キレる理由がわかった

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【NHKスペシャル 家族が非常事態!】(NHK)2017年6月11日放送
妻が夫にキレる本当のワケ

夫にキレる妻と妻のイライラの原因に気づかない夫。今、夫婦のすれ違いが深刻化している。年間21万7000組が離婚しているが、7割が妻からの申し出だ。また、夫からの申し出では、離婚動機の第2位に「妻からの精神的虐待」が浮上している。

なぜ妻は夫にキレるのか? 最新研究から男女の脳とホルモンの違いが、「共感」や「思いやり」といった夫婦仲を左右する能力に影響を与えていることが明らかになった。お互いの違いを理解し、絆を強めるため解決法を探る。

共感できない男性脳、気持ちを読み取る女性脳

番組では冒頭、夫に罵詈雑言を浴びせる妻の殺伐とした映像を映し出した。結婚5年目の佐々木ケイスケ・ナツミさん夫婦。夫婦の日常を居間に取り付けたカメラで追った3日目。ナツミさんが「転職しようかな」と口に出した。ナツミさんの転職の話しは過去何度も行われてきた。その度に現状のまま頑張ろうと確認してきたという。「またか」と思ったケイスケさんが「わかってる」と生返事をした途端、ナツミさんの形相が変わり、物を放り投げた。

ナツミさん「わかってねーし!」

「なぜキレたんですか」という番組スタッフの問いに、ナツミさんは泣きながら「自分がキレる理由をわからない」と話した。福祉関係の会社で働くナツミさんは、時短勤務で夕方に帰社し1時間半かけて2人の子を預ける保育所に向かう。キレる時は、ケイスケさんが自分の悩みに向き合わないと感じる時だ。一方、ケイスケさんには結論が出ている話をなぜ蒸し返すのか理解できない。ナツミさんがケイスケさんに求めたものは転職へのアドバイスではなく、悩みに対する「共感」だったのだが......。

ナツミさんがキレたシーンの録画映像を持って、番組スタッフは米ペンシルバニア大学の脳科学者ルーベン・ガー教授を訪れた。男性脳・女性脳の研究の第一人者で、2013年に脳内における情報伝達の仕組みに男女差があることを初めて突きとめた人物だ。録画映像を見せると、ガー教授はこう分析した。

ガー教授「非常に典型的なすれ違い夫婦ですね。夫には妻の悩みをわかってあげようとする共感力がありません」

ガー教授が発見した男性脳・女性脳の違いはこうだ。人間の脳には右脳と左脳がある。右脳は主に感覚的に認識する能力、左脳は論理的に認識する能力をつかさどる。たとえば人間と向き合った時、相手の表情を視覚として捉えるのが右脳、その表情が持つ意味を分析しようとするのが左脳だ。女性の脳は、右脳と左脳の連携が非常に強く、女性は表情から相手の気持ちを読み取り、深く理解しようとする。つまり「共感」するのが得意だ。ところが、男性は右脳と左脳の連携が弱い。相手の表情を単なる「映像」と見るため、気持ちを読み取ろうとせず、共感することが苦手だ。

それを確かめるため、ガー博士は約11万人の男女を対象に、さまざまな顔写真の表情から感情を読み取るテストを行なった。すると、回答の正確さも答える速さも女性の方が圧倒的に成績はよかった。

MCのお笑い芸人・恵俊彰「いや?意外ですね。女性は相手の表情を見て、どうして怒っているか、どうして笑っているかを考えようとするのですね。女性の方が理論的で、男性の方が感覚的ですね」

男性脳と女性脳の発達の違いについて、京都大学霊長類研究所の中村克樹教授は人類の進化からこう解説した。

中村教授「男は狩りに出て獲物を持って帰る。残った女性が木の実や葉っぱを集めて食事を作り、子育てをした。女性のコミュニティーの中でいい関係を作ってきました。そして周りのメンバーのちょっとした表情やしぐさの変化から相手の気持ちを読む共感力を高めてきたのです」

「根に持つ女」「すぐ忘れる男」覚える場所の差

男女のすれ違いは「共感力」だけではない。「記憶力」も影響する。結婚して28年になる今井タカヤ・ミチヨさん夫婦の日常をカメラで追った。ミチヨさんが冷蔵庫の中を見て、突然キレた。中の物をバンバン床にぶちまけた。

ミチヨさん「家にある物をなぜこんなにたくさん買い込むんだよ〜! ええ〜、何とか言ってみなよ!」

タカヤさんはオロオロして何も言えない。キレた理由についてミチヨさんは「ずっと我慢して今日まできた。この人、浪費癖があって私もだいぶ苦労したんです」と話した。かつて苦労した記憶が突然よみがえり、キレるのだ。「どうせこの人、覚えていないよ」と言いながら、ミチヨさんは具体例をいくつか話した。番組スタッフが「覚えていますか?」とタカヤさんに聞くと、「いや、全然」と首を振った。

