『東芝解体 電機メーカーが消える日』(大西康之/講談社)

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 大手電機メーカーに試練が訪れている。かつて日本の電機メーカーは世界に誇る一大産業だった。バブル経済が崩壊するまでは、電機は自動車と並ぶ輸出の両輪。1991年には電子工業で9兆2000億円の貿易黒字を稼ぎ出していた。それがわずか四世紀半足らずの間に10兆円も悪化。貿易赤字だ。

 東芝の大騒動で「東芝ヤバイ」と思っている人も多いだろうが、それは違う。「日本の電機メーカーヤバイ」が正しいのだ。アジア新興国の電機メーカーにも後塵を拝する事態なのだ。なぜこんなことになってしまったのだろうか。『東芝解体 電機メーカーが消える日』(大西康之/講談社)より、大手電機メーカーが次々と弱体化していった本当の理由を解き明かしたい。

■日本の電機メーカーは「半導体」が本業ではなかった

 なぜ日本の電機メーカーは、半導体・家電・携帯電話で世界トップの座から転がり落ちたのか。一言で言えば、それらの事業が各社にとって、絶対に負けられない「本業」ではなかったからだ。インテルやTSMCなどの半導体大手は、この分野で負ければ倒産必至の半導体専業企業。偏執狂的な集中力で製品を開発し、投資し、競合相手を徹底的に叩き潰すことが生き残る唯一の道なのだ。一方、日本の総合電機に「偏執狂」はいなかった。半導体はいくつもある事業の1つに過ぎず、「失敗しても会社が潰れることはない」という甘えの中で経営が行われていた。いわば半導体は「副業」だったのだ。日本の電機メーカーには、副業で負けても食べていける「本業」があった。この「本業」を説明するために、大企業NTTが登場する。

 1985年の通信自由化まで、日本の通信市場は日本電信電話公社による独占状態だった。現代社会で電話を使わない人などいない。つまり国民から税金を徴収するように、何兆円もの電話料金がNTTに集まる。そこから設備投資として、NTTを家長とした「電電ファミリー」であるNEC富士通日立製作所、東芝、沖電気工業に流れた。1990年代半ばには、その額は4兆円を超えた。NTTは絶対的な存在として通信機器メーカーの上に君臨したのだ。

NTTドコモへの忠誠心が、“ガラパゴス化”という結果を招く

 NTTによる独占状態にあれば、当然「下請け」にあたる電電ファミリーは「NTTの言う通り」に通信機器を開発する癖がつく。イノベーションに挑むより、NTTのご機嫌を取っていた方が安泰だ。その体質が日本の中だけで特異な技術進化を遂げてしまい、世界に通用しないガラパゴス化を起こしてしまう。NTTには可愛がられたが、それと引き換えに自分の頭で考え、決断する能力を失った。そのツケは携帯電話の敗北となって現れる。

 NTTドコモは1999年、世界初のモバイル・インターネット・サービス「iモード」を開始した。iモードがモバイル・インターネットの世界基準になれば、ドコモ仕様の携帯電話を作っている電電ファミリーもまた、世界を制覇できるはずだった。しかし結果は惨敗。巨額の投資をしたドコモも電電ファミリーも経営を圧迫する結果に。NTTドコモへの忠誠心が裏目に出た。

 日本ではドコモなどの通信会社が顧客に端末を売る。メーカーは作った端末をすべて通信会社に買い取ってもらう。つまりメーカーにとって直接の顧客は通信会社であり、最終顧客である我々ではない。一方、利用者が自由に端末を選べる欧米では、メーカーが端末開発に全力を傾注し、最終顧客を奪い合う。半導体と同様、「偏執狂」だけしか生き残れない戦いが展開されていたのだ。「本業」に注力して競争力を失った日本は、外国の「偏執狂」に勝てるはずがなかった。

■電機メーカーより深刻な“病巣”とは?

 だが、日本の電機産業にはこれより深刻な病巣がある。東京電力が家長として君臨し、崩壊寸前の東芝を正妻とする「電力ファミリー」だ。戦後の電力インフラは通産省(現在の経済産業省)と電力会社が全体図を描き、東芝、日立、三菱重工業など、重電メーカーが設備を作った。巨額投資を支えたのは「電気料金」という名の「税金」。こちらもNTTの事例と同様、電気料金は設備投資という名目で電力ファミリーに流れた。

 日本が着々と通信・電力インフラを整えていった高度経済成長期、そして米国とソビエト連邦が一触即発だった東西冷戦の時代において、電電ファミリーと電力ファミリーは日本の経済の柱として機能していた。米国は、日本の共産化を防ぐ意味もあり、日本企業に半導体事業などの先端技術をタダ同然で教えた。日本がテレビや自動車などを作れるようになると、それを大量に輸入した。反共防波堤である日本に早く豊かになってほしかったのだ。米国では厳しい競争政策をとっていたが、電電ファミリーや電力ファミリーによる談合には目をつむった。高い電話料金や電気料金で潤ったファミリー企業が、ダンピングまがいの値段で米国に半導体を輸出しても決して文句を言わなかった。

 しかし1989年にベルリンの壁が崩れ、冷戦が終わると、状況は一変する。米国は日本を庇護の対象ではなく、対等な競争相手と見なし、日本の総合電機の力の源だった談合構造を切り崩しにかかった。それが「日本貿易摩擦」であり、「日米構造協議」だ。この日米構造協議の過程で始まったのが通信自由化と電力自由化なのだ。これにより日本の電機産業は弱体化した。

 通信では新規参入した新電電グループとの価格競争が本格化したため、NTTの設備投資は2005年には2兆円にまで減った。電力ファミリーの設備投資もピークの5兆円から2兆円を割り込むまで落ち込む。こうなると電機業界はたまったものではない。NTTや東電に代わる新しい収益源を探して右往左往していた各社に追い打ちをかけるように、2008年にリーマン・ショックが起こる。液晶テレビやデジタルカメラが売れなくなってしまったのだ。そして2011年3月、東日本大震災が起こる。言わずもがな、東電は巨額の損害賠償金を背負い、国有化によってなんとか生きながらえている状態。家長を失った電力ファミリーは、電電ファミリーと同様、崩壊を始める。そして東芝は粉飾に手を染め始めた。

 電電ファミリーと電力ファミリーという、戦後の日本の電機産業を支えてきた2つのピラミッドが崩壊したことが、電機全滅の最大の原因だった。ここまで説明してきた濃密な内容、なんと本書では「序章」に過ぎない。本書ではここから、パナソニックソニー、東芝、NEC、日立、富士通、三菱電機シャープの8社について、失敗の本質と未来の展望を1社ごとにじっくり分析・点検をしている。ここまでの説明はあくまで電機全滅の「全体像」。ここからさらにメーカーごとの失敗に迫っているのだ。本記事では触れることができなかった、政府の黒い部分も書かれている。ぜひ手にとってほしい。

文=いのうえゆきひろ