現役20周年を迎えた五十嵐亮太投手

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今シーズンも随所で活躍を見せている、福岡ソフトバンクホークスの五十嵐亮太投手。実は今年(2017年)、九州ウォーカー(1997年創刊)と“同級生”のプロ20年目を迎えている。これまでの野球人生を振り返りながら、自身が永遠のテーマとして掲げる“速球”について尋ねた。

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――早速ですが20年前、ヤクルトスワローズでのプロ1年目を振り返った時に思い出される光景って、どんなものですか?

「今でもガツガツやっているつもりですが、当時はとにかく練習していましたね。早く1軍に上がりたかったし、単純にお金も稼ぎたかった。1軍選手がすごく華やかに見えて、自分もその中に入りたいと思っていました」

――当時のドラフトでは、2位指名でしたよね。

「それもモチベーションになりました。同じ高卒上がりで投手の三上(真司)選手(現在は引退)がドラフト1位だったので、彼よりすごくなって評価を上げるためにはどうすればいいか考えて、練習するしかないなって。同期の中では最初に1軍に上がってやるぞと思っていましたね」

――プロ入り前に理想とする投手像のようなものはあったんですか?

「高校生のころ、憧れていたピッチャーはたくさんいましたが、皆に共通するのが“球が速い”ということ。野球ゲームでも速球派の投手ばかり選んでいたし(笑)。僕にとって投手の魅力はそれでしたね。だから、スピードボールでは誰にも負けないピッチャーになりたかったです」

――2軍では先発だったんですよね?

「高校ではずっと先発でしたし、そのままの流れで先発でした。プロ入り2年目に初めて1軍に上がりましたが、当時、空いている枠が中継ぎしかなくて。先発へのこだわりより、1軍で投げたい思いの方が強かったのでうれしかったですね。まさか20年間ずっとリリーフ専門になるとは思ってなかったですが(笑)」

――それから20年経ちました。若手のころの自分に声を掛けるとしたら、何て言いましょう?

「そうだなぁ…。お酒はほどほどに、くらいですかね(笑)。自分で何でも決めてやりたいタイプだったので、当時の僕に何を言っても聞かなかったと思うんです。今でもその性格は変わっていませんね」

次回は、苦しみ抜いて勝ち得た2014年シーズンの思い出と“マッチの涙”について語る。6/27(火)の配信をお楽しみに!【九州ウォーカー編集部/取材・文=近藤耕平、撮影=山辺 学】