なぜ、嫌な記憶に大きなギャップがあるのか。米カリフォルニア大学の脳学者ラリー・ケイヒル教授は、ネガティブな経験が脳内にどのように記憶されるか研究を行っている。脳の奥深くにある扁桃体(へんとうたい)は怒りや悲しみなどの感情を生み出す中枢だ。そうした感情は記憶をつかさどる海馬に伝わり、つらかった怖かったといったネガティブな記憶として残る。この扁桃体と海馬のペアは左右の脳に1組ずつある。

研究を重ねるうち、ケイヒル教授は驚きの発見をした。男性はネガティブな出来事を右脳のペアで、女性は左脳のペアで記憶することがわかったのだ。右脳は感覚的に認識するから、記憶は漠然としたイメージしか残らない。ところが、左脳は論理的に認識するから、記憶は些細なことまではっきりと残る。「女性は根に持つ」といわれるように、妻が夫の不始末をいつまでも覚えているのに対し、夫が覚えていないのは、「男は都合の悪いことは忘れる」わけではなく、記憶する場所の違いからきていたわけだ。

ゲストのモデル押切もえ「なるほど。私もそういう(嫌な記憶の)引き出しがありますね。いざという時、ぶちまけちゃいます(笑い)」

それにしてもなぜ、嫌な出来事に対して女性はよく覚えているのに、男性は覚えていないだろうか。「それは、進化の歴史から理解することが大切です」と、中村教授が解説した。

中村教授「女性が、ネガティブなことを事細かに記憶するのは、敵から子どもと自分を守るためのリスク回避の要素があるのです。女性は体が弱いですし。一方、男性は狩りに出ていくわけですから、いちいち嫌なことを記憶していては、不安になって狩りになんか行けませんからね」

妻の男性ホルモンが夫の数倍という逆転現象

妻が夫にキレるの理由は、脳の違いだけではなく、女性の働き方からくる「ホルモン」の乱れも影響している。石井サトル・ヨウコさん夫婦は、ヨウコさんが在宅で海外の企業を相手にコンサルティングの仕事をしている。バリバリのキャリアウーマンだ。サトルさんが家事や育児を担い、子どもの弁当まで作る。ヨウコさんもよくサトルさんにキツイ言葉で当たり散らす。

番組では、石井夫婦の唾液を採取、ホルモンをチェックした。男性ホルモン・テストステロンの量を検査したのだ。テストステロンは筋肉や骨をたくましく成長させ、攻撃性を高めるため「闘争ホルモン」とも呼ばれる。驚いたことに3回の検査の結果、ヨウコさんの方が3〜8倍の割合でサトルさんを上回った。男女逆転現象が起こっているのだ。

ヨウコさん「(苦笑いしながら)ショックです。考えないといけませんね」

ホルモンを研究している麻布大学の菊水健史教授がこう解説した。

菊水教授「米国で行われた実験では、女性のテストステロンが高いカップルほど男性の満足度が低くなる傾向があります。管理職の女性は高い傾向があるといわれています」

さて、キレる妻を救い、夫婦円満になる秘訣はないのだろうか。米クレアモント大学のポール・ザック教授は人間の愛情に関わるホルモンを研究している。教授は、夫婦たちを集め、わざと相手を怒らせることを言い合う実験を行なった。険悪になるカップル。そこで、カップルにあるスプレーを鼻から吸わせる。すると、カップルの表情が和らぎ、互いに手を取り合って話し始めた。

このスプレーに入っていた成分が、「愛情ホルモン」と呼ばれるオキシトシンだ。オキシトシンは、脳の報酬系と言われる部分に作用し、「この人とずっと一緒にいたい」という気持ちを起こさせる。もともとは、赤ちゃんに授乳する時に母親の体内で分泌され、母と子の絆を深める「母性愛の源」のホルモンだ。哺乳類はすべて持っている。

魔法の「愛情ホルモン」を増やす方法

実は、人類の歴史はほぼ数百万年の間、一夫多妻だった。チンパンジーやゴリラのように力の強い男性が多くの女性を得ていた。一夫一妻制になったのは、ほんの数千年前で、一説によると、人類の存亡を脅かすほどの性感染症が流行したためだという。そこで、一夫一妻制を選択したわけだが、その時に夫婦の絆の役に立ったのがオキシトシンだった。男性の脳にオキシトシン受容体が誕生し、1人の女性だけを好きになるようになり始めた。テストステロン支配から抜けて、オキシトシン受容に変わったのだ。支配から、

ザック教授「進化の過程で人は複数のパートナーと関係を結んできましたが、オキシトシンにより1人のパートナーを選ぶように動機づけられるようになりました。しかし、まだ一夫一妻制の歴史が浅いため、体の中でテストステロンとオキシトシンの葛藤が続いているのです」

オキシトシンが多く分泌されるようになると、妻もキレにくくなるし、夫も妻に共感するようになれる。「魔法のホルモン」増やすにはどうしたらよいだろうか。ザック教授はこう語った。

ザック教授「2人で向かい合い、手をつないで話すのです。2人で料理を作るなど、同じ目標に向かって共同作業をするとよいでしょう。きれいなレストランで食事をし、夫が妻にサプライズの手紙と花束を贈るもいいですよ。オキシトシンを増やすには努力が必要です。その代わり、オキシトシンの分泌を繰り返すと、分泌しやすい体質になります」