「ロイヤルパークホテル ザ 汐留」(東京都港区)の「里山ルーム」はワイス・ワイスが設計を担当し、秋田・岩手の木材を使用した(写真提供:ワイス・ワイス、以下同)


 日本は、長い間、欧米諸国からの非難をよそに、世界各地で“違法伐採” された木材や、それを使った製品を輸入し続け、それは一方では、日本の林業を衰退させ、地方の過疎化・少子高齢化を加速する要因ともなってきた。

 こうした状況を変革するために立ちあがった人物、それが家具インテリア・メーカー「ワイス・ワイス」(東京都渋谷区神宮前)の創業経営者・佐藤岳利氏(52)である。国産材を1%使っただけで大きな話題になる日本の家具インテリア業界において、彼は、フェアウッド(合法で伐採地の森林環境や地域社会に配慮した木材)使用率100%を達成し、国産材80%使用を実現している。

 全国各地の山奥深く分け入って、地道に林業関係者たちとの人間関係をつくり、かつてない画期的なビジネスモデルを創出して、KURIKOMAなどの大ヒットを飛ばした。

 林業の再生、地域の創生実現への第一歩を踏み出した佐藤氏であるが、今回は、彼を“変革者”たらしめた経緯を中心に見ていきたい。

IT企業「ドリーム・アーツ」(東京都渋谷区)は、ワイス・ワイスの姿勢に共感し同社家具を導入。リクルーティングにも大きな効果を発揮しているという


(前回の記事)「『木材ロンダリング』との戦いに立ち上がった男」
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50135

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本当の豊かさとは何か?

 大学卒業後、集客施設の施工・ディスプレー分野の最大手、乃村工藝社に入社した佐藤氏は、プロジェクトマネージャーとして、香港、ニューヨーク、そしてシンガポールの建設現場で約7年間、昼も夜もなく働き続けたという。やがて疲れは限界に達し、休暇で訪れたインドネシアの島々。そこで彼が目にしたのは、人々の笑顔あふれる何とも豊かな生活だった。

「自分はプール付き、メイド付きのコンドミニアムに住んでいたけど毎日全然楽しくない。そんな我が身と引き換え、ここの人びとは何て幸せなのだろう。“豊かさとは一体何なのか”と考えさせられました」

 ここで感じた“本当の豊かさ”を人びとに提供する仕事を日本で興したいと考え始めた矢先、東京本社に異動。ちょうどその頃、社内ベンチャー制度が設けられたので、思いを実現すべく応募したところ採用が決まった。1996年、ワイス・ワイスの創業である。家具・インテリア・雑貨の製造販売や内装工事を中心に事業を展開。多角化を進めるなど当初は順調に発展した社業だったが・・・。

「2005年の耐震強度偽装事件と、2008年のリーマン・ショックによって、単価は低下し続けました。売っても、売っても儲けは出ず、単年度で1億円の赤字を出すまでになりました。共同経営者と顔を合わせれば怒鳴り合い、社員との関係もギスギスしたものになりました」

 低価格競争に勝つために、中国での生産を開始するが、品質管理が及ばず顧客からはクレームが殺到。インドネシアで知った「本当の豊かさ」を日本の生活者に伝えるために始めた事業なのに、現実はむしろ逆。佐藤氏は精神的に追い込まれた。そんな彼に、転機が訪れる。

「中国に行って慄然としました。地平線まで続くような巨大工場に、膨大な量の原木が搬入されてゆくのです。一体、これらの木材は世界のどこから来たのだろうか・・・。

 そして、ちょうどその頃です。“日本では原木は取り締まるものの、製材した木材や家具など製品になったものについてはノーチェックのため、違法伐採された原木が中国などで製材され、つまりロンダリングされて日本に流入している”ことを知ったのです。それらの伐採地は、ロシア、インドネシア、マレーシア、ブラジル、アフリカ諸国などです。“本当の豊かさ”の提供をミッションとする弊社が、志とは裏腹に、地球環境を破壊し、それらの国々の人々の伝統的な社会・生活の破壊に加担している可能性を知り、愕然としました」

