本質をついた見事な戦略だと思う。

「刷毛じょうゆ 海苔弁 山登り」を運営している株式会社スマイルズにひとつお願いがある。羽田空港にもお店を出してくれないものだろうか。次の出張ではここの海苔弁を買って飛行機に乗り込みたい。普段のエコノミー席がプレミアムエコノミーぐらいにはなると思う。

(楠木 建)