 米国では改訂レーシー法で、またEU圏ではFLEGT行動指針(現・EU木材法)で、輸入ならびに国内間取引において、フェアウッドの使用が企業・個人にも義務付けられ、それが世界の潮流になろうとしていた。先進国中、日本だけがそれに乗り遅れていたのである。

「会社の存続云々以前の問題として、人間としてこれで良いわけがない。知った以上は元には戻れない」

自ら日本全国の山奥深く分け入り林業関係者と人間関係を作ってきた佐藤岳利氏


倒産の危機を乗り越える

「国産材を軸にトレーサビリティのしっかりとしたフェアウッドを使う会社にしたい」と決意を伝えた佐藤氏だったが、社内からは猛反対が巻き起こった。社内で完全に孤立した彼は、社長の座を失いかけたが、強力なリーダーシップで、断固、方向転換への舵を切る。

「木材1本1本について伐採証明書、搬出証明書、輸出証明書を揃えようとしたのですが、取り組んですぐに分かったことは、“それは、事実上、不可能に近い”ということでした」

 その後も赤字は続き、社員も次々に辞め半減。それでも佐藤氏は辛抱強く、自らの信じる道を進んでいった。

 この問題について広く知ってもらおうと、2009年に『グリーン宣言』を発表。環境団体や省庁・自治体の後援を得て、全国各地で講演活動を展開し啓蒙を進めていった。

 その結果、ソーシャルな問題意識を有する企業の共感を得、徐々に発注が来るようになり、2012年度には、ついに単年度黒字を出すことに成功。2013年度以降も黒字となり、ワイス・ワイスは、家具・インテリア業界で唯一、トレーサビリティを貫徹する企業としての地位を確立していったのである。

 モノづくりのコンセプトも変わった。

「以前は、オシャレでカッコ良くリーズナブルな製品を作っていましたが、そのコンセプトには、地球環境を考え、子どもたちのことを思う気持ちが欠けており、本当の意味での“豊かさ”を提供できていませんでした。

 人間は動植物の生命をいただくことで“生かしてもらっている”のです。だからこそ、100年かけて育った木で作った製品を100年かけて使ってほしいと考えるようになりました」

 その代表例が前回ご紹介した“大ヒット作”「KURIKOMA」である。

今、求められる「フェアウッドビジネスへの新規参入者たち」

 自然環境に感謝し、木を切り製材してくれる地域の人々の幸せを願い、商品を買ってくれる企業の繁栄を祈り、その商品を日々使う人々に喜んでもらう。

 つまり、主体としての自己と客体としての森羅万象は不可分一体の存在であり、自己はその中で生かされている。だからこそ、自己を取り巻く森羅万象に対するプラスの価値の創出こそ重要である──。

 こうした日本古来の「主客一如」の商いの哲学が佐藤氏をソーシャルでイノベーベティブな経営者にしている。

2017年3月、デンマーク・コペンハーゲンに招かれ、自社の取り組み、日本古来の経営哲学を講演する佐藤氏


 フェアウッドビジネスの第一人者としての見識・経験の蓄積、全国に広がる林業関係者ネットワークこそは、現在のワイス・ワイスのコアコンピタンスと言って良いだろう。

 2017年5月20日の「クリーンウッド法」施行、さらには国連による「持続可能な開発目標(SDGs)」の大号令も追い風となるだろう。

 しかし、ワイス・ワイス単独では、経営資源は十分とは言えず、かつ、大ヒットしたとはいえ、商品の価格競争力も強いとは言えない。加えて、業界関係者や一般国民の間に色濃く残る無関心は今後に向けての不安要素であろう。「地球環境の持続可能性ではなく、自社や自分自身の持続可能性にしか関心のない人が多い」との嘆きも聞く。

 佐藤氏の取組みに触発され、フェアウッドビジネスに参入する企業群は果たして出現するのか? 彼らが現われることで、そこに新しい「市場」が誕生し、それが林業の再生や地域の創生の原動力になる。新規参入者たちの出現に期待する所以である。

(参考文献)「月刊事業構想2015年3月号」所収 拙稿「事業機会広がるフェアウッド」